小紫ののこ と 黒田徹
彼女はめまいがしている。実際に頭がくらくらすると同時に、視界に映るもの何一つにも理解が追いつけないからだ。数秒前まで有楽町周辺でタクシーに乗っていたはずなのに、一瞬にして小汚い木造の小屋の中にいる。ぱっと見9畳ほどの小屋の中は大量の木の枝の山が積み上げられている以外には特別なものはなかった。
「タッタタ」
少しぎこちなく聞こえる足音が小屋の入口に近づいてくるのが聞こえる。彼女は片手で軽く痛む額を押さえながら入口の方に目をやる。入口とは言え、ドアのようなものはない。おかげで、影から足音の主が人だとわかる。どこにも逃げ場はなかったので、彼女は本能的に落ちている木の枝から武器になりそうなものを拾いあげて構えたまま待った。
「すみません、、こ、ここはどこかわかりますか?」
そう言ってきたのは入ってきた男の方だ。見たところ20代前半の男で、180cm強の高身長、顔はかなりのイケメンで、体つきはがっしりとしている。古代劇に出てきそうな布で編んだ薄緑の服を着ている。服は案外清潔で細かい紫色の刺繍もあり、しっかりしてそうだが高い値段のするようなものではなかった。その背中には鉄製の剣のようなものを背負っていた。
彼は片手で頭を押さえながら少し苦しそうに言った。そのフラフラした足つきから、彼もめまいがしているのがわかる。
「すみません、私もよくわかりません。さっきまでタクシーの中にいたはずなのですが、一瞬でここに、、」
彼女は少しだけ木の枝を握った手を緩めて言った。同時に、もう片方の手を自分の背中の方に伸ばしてみた。鉄製の冷たいものを鞘のようなものから抜くと、相手の持っているものと同じような鉄製の剣だった。
なにが起きているか全くわからないが、彼女と同じような状況のひとがいるかもしれないことは幸いだ。
「あなたもですか!私もついさっきまでコンビニの中にいました!これはやばいっすね。え、ちょっとまって、もしかして小紫ののこ(こむらさき ののこ)、、、ですか!?」
「あ、はい、小紫ののこです!」
男は興奮した様子だったが、彼女にとってこのような展開は日常茶飯事だった。彼女は東京で活躍している20歳前後のタレントで、日本の若い層では知らない人はいないほどの人気はあった。
「え、まじか、やば。ますます意味がわからんけど、夢ならもう少し見てもいいな。へへ」
男は笑いながら言った。ののこもつられて少し笑った。
頭痛のせいか、しばらくの間二人は黙って頭を押さえていた。
「お名前を聞いてもいいですか?」
ののこは剣を握ったまま、手を下げて言った。木の枝はもう地面に落とした。目の前にいる男が危険だという可能性はもちろん残っているが、とりあえずは会話を進めるべきだと思った。
「あ、黒田徹です!」
「黒田さんはいま起きてることになにか心当たりはありますか?」
「いや、おれもなにもわからないですね。夢だとしか、、」
黒田がそう言うやいなや、小屋にもう一人入ってくる足音がした。