カイヴァーン「良かった。俺達まだまだ一緒に居られそうだな」猫「ゴロゴロ」
元の時間、マリーの一人称に戻ります!
こわいデュモン卿達に追われ大慌てで出航したフォルコン号の話。
第五作、マリー・パスファインダーと望郷の旅路、最終話です。
昼下がりのフォルコン号。
「お待たせ致しましたあ。こちら防水ワックスと鑢になりまぁす」
「船長、この辺りは船の通行量も多いし、その恰好で甲板を歩くのやめてよ」
抗議の声にもめげず、バニーガール姿の私はトレイからワックスの壺と鑢を、甲板の修理作業中のアレクの隣に置く。
「御一緒にエールもいかがですかぁ」
「頼んでないし今要らないしそんな真似やめて欲しいんだけど……」
バニーガールは物を運ぶのが仕事なのだ。立派な労働者なのだ。何が悪い。
フォルコン号はクレー海峡を西へと向かっている。なるべく、アイビス側の船が通る航路を避けて。
◇◇◇
年が変わった深夜。フォルコン号に戻った私はとにかく大急ぎで出港して欲しいと皆に頼んだ。
アイリさんもアレクも不精ひげも、何食わぬ顔をして船に戻っていた。私はこの三人に聞きたい事があったのだが、その時はそれどころではなかった。
私がリトルマリー号にしたように、デュモン卿があの臨検用の桟橋の先端から乗り込んで来たらどうしよう。そう思ってはいたのだが。
ひとまず塩と砂と硝煙と埃と汗と涙とトマトの染みた服を何とかしようと、艦長室に戻った私は、自分のベッドを見た瞬間……疲労のあまり、そこに倒れ込み気絶してしまった。
目が覚めた私は慌てて艦尾窓を開けた。外は明るくなっており、周囲に陸影は無かった。私が眠っている間に、フォルコン号は無事レブナンを脱出したのだ。
急いで服を着替え艦長室を出ると、舵はロイ爺が握っていた。
「ごめんロイ爺、あの後、大丈夫だった?」
「ホッホッ。船長の一声で大慌てで港を出るなんて、フォルコンの頃から慣れっこじゃ、そういえば昔」
私は何かを語りだそうとしたロイ爺に真っ青になって飛びつき、手で口を塞ぎ辺りを見回した。
幸いその時はアイリは厨房に居て、そこには居なかった。
「今の話がラビアンの事なら以後絶対口外無用でお願い」
「モゴ、モゴ、わ、わかった」
◇◇◇
それから丸一日経って。今の所フォルコン号は無事に航海を続けている。
基本的に海の上では情報がフォルコン号を追い越して来る事は無いと思う。私が行く海は、私の事など知らない海だ。この船にアイビス国王に平手打ちをかました小娘が乗っている事など誰も知るまい。
いや待て……昔パルキア海軍に先回りされた事があったよ。
伝書鳩用のごくごく小さな手紙は書き込めるスペースにだいぶ限りがあるが、早馬より速く情報を伝える事が出来る。
とにかく、アイビスには居辛くなってしまった。王立養育院どころではない、私、ヴィタリスには二度と帰れないんじゃ……?
ロングストーンは大丈夫だろうか? ヤシュムは? だけど……私のせいでロングストーンやヤシュムに、折角更生した元海賊共に、サウロ爺ちゃんやクラリスに迷惑を掛ける事になったらどうしよう。
夕方。私はまだバニーガールのまま会食室に料理を運ぶ手伝いをしていた。
「お待たせしましたぁ。林檎と鶏もも肉をクリームで煮込み二種類のチーズで仕上げたレブ葱とろける絶品シチューになりまぁす」
「あのな、船長」
「御注文の品は以上でお揃いでしょうかぁ?」
「悪い意味に取らないでくれよ? 薄気味悪いからそういうのやめてくれないか」
「どこをどう取ったら薄気味悪いが悪くない意味に取れるのよ! ワイン注ぐからそのカップ寄越しなさいよ不精ひげ!」
「いいよ自分で注ぐから! やめろ、危ない!」
長距離、長時間の航海を成功させるには入念な準備が要る。各地の地図や季節ごとの風向きの傾向、利用できる中継地……そういった情報は私達には無い。資材もそう、何十日分の薪水が必要だし予備の帆布や索も必要だ。フォルコン号で今すぐ遠くへ行くというのは少々厳しい。
では、どこへ行けと言うのか?
