第18話
異能力図鑑の光の異能力によって作られた景色が俺の殺気で斬られた後、一応警戒したが特に変わりのない普通の街並みの中に異能力図鑑達がうずくまっているだけでそれ以上の変化はない。
ひとまず警戒は低くして良いだろうと判断した俺は木刀を握ったまま、異能力図鑑達の方へ歩いていき話しかけた。
「光の幻覚越しではなく直接対面するのは初めてなので、とりあえず初めましてと言っておきますね」
「かは……、ふー……、ふー……、た、確かに我輩の身体が斬られた感触があった……。しかし、身体を触ってみても特に傷はなく治癒の異能が発動した様子もない……。いったい何をして我輩の異能力を破った⁉︎ 答えろ⁉︎」
「別に大した事はしていません」
「嘘をつくな‼︎」
「本当ですよ。僕がしたのは、あなたの異能力を斬るという意志を込めて殺気を放っただけです」
「殺気だと……? そんなあやふやなもので我輩の異能力を破ったというのか……」
へえ、そういう認識をするんだな。
「あなた、研究者みたいなのは見た目だけなんですか?」
「何⁉︎」
「異能力図鑑、乱されるな‼︎」
「もともと異能力も、この世界になかったあやふやなものですよ? それなのに今目に見えている異能力だけが実在して、他の自分に理解できないものを認めない考えが理解できませんね」
「ぐ……」
「はあ、始めからあなたの目的なんてそこまで興味はありませんでしたが、この様子だと相当くだらない理由なんでしょう」
「だ、黙れ‼︎」
異能力図鑑が立ち上がり手に持っている図鑑から新たな異能力を発動させようとしたところで、ボロボロのドレスを着ている才歪が異能力図鑑に背を向けて立ち塞がった。
「三人……いける……?」
「ああ、問題ない」
「「いける」」
「あいつ……倒す……全力……出して」
才歪の声は何というか特徴的でボソボソと話しているのに、離れた位置にいる俺にもきれいに聞き取れている。
そして、その声を聞いた紋綴りと初めて見る顔の似た男女の大人二人はガラリと雰囲気を変え、覚悟を決めた表情になった。
…………前の世界の戦場にいた周りの士気を上げられる奴と似た類か。
俺の戦闘能力と同じく異能力を使わずに紋綴り達へ影響を与えているんだから大したものだ。
「まず、俺が行く。二人は後に続け‼︎」
「「うん‼︎」」
二人の返事を聞いた紋綴りは着ていた黒いタンクトップを引きちぎり、上半身全体へ本体の筆を走らせ強化の紋様を描いていく。
「お、おおおお゛お゛お゛ーーーー‼︎」
見る間に身体が大きくなっていき、だいたい三メートルくらいになり目や気配から理性が薄れているのがわかる。
そして、それを証明するように巨大化した紋綴りは地面を踏み込みで砕きながら俺に向かって走り出した。
…………確かに中々な速さで、攻撃力も直撃すれば即死する強さになっているだろう。
俺は巨大化した紋綴りの振り下ろされる右拳を確認した後、全身を加速させ紋綴りの拳の真横から木刀の柄頭を叩きつけた。
ビキンッ‼︎
「お゛お゛お゛ばあああーーーー⁉︎」
俺の一撃で金属に匹敵する硬さになっている拳にヒビを入れられた事で動揺し、さらに俺の攻撃によって振り下ろしの軌道が乱されたため、紋綴りは自分の拳に振り回される形で地面へ派手に転げ回る。
「前にも言いましたが、そんな雑な攻撃は僕には意味がないです」
「「それなら、これはどう?」」
転がって起き上がれずにいる紋綴りを見ていたら、紋綴りに続けと言われた二人が俺を挟んで立っていて両手を俺へと向けていた。
「何がです?」
「「ループ」」
「…………もしかしてあなた達は彼方と此方ですか? でも、その姿は……ああ、紋綴りに強化してもらって身体を成長させたのですね。また無茶な事を」
「「必要だからやった。それだけ」」
「なるほど身体を成長させれば異能力も強くなるという事だと思いますが、一度破られたものに意味はないと……うん?」
また彼方と此方に生み出された空間を斬ろうとしたが、腕がというか全身が動かない。
いや、動かないっていう表現は違うな。
俺の感覚では動いていても身体の位置が変わらないが合っているはずだ。
「「激しく動いても座標が変わらないなら動いていないのと同じ」」
「なるほどなるほど成長した結果、あなた達は閉鎖空間を集中させられるようになったわけですか」
「「このままお前を閉鎖空間に固定し続ける」」
「ひとまず、いろいろ試してみましょう」
一つ目、全身を加速させてみる……身体の位置は変わらず。
二つ目、木刀を消してたり出したりしてみる……これはできる。
三つ目、俺を包んでいる閉鎖空間に殺気を当ててみる……へえ、前に斬った閉鎖空間よりも頑丈だな。
ただ、彼方と此方が閉鎖空間を集中させ強くしたように、俺も殺気を集中させれば問題はなさそうだ。
つまり葛城ノ剣を出して異能力を消す光で閉鎖空間を消し飛ばすか、集中させた殺気に閉鎖空間を斬る意志を込めれば解決か。
あとは彼方と此方に殺気を飛ばして気絶させるのも有りだとは思うものの、まあ二人の異能力を正面から破るべきだなと方針を決める。
「スー……、ハー……、スー……、ハー……、スー……、ハー……」
