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深夜の15分デート

作者: 川田真央

よろしくお願いします。

僕と妻は結婚してもうすぐ5年。

3年付き合って結婚したから、かれこれ8年の付き合いになる。


これだけ長い付き合いになれば、いつでもどこでもくっついていたいなんてことはないし、特別にお洒落をして出かけることも少なくなった。

仲が悪いわけでは決してない。

けれど、最初の頃に比べたら日常会話も減っている気がする。

それこそ、やきもちだって焼かれなくなった。

飲み会に女の人がいるだけで気にされていた頃が懐かしいくらいに。


僕たちは職場の同期として知り合ったけれど、配属先は別だから部署は違うし、それぞれ残業だってあるし、土日も各々で出かけることが多いし。

起きている間だけでいったら、僕たち夫婦で過ごす時間はそう長くない。

けれど、同じ家に帰ってきて、同じご飯を食べて、隣で眠る。

無理せず、お互いを尊重し合って、楽しく、のんびり過ごす。

自然にそれができる、居心地の良い相手には違いない。



僕は小学生の頃から野球をしていて、三十路を迎えた今も草野球チームに所属している。

特別上手くはないけれど、趣味、そして健康維持のために週末は身体を動かすことが多い。

野球ができない時期は、スノーボードもやる。

おかげで、僕の肌はいつでも黒い。


アウトドアな僕に対して、妻はオタク気質で、ハマりやすく収集癖もある。

男性アイドルに、漫画に、ゲーム……挙げていったらキリがないほどだ。

そして、飽きっぽくないのも困りもので、どんどん好きなものが増えていくという恐ろしいシステム。

SNSのタイムラインは、妻の推したちの報告がずらりと並んでいて、それを見てよくニヤニヤしている。


こんなわけで、共通の趣味があるわけでもないから、自然と別行動になってしまうのだ。

僕たちが一緒にいられるのは、お互いの好きなことを否定しないからだろうか。

楽しいと思えることを、2人で共有できるのがいい。




今日は仕事中に連絡が入った。


「いちまんえん投入したんだが。これだけが出なかった。」


どうやら、コンビニのくじを引いてきたが、お目当ての賞品だけが出なかったらしい。

ご丁寧に欲しかった賞品のスクリーンショットつき。

1等と3等が当たっているだけでも十分だと思うのだが、2等も欲しかった、とのこと。


くじのキャラは妻が大層愛でているもので、家にはサイズ違いのぬいぐるみがギュッと棚に詰め込まれて、並べられている。

今日の戦利品も、またそこに追加されるのだろう。

我が家は人口密度ならぬ、ぬいぐるみ密度が異常に高い。

ついでに、結婚指輪の内側にもそのキャラが刻印されている。

「キャラの誕生日と付き合った記念日が同じ日だから!」とのことだが、たぶん違う日でも刻印していたと思う。

普段見ることはないので、別にいいんだけど。


それはさておき。

わざわざ報告してきたということは、僕にも引いてこいということだろう。

「自分で引くと欲が出過ぎて当たらない」なんて話をされたこともあるし。

女性向けのキャラのくじを、三十路のおっさんが引くってどうなんだ?とは思ったが、くじを引くのは単純に楽しい。

それに、僕にとっては何等が当たっても関係ないわけで、プレッシャーなく、くじが引けるというわけだ。

まぁ、1回くらいならいいか。


「帰りにリベンジしてくるよ!」


そう返信すると、行ってくれるならお金は後から払うから、2等が出るまでやってきてほしいとのこと。

一人で予算オーバーする勇気はなかったようだが、僕が行くと言ったことで腹を括ったらしい。

ただ、1回では済まなくなってしまった。

僕がガチ勢だと思われてしまうのは気がかりだが、(ヒト)のお金で、大人買いならぬ大人引きできるのは、気分がいい。

よし、引いてあげることにしよう。


いつもより早めに仕事を切り上げて、会社近くのコンビニへ行く。

妻が半分近く引いた店なので、他よりも2等の当たる確率は高そうだ。

そう思って、張り切って向かったというのに、その店のくじは既になくなっていた。

夕方には完売してしまったらしい。


慌てて報告すると、家の近くにもくじを置いているコンビニはいくつかあるとのこと。

帰りがけに2店舗寄ってみたものの、今度はどちらの店にも賞品がありすぎた。

2等を当てると意気込んでいた、僕の自信の塔がガラガラと崩れていく。


困った僕は、一旦家に帰ることにした。