ウインダムに引き返しストークの皆さんと行動を共にするのはどうか? それも駄目だ。これ以上フレデリクの事を誤魔化し続けるのは辛いし、今さら全部ウソでしたとストークの偉い人達の前で白状する勇気は私には無い。
そして夜。皿洗いの手伝いを終え甲板に上がった私は夜空を見上げる。
レモンのような月が、群れをなして飛ぶ黒雲の隙間から顔を覗かせている……あの月が隠れたら始めようか……父、フォルコン船長の教え。船長は自分勝手であれ。思いつきで行動しろ。
私はトレイを手に、この時間の舵を握っているウラドの方へ向かう。
「温かい赤ワインはいかがですかぁ」
「いや、私は結構」
「今夜は少し冷えますよ、温かいワインの一杯くらい召し上がったらいいじゃないですか」
「冷えると言うのなら、船長もその格好をやめた方が良いのではないか……」
ウラドは先日買ってあげたミンクの耳つきキャップをかぶっている。そしてこちらを向いてくれない。
さてと。月が今、隠れたな。一時方向、二時方向に船影は無し。灯火は……まあいいか。
私はウラドの耳元に口を近づけ、囁く。
「転進よウラド、面舵10分」
「なっ……!」
さすがのウラドも驚いて振り向く。私はそのままマストの方へ歩いて行き、トレイと温めたワインの入った水差しをその辺りに置いて、見張り台のカイヴァーンに呼び掛ける。
「カイヴァーン、私こっちやるからそっちの転桁索を御願い!」
「えっ? 取舵を切るにはまだ早いんじゃないの」
「面舵よカイヴァーン! はい、てきぱきとやろう!」
カイヴァーンはやれと言われれば素直にそうしてくれる可愛い弟だ。
ウラドも黙って舵を切ってくれた。
西南西に向かっていたフォルコン号が、ゆっくりと針路を西北西に変える……
「おいこれ合ってるのか!?」
たちまち異変を察知し、会食室で寛いでいた半休の不精ひげが甲板に飛んで来る。
「ちょっと、また海軍か何か現れたの?」
「これ北に流れてない? ただでさえアイビスの航路より北側を進んでるのに、下手するとレイヴンの航路にかかっちゃうよ」
少し遅れて、カードの相手をしていたらしいアイリも。さらには非番で睡眠を摂っていたアレクも。同じく非番のロイ爺は……疲れてるのかしら、起きて来ないみたいね。
さて。
私は一つ深呼吸をして、静索から甲板へと飛び降り、腕組みをして少し胸を反らし、さも当然という口調で皆に告げる。
「いいのよ。レイヴンに行くんだから」
「えっ」
「なッ」
「はあ!?」
「ええええー!?」
不精ひげが、ウラドが、アレクが、アイリさんが、順番に驚く。カイヴァーンは特に感想が無いようだ。
一時はぐっと近くに感じられ、もうすぐ帰れると思っていた、貧しくとも心安らかに過ごせる麗しき故郷は、一瞬のうちに遠く手の届かない彼方へと去ってしまった。
ヴィタリス村。私が滅多に帰って来ない父と、能天気なお嬢様だった母、勤勉で辛抱強い祖母に囲まれて育った、愛して止まない土地。私があの野山に帰れるのは、いつの日の事になるのだろう。
「私達は何も悪い事してないんだから、堂々としてりゃいいじゃん! 海はみーんな繋がってて、船乗りは何処へ行くのも自由なんですよ、パスファインダー商会のフォルコン号は、正々堂々、レイヴンに商売をしに行きますよ!」
マリーは暫く故郷に帰れないみたいですので、マリー・パスファインダーの望郷の旅路編はここでお開きとさせていただきます!
今回のマリーはわりと不遇だったかもしれません……これといったご褒美もなく、ウインダムでもレブナンでも空回り、大儲けも出来ず、新しい仲間も増えませんでした……風紀兵団? あれは、まあ(笑)
しかし、紆余曲折はあったものの、お母さんに会って今の自分を見せる事が出来た事は、マリーにとってはとても幸いな出来事でした!
一方、レブナンで起こった事は全部茶番でした!(茶番でした!)
マリーの冒険と航海はまだまだ続きます……第五作最終回はレイヴン行きを宣言して終わりましたが、本当に行くのでしょうか。
レイヴンとはマリーでの因縁(第一作開始以前の、父フォルコンによるレイヴン海軍艦窃盗事件)と、フレデリクでの因縁(第二作歴史ある海編の、レイヴン外務高官ランベロウ誘拐事件)があり、今までも接触を避けて来ました。第四作でのマカーティとのやり取りも記憶に新しい? でしょうか。
次作のタイトルは「逃亡者マリー・パスファインダー」か「マリー・パスファインダーの悪戦苦闘」か……少なくともこの二つとは違うタイトルになると思います……
毎回の事ですが次作公開時にはこの第五作の奥付けページを作ります、どうかブックマークはつけたまま、ブックマークはつけたままでお待ちいただければ幸いです! 出来ればその次作公開後もつけたままで(小声)
どうか次作も引き続きお付き合い下さい!
そして毎度申し訳ありません、皆様! どうか御願い致します! この小説を読んで少しでも、少しでも良い時間であったと思えたら! 何卒、評価を、評価をぽちっと、何卒御願い致します!
時間の無駄だったと思われた方は……申し訳ありませんでした……次は良い小説と出会える事をお祈り致します……
さらにお時間のある方は、是非是非! 感想を、感想を残して行っていただけると、作者の凍えるハートに小さな灯が点ります! 「おもしろかった」の一言だけでも結構です、是非是非、感想をお寄せ下さい!
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