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マリー・パスファインダーと望郷の旅路  作者: 堂道形人
国王陛下のリトルマリー

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アンブロワーズ「あの子、本当に風紀兵団の団長なの?」風紀兵団「御覧の通りです、総団長」

偽マリーは、マリーの父フォルコンを個人的に知っていると言う。

そして自分が偽マリーを名乗る仕事を引き受けたのは、金の為だけではなく、フォルコンの娘に成り済ます機会を楽しむ為だとも。


最後には殺して欲しいとまで言った偽マリー。どうする? 現実のマリー。

 私が11歳か12歳ぐらいの時のこと。隣町バロワに旅の見世物みせもの小屋が来た。村の大農家の倅サロモン坊ちゃんは、早速お母さんにねだり隣町の小屋を見て来たという。


「あれにはびっくりしたぜ! 本当なんだ、俺達と同じくらいの年の女なんだけど、体にびっしりうろこが生えていて、舌が二股に分かれてるんだよ!」


 私は正直その自慢話に興味が無かった。しかし同じ幼馴染のエミールとニコラはひどくそれを羨ましがり、自分の親に、自分も見世物みせもの小屋に連れて行って欲しいとねだった。それを見ていたのが、たまたまひっそりとヴィタリスに帰っていた父、フォルコンである。


「マリー! お前も見たいだろう、蛇女! 世界の七不思議の一つだぞ!」

「ええっ、お金がもったいないよ、それよりお婆ちゃんと三人で何か美味しい物でも食べようよ、お父さん」

「いいやッ! 好奇心は金には変えられない大切なものだ! 鶏ガラなんか買って食べるより、こういう事に使うのが大事なんだ!」


 そうして半ば無理やり連れて行かれたバロワの町外れで、私は人生初めての見世(みせ)(もの)小屋に出会った。小屋は大きな納屋の中に建てられていてとても暗く、入り口から一家族ずつ入って中を見るようになっていた。


 長い行列に並び一時間ほど待たされた後、私と父の番が来た。二重に張られたカーテンをくぐり真っ暗な小屋の中に入ると、仕切りの向こうに、蛇女が居た。

 私はその瞬間に息を飲んだ事を覚えている。小さなランプで微かに照らされたその顔立ちは、私とたいして年が変わらない娘に見えた……だけどその顔の顎より下の肌には、蛇というよりは魚のような細かい鱗がびっしりと生えているのだ。

 仕切りの向こうにはもう一人、酷く背中の曲がった老人が居て、杖に顎を預けて座り込んで居た。老人は私達の姿を認めると、しわがれた声で語り始めた。


「旦那様お嬢様、どうぞ御覧下せえ、親の因果が子に報い、生まれついたがこの娘、足の先から首筋まで、白い鱗に覆われて、悪魔()きとののしられ、村を追われて旅の空、こんな姿じゃア物乞いも出来ず、世渡りの方便たずきと言えばこの通り、親が子を見世物みせものにして皆様のお情けにすがる他にはありません、どうぞ、どうぞ御覧下せえ、可哀想な娘でございます」


 娘は感情の無い瞳でただ私と父を交互に見つめていた。そして、やはり鱗だらけの手の甲を……蛇のような細く二股に分かれた舌で、ペロリと舐めた。



 小屋を出た私は父の腕にすがり何度もたずねた。父は何か悪い事をした事は無いのかと。道端で白い蛇を踏み潰したりしていないかと。何かの因果とやらが、娘の私に降りかかる事は無いのかと。


「ハハッ、マリーは心配性だなあ。パパは海の英雄ヒーロー、キャプテン・フォルコン・パスファインダーだぞ! 皆が喜ぶ事しかしてないに決まってるじゃないか」



 私は一刻も早く村に帰りたかったのに、その日父はバロワに泊まると言い出して、酒場でどんちゃん騒ぎを始めた。私は酒場の上の宿の寝室で毛布を被って震えていた。見世物みせもの小屋で見た娘さんの事がどうしても忘れられなかったのである。


 その深夜、眠れない私は宴会が終わり静まり返った酒場を抜け出し、町外れの小屋へと向かった。

 やっぱり、あんなのは良くない、あの娘だって本当は見世物みせものになんてなりたくないと思ってるはずだ。私が行ったって何が出来る訳でもないのは解っている。だけどじっとしてはいられなかった。



 昼間とは打って変わり小屋の周りには誰も居ないように見えた。しかしよく見ると、誰かが月明かりの下で動き回っている……

 私は恐る恐る、納屋の影からそれを覗き込んだ。


「どうしたらもうちょっとマシになってくれるんだい? いつも同じ事しか言えないじゃないか! だからおひねりが貰えないんだよ、おひねりが」

「すいません、ねえさん……だけど銭、銭と言うと客が目を覚ましそうで」


 昼間、胸元の開いた大きな服にうずまるようにして座っていた蛇女が、普通に立って歩いて分解した小屋の戸板を馬車に積み込んでいた。その首の周りには相変わらず鱗が見えていたが、手の甲にあったはずの鱗は無くなっていた。