「そんなにたくさん残ってたの?」

「うん。1等も2等もまだ残ってたよ。」

「そっか…やっぱりあの時、もうちょっと引けば良かった…。

 でも、あの時は心折れちゃってたし……。」


妻はすっかり元気がなくなっている。

あとで引きに行くか、もう数日待ってからにするか、いっそ諦めるか……。

たかがくじ、されどくじ。

大いに悩むことがあるらしい。

「どうしよう…」と眉間に皺を寄せる妻を横目に、僕は妻の手作りハンバーグを食べ始めた。



入浴も済ませ、洗濯物も干し終わったあと。

もう時計の針は午前0時を回っていた。

もう寝るだけの状態になったところで、妻が2人分の上着を持ってやってくる。


「よし!出陣だ!!」


結局、近所のコンビニ3店舗に行ってみて、残りの賞品が1番少ないところで挑むことにしたらしい。

いくら近所とはいえ、時間も時間だし一人で外出させるのは危険。

それに、妻も2人分の上着を持ってきたということは、そういうことなのだろう。


明日は仕事が休みなことに安堵しつつ、妻から上着を受け取った。



外に出ると、吐く息が白くなる。

すっかり寒くなったものだ。

無意識にポケットに手を入れようとした時、左腕をクイッと引かれた。

道でも間違えたかと思ったら、きゅっと左手に柔らかい感触。

珍しく手を繋いできたらしい。

隣を歩くとき、いつから繋がなくなったかなんて覚えていないけど、とにかく久しぶり。

時間的にも人通りは少ないし、人目は気にならない。

むしろ、ほんのり伝わる温かさがうれしい。


けれど、近所のコンビニまでの道はそう長くない。

手よりも心が温まったところで、1店舗目のコンビニに着いた。


店内には、1等から7等までの商品がしっかりある。

お目当ての2等も残っているが、当てられる確率は低そうだ。

残りの商品の数をざっと数えて、すぐに2店舗目へと向かう。


2店舗目にも、まだまだ商品があった。

1店舗目と変わらないくらい…いや、むしろ多そうだ。

そうなると、残すはあと1店舗。


妻は最初よりずっと元気がない。


ここまでくると、3店舗目も同じような状況なことが予想されるからだろう。

それに、そこのコンビニは仕事終わりに寄った店だし、その時点でほとんど誰もやっていなかったのだ。

一気に無くなる可能性も否定はできないが、もう少し待った方が良さそうな気もする。

同じくらい残っていたら、明日もう1回様子を見てからにしようと、言うべきか…と考えながら歩いているとき。


今度は僕から妻の手を握った。

さっきより冷えているように感じるのは、緊張しているからだろうか。

隣に僕がいることを忘れないでね。


なんとも言えない緊張感の中、3店舗目のコンビニへと入る。

くじのコーナーを見ると、商品の数はぐっと減っていた。


これならいけるかも。

覚悟を決めて、いくしかない。


そんな気持ちが込められていそうな「よし。」を呟いた妻は、くじの購入用紙を持ってレジへと向かった。


妻が引いた1枚目は、6等。

やっぱりダメかぁ…と渋い顔をする。

「引いてみて」の一言で、僕が引いた1枚は、なんと2等。


お目当てのものだった。


妻の顔はパーッと明るくなり、店員の前だというのにニヤける顔を隠せていない。

僕としては、もう少しくじを引くつもりでいたので、ちょっと拍子抜け。

もちろん嬉しいのだけれど。


お会計を済ませてコンビニを出た妻は、賞品を大事そうに()()で抱え、僕の隣を歩く。

さっきまで繋いでいた手は、もうすっかり賞品に取られてしまった。

僕は仕方なく、両手をポケットに突っ込んだ。


スキップでもしそうな勢いで僕の少し前を歩く妻が、不意にこちらを振り向いて、一言。


「ありがとう、愛してる!」


僕は、思わず笑ってしまった。


現金なような、チョロいような。

でも、僕は妻とのこういう時間が好きだ。


たった15分。

コンビニ3店舗をはしごしただけの、深夜のデート。



これが、妻と僕の日常。






後日。

僕のスマホゲームのガチャで、妻が1回で限定キャラを出してくれた。

「これで、借りは返した!」

と、いい顔をされたのも、妻と僕の日常。

お読みいただき、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 素敵なご夫婦の物語にほっこりしました!
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