「「破れるものならやってみろ」」
「それでは遠慮なく……ハアッ‼︎」
バツンッ‼︎
嫌な鈍い音とともに閉鎖空間はぶつ切りになり身体の固定を解除されたわけだが、その余波のせいで俺も膝をついてしまう。
やはり自分の身体を覆っているものに対して殺気を炸裂させるのは、自分を殴るのと同じだったか。
俺は異能力図鑑達へ明らかな攻撃する隙を与えてしまったため警戒しつつできるだけすばやく身体の調子を確認していたら、ちょうど巨大化した紋綴りが俺に飛びかかってきたところだった。
「お゛お゛お゛ーーー⁉︎」
「身体のしびれ……、ほぼ問題なし。呼吸……乱れなし。感覚……鈍ってはない。よし、やれる」
「じね゛え゛え゛え゛ーーー‼︎」
同時に振り下ろされている二つの拳を見上げつつ戦いは継続できると判断した俺は、身体を加速させ異能力図鑑達五人から離れる方向へ移動した。
ドゴンッ‼︎
紋綴りの起こした破壊音を聞きながら思うのは、そろそろ良いかという事。
俺は五人の目が俺に向いた瞬間、強めの殺気を出して威圧する。
「これから本格的にあなた達を攻撃しますね。具体的に言えば、斬っても復活する紋綴りの身体は細切れにしますし、残りの四人の身体は骨を叩き折ります」
「や゛っ゛でみ゛や゛がれ゛ーーー‼︎」
今度は紋綴りが俺をひねり潰すためなのか両手を広げてつかみかかってきたから、俺は紋綴りの両掌が木刀の間合いに入ったと同時に腕を加速させ木刀で両掌を切り刻んだ。
「ぐお゛お゛お゛お゛お゛お゛っ‼︎」
「何回でも言いますが、いくら速くてもそんな雑な動きの攻撃は僕には通じませんよ。あなた達も同じです」
「「う……」」
叫んでいる紋綴りを無視して、彼方を見つつ此方へ木刀を向けると二人は一瞬怯んだものの、すぐに気持ちを立て直して鋭い目と気配を放ってくる。
…………この彼方と此方の二人は妙に気になるな。
「強化した状態で自分達の異能力を破られている今の状況は割と絶望的だと思うのですが、それでも戦意を保てている理由は何なんですか?」
「「この世界を公平にするため負けられない」」
「公平?」
「「いつだって無能力者は虐げられている。この世界に精霊級と魔導級の異能力はいらない」」
俺は彼方と此方の理由を聞いた途端に興味を失ってしまう。
なぜなら、この二人が現実を何も理解していないからだ。
「そんな、そんな理由で吾郷学園への襲撃という大事件を起こしたんですね……」
「「弱い存在が傷ついている現状を安っぽいみたいに言うな‼︎ 撤回しろ‼︎」」
「撤回なんてする必要はありません。誰かを救おうとしているのは素晴らしい事だと思いますが、どう考えてもやり方を間違っています。まずあなた達が認識しないといけないのは世界が不平等なのは当たり前という事ですよ」
「「な⁉︎」」
「あなた達の理想とする精霊級と魔導級のいなくなった世界になったとしましょう。その次に起こるのは生まれながらに武器を持っている器物級への嫉妬ですよ」
「「それは……」」
「そもそも異能力がなかったとしても、親の経済力、顔の美醜、体格、才能などいくらでも格差があったはずです」
「「…………」」
二人から言い返したいのに何も言えないという複雑な感情を感じ取れる。
「しかも、あなた達は無能力者でもある程度は五体満足に生きられるこの国に生まれている。生まれた瞬間から治安、食糧事情、衛生面で死の危険にさらされる他の国の人達からすれは羨ましくて仕方ないでしょうね。その点はどう思います?」
「「だけど……」」
「本当に追い詰められてどうしようもない人は、不公平だとか不平等だとか考える余裕なんてありません。実際に家族や身近な人達に弱いというだけで殺されかけた僕が言うんですから間違いありません。一応聞きますけど、あなた達は殺されかけた経験があるんですか?」
秋臣の鶴見家の連中にされていた記憶を思い出して殺気を強めながら質問すると、二人は青い顔で反論する気すら起きなくなりうつむいて震えている。
命の軽かった前の世界にいた、不自由な状況でも戦争奴隷という最下層の俺達を少しでもマシな環境へと導こうと必死になっていた奴らに比べたら浅すぎる。
「「…………」」
「現実のげの字も理解してない人達に救ってほしいなんて誰も思いませんよ」
「があ゛あ゛あ゛ーーー‼︎」
「うるさいですね」
「な゛に゛っ゛⁉︎ ぞれ゛ばっ゛⁉︎」
「あなたの本体の筆ですね」
俺は彼方と此方がうつむいた時に音と色のない世界へ入り、叫んで隙だらけになっていた紋綴りの懐から本体の筆を抜き取りもとの位置に戻っていた。
「良い加減うっとうしいので退場してください」
ちょうど木刀で細切れにしやすい位置へ筆を放り投げる。
「ま゛で、や゛め゛……」
「殺される覚悟もないのに殺そうとしないでほしいですね。ガラクタは邪魔で、す?」
紋綴りの本体である筆を斬ろうとしたが、俺は伸びてきた手が筆をつかんだのを見て驚き動きを止めてしまう。
そんな俺を無視するようにシュルシュルと縮んでいく腕を目で追うと、その持ち主は才歪だった。
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