 そもそもこの蛇女は小屋の中では自分と同じくらいの年の娘に見えたが、今は普通のおばさんに見えた。

 背中の曲がった老人は背中の曲がった老人ではなく、実は20歳くらいのお兄さんだった。こちらも小屋の柱を馬車に積み込む作業をしている。


「何だっていいんだよ、投げ銭を取れなきゃ何になるんだい、入場料だけじゃね、美味いもんは食えないよ、美味いもんは」


―― ジャリ


 その瞬間。私は小石を踏みつけ、音を立ててしまった。


「誰だい!?」



 私はその声には答えず、後ろを向いて駆け出した。必死に走った。

 その夜の事は、私が初めてお化けを見た日として記憶している。()()恐ろしきは人ならぬ怪異にあらず、怪異をももてあそぶ人の業である。



   ◇◇◇



 漕ぎ手をたくさん乗せた高速艇は、確かに転覆していた。良く見れば船腹に小さくない穴が開いている。どこかにぶつかって壊れたのか、うっかり壊れたボートで来てしまったのか。


 ガレー船は途中までリトルマリー号に近づきかけていたが、船が完全に風紀兵団に制圧されたのを見て反転し、全速力で逃げ出した。海に投げ出され必死に泳いで母船を目指していた水夫が数人、置き去りにされた。


 アイビス海軍はようやく河口や湾外の錨地から飛び出して来て、大慌てで逃げるガレー船を大慌てで追い掛けて行く。この辺りの連中はまた、パルキア海軍ともグラスト海軍とも違う集団が指揮しているらしく、旗の模様が微妙に違う。


 そのうち水運組合のボートや市の衛兵のボートも近づいて来る……しかし海軍は何か余程後ろめたい事でもあるのか、近づいても来ない。

 そして恐ろしい事に船内で帆船の動かし方を知っているのは、捕虜を除けばヴィタリスのお針子だけだった。私はまだ団長ごっこをやめない風紀兵団に操船の手伝いを頼み、なんとかリトルマリー号を元の海軍の仮ドックに連れ戻した。



   ◇◇◇



 港は大変な騒ぎになっていた。国王陛下の御上船を警護する為に集められ、肝心な時には居なかった陸海軍の兵士達に王宮の近衛兵、近隣都市の衛兵団に騎士団、修道士会などの様々な武装組織は躍起になって、今回の騒ぎを引き起こし加担してその後逃亡した、ごろつきや不満分子、工作員の類いを探し回っていた。


 そしてリトルマリー号が不本意な船出を強いられた波止場には、きらびやかな衣装を着た、非武装の一団が待ち構えていた……枢機卿の姿もある。

 跳ね上げブリッジの接続が済むなり、真っ先に乗船して来たのは枢機卿だった。


「パスファインダー船長! 首尾は如何でしたか!?」


 私は黙って、舵の隣に座って膝を抱えてうつむいているアルセーヌおじさんを指差す。


 枢機卿は数秒間、アルセーヌの方をじっと見ていた。枢機卿の後ろからついて来ていた豪華なお仕着せを着た集団は、もしかしたらアルセーヌの同僚の侍従達なのだろうか。皆さんずいぶん心配していたようである。


 枢機卿はそんな皆さんがアルセーヌの方に駆け出そうとするのを、後ろ手で制していたが。


「貴女が……彼を……取り戻したのですか?」


 私が口を開こうとした、次の瞬間。


「ひえっ、ぷしッ」


 出て来たのは言葉ではなくくしゃみだった。枢機卿は一瞬、慌てて顔を背ける。


「す、すみません……御覧の通り海に落ちてずぶ濡れのままですので……あの、ヘクシッ、おじさんでしたら風紀兵団の皆さんが取戻しました、彼等のうち四人は海に飛び込んでまでリトルマリー号に移乗してます、早めに着替えと休憩を与えてあげて下さいませんか」


 私は枢機卿から目を、顔を逸らしたままそう言った。ああ、次のくしゃみが出そうだ……じっとしてたら寒い……しかし。


「マリー・パスファインダー君……以前もそうでしたが。貴女はとても小柄なのに大変剛毅(ごうき)なのですね」


 ヒッ!? 爪先から頭のてっぺんまで、震えが走るッ……な、何か見破られているのだろうか?


「フワックション!」


 ちょうどその時、風紀兵団の一人も大きなくしゃみをした。こいつら海に落ちようが戦いが終わろうが、絶対に兜を取らない。


「申し訳ありません団長、大丈夫です、我々は問題なく働けます! 今日は腹ペコでも無役でもありませんから!」

「おう!」

「その通りだ!」


 他の風紀兵団もうなずき、胸を張る……枢機卿も私も、思わず風紀兵団の方を見ていた。


「では……風紀兵団の諸君。()()()()、あの馬車にお連れして下さい」


 枢機卿がそう言うと、彼の後ろに控えていた侍従らしい人々の長が進み出るが。


「ユロー殿、それは我々が」

「この名誉は風紀兵団の物であるべきです、ミシュラン殿」


 枢機卿はそう言って、彼等を後ろ手にさえぎる。




 陸軍、海軍、近衛兵、騎士団、それに侍従の皆さんまでと、様々な立場の国王陛下の子分達がひしめく、レブナンの港の波止場で。

 国王陛下の御命令を果たし、国王専属の料理人を無傷で連れ戻した風紀兵団は、堂々と、胸を張ってブリッジを降りて行く。

 風紀兵団に囲まれたアルセーヌおじさんは、うつむきながら大人しくついて行く。


 波止場には残っていた6人の風紀兵団も居る。彼等の間にはトライダーの姿もあった。アルセーヌはトライダーの前で足を止め、トライダーの方を見た。風紀兵団達も立ち止まる。


「ヨハン。落ち着いたら尋ねて来ておくれ」


 アルセーヌがそう言うのを、私は船酔い知らずの地獄耳で聞いた。トライダーは何故か土下座をしていた。或いは単にお腹が空いてうずくまっているのだろうか。

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