沙耶
周囲の男も大男とは別に2人が大男と並び、指や四肢の関節をコリコリと鳴らしている。その内一人は肉をさばくナイフを持っている。40cmを超える長さで、ナイフというよりは刀に近い。
もう一人の50代後半に見えるおじいさんは眉をひそめながら蓮たちをじっと見つめていたが、その場を動いていない。村人の女は空気を読んだように子供を連れて小屋の前まで下がるが、興味津々でこちらを見ている。
村の4人の男に対して蓮と徹たちは2人しか戦力がなかった。
蓮が先に一歩前進した。相手3人と徹も続いて1歩前進した。両者の間合いはあと一歩で蹴りが届く範囲に入る。空気は緊迫を極め、戦闘は一触即発だった。そしてだれが見ても蓮たちは十中八九負けるような形勢だった。
「博仁,住手。(博仁、やめろ)」
ずっと動かずに後ろに静かに立っていたおじいさんは急に思い出したかのように顔を上げ大男を呼び止めた。おじいさんの声は低く、渋くかすれている。
「爷,怎么?(じいさん、どうした)」
博仁と呼ばれている大男は横目で後ろの男を見ながら聞いた。
「这几位应该是碧林门的高徒吧?(あなたがたはもしかして尊き碧林門のお弟子様方でしょうか?)」
後ろのおじいさんがゆっくり歩き出しながら特別大きな声でほんの少しだけ震えながら蓮に対して聞いた。
「正是。阁下是?(その通りです。あなたは?)」
蓮が答えると同時に3人の男ははっとした様子で大きく驚き、後ろによろめいた。
「你们是碧林门的人!?(君たちは碧林門の人なのか!?)」
博仁は驚いた声で言った。
「老朽是这个白竹村的村长白博德。刚刚是本村不懂世道的晚辈多有得罪,实在是失礼!这位小姐快快请起。(わしはこの白竹村の村長白博德じゃ。さきほどは世間知らずの若者が無礼な真似をしでかして誠に申し訳ございません。こちらのお嬢様、どうぞお立ちを)」
蓮の回答を聞くと、村長は慌てて座っている小悪魔女に走り寄って彼女を助け起こしながら言った。
よくみると村長と名乗る男は顔こそ皺が寄せ、50代後半に見えるが、体は普通の体型ではあるが衰えない老兵のようにしっかりと重厚感があり、かすかな威圧感があった。その背中には鞘にしまわれた剣を背負っている。剣は見たところ鉄製で、蓮らのものと比べて相当の年季が入っていた。
それを聞くと蓮は剣から手を離し、小悪魔女のところにいき、手を取った。
「大丈夫ですか?」
「あ、すみません、大丈夫です、、!あ。。ありがとうぅ。。ご、ございます!」
小悪魔女はなにがおきたかさっぱりだが、どうやら助けられただろうことは明白だった。いまはまだ泣いていいときじゃないとも本能的にわかっていたようで、いまにも出そうな涙をぐっとこらえた。
「ぼくは橘蓮という者で、さきほど近くに瞬間移動させられました。とりあえずいまはここを離れましょう。」
「わかりました!沙耶と呼んでください。」
そういって沙耶が蓮と一緒に残り二人のところに行こうとしたが、村長は沙耶の手を離していないことに気付いた。
「白村长还有什么事吗?(村長、他になにか?)」
蓮は村長に問う。
「没有没有。只是好奇这位小姐说的是什么话,老朽好像从来都没有听说过。(いえいえ、ただ、こちらのお嬢様が話している言葉を聞いたことがなくて、気になりましてぇ)」
そう言いながら村長は鋭い目つきで蓮を見ていた。
「原来是师妹的方言。师妹出生南疆,最近才入我碧林门,当然还不熟悉这里的语言。(彼女の方言のことですか。彼女は南疆の出身で、最近うち碧林門に入ったんです。もちろんここの言葉はまだよくわかりません)」
蓮は平然とすばやく返した。
村長は失礼失礼と言った具合で手を離した。蓮の手を取って戻ってきた沙耶を徹とののこは大丈夫かと声をかけた。沙耶は大丈夫とはいうものの、徹は沙耶が手から出血していたことに気付いた。どうやら大男ともめていたときか、爪などで手が切れていたのだ。
出血は既に止まっていて、命に関わるような大きな傷ではなかったが、痛々しいことには変わりなかった。それを見て、徹には怒りが込みあがった。徹は感情に身を任せ、拳を握りしめながら博仁に向かっていった。
「バコン!」
徹は博仁の顔面に盛大に一発食らわした。博仁の鼻から血が大量に流れ出し、後ろによろめいたが倒れはしなかった。蓮はしまったと思ったがもう遅い。
ここでの騒ぎに興味を持ったせいか、村人たちが少しずつ周りに集まってきた。庭の外にはもうすでに10人以上はいる。ざわざわとした小声が飛び交うが、特になにかをしてくる様子はなかった。
博仁は血を流している鼻を放置し、拳を握り、今にも徹に殴りかかろうとした。