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夢オチ 〜まどろみに沈む思考〜  作者: にのい・しち
【秋】 「怪物と戦う者は怪物にならぬよう心せよ。深淵を覗けば深淵も覗き返す」 哲学者フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ
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秋(1) 白昼夢

「【夢遊病】ですね」 


 白塗りの診療室で無機質に語られる。

 精神科医が下した診断に酷く納得するしかない。

 

 先生が話す内容はというと。

 私は夜も始まったばかりのプライムタイムになると、自分でも気付かないうちに眠りに落ちるが、身体は起き上がり自室から外へ出てゾンビのように夜道を徘徊していたらしい。


 歩き回ってる間、意識がない代わりに夢でその様子を体験し、尾ヒレをつけるように彼氏を投影した。

 起きている時もあるけど白昼夢のように居眠りを繰り返し、いつも夢見心地だった。

 ナルコレプシーと呼ばれる睡眠障害も併発していた。


 シュウジ君は眠っている際に作られた虚像、夢の住人。


 深い眠りの状態、ノンレム睡眠時に道を徘徊し、目覚める直前のレム睡眠の時にデートをした夢をみる。


 意識が覚醒している時も、白昼夢のように妄想を見ていた。

 あのバーでは演劇を観た後、たまたま通りかかり足を踏み入れただけ。

 駅から離れた立地で客が入りずらいからか、独り身(シングル)が多かった。

 かく言う私もシングルだったということだ。


 カウンターでバーテンダーに見せられたメニューから、私の名前と類似するカクテルが目に止まったので頼んだだけ。

 カクテルは花言葉のように、それぞれ意味を持たされている。

 シュウジ君について医者に語ると、彼がバーで頼んだとされるキス・ミー・クイックにあたる言葉が「幻の恋」だそうだ。

 酷く滑稽な洒落としか思えない。


 彼の言葉に癒やされるのは当然。

 芸術や音楽を楽しむことでリラックス効果が得られるアルファー波を、自分の脳から発していたのだから。


 理想の彼氏そのもの。

 それはそうだよ――――だって私が想像した夢の住人なんだもの。

 一人の時間を私は、本気で彼氏との恋の時間だと思いこんでいた。

 心の病に他ならない。


 彼に寄り添って腕に絡みついた時、伝わった温もりも存在しない陰だった。

 私は神妙な面持ちで今後の生活を左右する質問を、精神科医に投げかける。


「治りますか?」


 医者は手を重ね合わせ、目を凝らして返す。


「必ずしも夢遊病が病気とは限りません。野生動物の場合、外敵から身を守るため目を開いたり直立したまま睡眠を取る生き物がいます。イルカの場合は右脳と左脳を交互に休息させる半球睡眠という方法があります」


 肩を落とし消沈する。

 夜道を徘徊するなんて病気以外の何者でもない。

 なのに専門医の答えが自然界では、よくある話だなんて。

 かかる病院を間違えた。

 この医者は医師免許すら持っているのか怪しくなる。


 医師は二の句を継いだ。


「もちろん治療はしていきます。放って置くと非常に厄介な病気なので」


「厄介と言うと?」


「夢遊病について過去の事例があります。とある熟年夫婦がいまして、近隣から見ても仲睦まじい夫婦です。いつものようにツインベッドに夫婦並んで就寝したんです。すると、真夜中に奥さんの方は身体が急な圧迫感と呼吸困難に陥りました。その時、苦しむ奥さん目の前にいたのは、彼女の上に馬乗りになり、力いっぱい伴侶の首を締める旦那の姿だったんです」


 頭を小突かれたようなショッキングな事例だ。


「奥さんは旦那を振り払い事無きを得ましたが、当の旦那は何をしたのか記憶になく、夫婦の仲はどうにも収拾がつかない状態となり、旦那は精神科へかかることを余儀なくされ、そこで夢遊病が起因した事故だと判明しました」


「夢遊病で、奥さんを襲った? そんなことがありえるなんて……」


「旦那の方は家に入った強盗を取り押さえている夢を見ていたそうです。万に一つ、奥さんの首をこと切れるまで締め続けていたことを考えると、恐ろしいとは思いませんか?」


 当の病気に陥ってる本人へ病状を理解させるには、脅しが過ぎている。

 たちの悪い医者だわ。


 次に出た精神科医の言葉は、ハッキリ聞き取れたか私には自信がなかった。


 ――――――――あなたの手は、すでに血で汚れてませんか?


 不意に虚無感に支配され意識が弾かれたような体感を覚えると、自室に帰路していた。


 アレ? なんで私、家にいるの?


 いつ病院へ行き、どんな経路で帰って来たのか覚えていない。


 診断してくれた精神科医が最後、何かを語りかけていたが記憶に留めていなかった。


 しかも、どうして明かりを消してカーテンを締め切り、部屋を暗闇で閉ざしたのか自分でも理解できない。


 唯一、液晶テレビだけがスイッチを点けており、暗い部屋を暖炉の火のように照らした。

 画面の前に座る私へテレビは、語りかけるように音声が聞こえる。


『これから三〇分、あなたの目はあなたの体を離れ、この不思議な時間の中に入って行くのです』


 何コレ? 令和の時代に白黒モノクロの番組? 再放送だろうけど私の趣味じゃないわ。


 画面のタイトルに『ウルトラQ』とある。


 不気味なタイトルバックと隙間風のようなメロディが流れるオープニングテーマから、気分を変える為にリモコンを手に取りチャンネルを変えた。


 でもおかしなことに、どのチャンネルに合わせてもタイムスリップしたように、昭和の白黒番組しか映らない。

 令和の番組ですら色落ちしたように白黒でイラ付く。


 何これ? テレビの故障?


『これは、あなたのテレビの故障ではありません。こちらで送信をコントロールしているのです』


 え?


 不意にこちらへ番組の方から語りかけられ、三度パニックにおちいる。

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