色とりどりのバニーガール「キャアアア! キャプテン・アルバトロスがまた勝ったわ!」
フォルコン「ムッハー!(どうしたんだろうなんか俺ここんとこ運が良過ぎない!?)勿論だよ、僕は世界一の船長だからねー!! さあうさぎチャン達にもお小遣いだー!!」
色とりどりのバニーガール「アルバトロス様素敵ィィ!」「キスさせてぇぇ!」
「あら可愛い御客様、またいらっしゃったの?」
偽マリーはアルセーヌの後ろから現れた……とりあえず、武器を持っているようには見えない。
「だけどどうしたのその恰好、びしょ濡れじゃない。ただ今暖炉に火を入れて差し上げますわ」
「白々しいよ! アンタがバウスプリットを切り落とさせたんでしょう! あれは船の角なんかじゃないんです、操帆に必要な大事な」
そこまで言い掛けて私はそこを飛び退く。
―― ダァン!
―― ドン!
上甲板から顔を出して来た敵の射撃を間一髪避けた私は、狙いをつけずに応射する。相手もそれで飛び退いたが、このままでは確実に包囲される。
「アルセーヌ! 早く上甲板に上がって! 海に飛び込んで!」
私はテーブルと船体の間を急いで這いながら叫ぶ。
「くそッ! 接近して仕留めろ!」
「そ、そう何度も撃てるものか!」
ああっ!? 水夫が階段を降りて来ようとしている、だめだ包囲される!
―― ドォン!
私はテーブルの下から転がり出して雑に狙いをつけて引き金を引いた。やっぱり嫌なものは嫌だ、人の体は撃ちたくない……あいにく、私の腕ではこの距離でも当たらないのだが。
「さ、下がれッ……ぎゃああ!」
階段を先に降りて来た水夫が、慌てて駆け戻ろうとして、後から降りて来た水夫と激突しもつれ合って落ちる。
「おのれええ!」
ヒッ!? 上甲板の水夫が一人真上から、サーベルを振り上げ階段を使わずに飛び降りて来た!
私は銃を持ったまま側転して交わす! ぎゃああだけど平地の接近戦じゃ私誰にも勝てないよ!
マスケット銃を手に向き直ると、敵も既にこちらを向いていた。
そのサーベルで、突いて来る……?
次の瞬間、私は敵の踏み込みの浅く早い突きを交わしていた!
信じられない、こんな事が出来るなんて……だけど間合いが近過ぎて何も出来ない、とりあえず私はマスケット銃の銃身で敵の無防備な首筋を叩く、だけどこんなの全然痛く無いはず……
―― ドォン!
しかし次の瞬間私は引き金を引いていた。音と衝撃が、敵の耳元に伝わったと思う。それでも振り返ろうとする敵の側頭部を。
―― ゴッ
私が翻し振りかざしていたマスケット銃の台尻が水平に捉えていた。
敵の水夫が、膝から崩れ落ちる……
「アルセーヌ! 風紀兵団も枢機卿もアンタを逃がす為に頑張ってんだよ、しっかりしてよ! 早く上に行って海に飛び込んで!」
もうこれ以上幸運に恵まれる事はあるまい、下層甲板の片隅に居る私目掛け銃弾が、弓矢が降り注ぐ!
―― ダァン! ダン! ダーン!
ぎゃああ死ぬ、木片が瓦礫が降って来る、誰かの銃弾がクッションを破壊し中に詰められていた家鴨か何かの羽毛が舞い辺りを覆い隠す! 私は寝椅子の影を、サイドテーブルの裏を這い回る!
―― ガシャーン! ダーン! バリバリバリ!
木っ端微塵になった陶器の欠片が、鋭い木片が飛び散り、甲板を跳ねる! 危ない! 痛ッ……何か脇腹に当たったッ……何!?
―― ガラーン……!
何か大きな物が下層甲板に落ちた……万力だ、物を挟んで留めておく鋳物の工具で、様々な作業に使う。いつでも十分な性能が発揮出来るようにと、ロイ爺がよく手入れをしていた……こびりつく潮を拭き取り、脂を塗って。
下層甲板の梁に掛けてあったんだけど、リトルマリー号を降りる時に持ち出さなかったんだな。この船を守る為の工具だから、置いてったんだ。
……
リトルマリーを壊すなよ!!
―― ドォン! ドォン!
「ぐわぁぁ!?」
「うッ、撃たれたッ、支援しろッ!」
下を向いていた射手が、水夫が、向こう側へ倒れたような音がする。物陰から飛び出した私はしっかりと銃床を上から頬で押さえ、身を翻して立て続けに撃った。そこで飛び退いて、
―― ダァン!
―― ドン!
さらにもう一発、マスケット銃を抱えて階段から突撃して来る水夫を。
この弾は、はっきり見えた。その水夫の太ももに当たった。
弾丸が当たった場所から微かに血が噴き出したのが。はっきり見えた。
次の瞬間、眩暈を覚えた私は倒れるように寝椅子の影に飛び込む。床には陶片が飛び散っていたけれど、気にする余裕は無かった。
―― ガラガシャン!
ぐえっ……痛い……何かに麻痺して何処かへ行った感覚が帰って来る……寒い……腕が痺れる……
「君、大丈夫?」
君、大丈夫? 今誰がそれを言ったの? 偽マリーか? いや……この声は男の声だ。
大丈夫かって? どうしたら私が大丈夫に見えるんだ。海に落ちて転げまわって銃を撃って、顔は煤だらけだろうし全身が痛い。
だけど銃で撃たれた水夫に比べたら余程大丈夫だ。気の毒に、仕事で乗り込んだ船で魔法の掛かった銃を持ったズルい小娘なんかに撃たれて怪我をして。しかし私にだって譲れないものがあるのだ。
いや待て。私は本当に撃たれてないのか?
私はよろよろと立ち上がり、自分の体を見下ろす。
何かの液体が、左の脇腹あたりにべったりと飛び散っている。私の革のジャーキンは黒いので色が解りにくいけれど、飛び散った液体は白いシャツの袖も染めていた。
真っ赤だ。
私は脇腹に触れた。何。わからない。それからその掌を、恐る恐る広げて見る。
真っ赤だ。
な……何よこれは……!?
「あのね。私、やっぱり帰ろうかなって。君には負けたよ……本当に」
うそ……私、死にたくない……まだ死にたくない……!
「だけど、エドにはどう謝ろうかなあ」
だけど私死ぬんだ。お父さんが待っている地獄へ行くんだ。
本当は婆ちゃんの居る天国へ行きたいけど、私はたった今も銃で人を傷つけた。行き先はきっと地獄だ。
たちまち吹き出す涙が、ぼたぼたと甲板に落ちる。赤い液体も落ちる。
「私はね、彼を巻き込みたくないから黙ってたんだよね。どうすればその気持ちがエドに伝わると思う?」
私の意識はもうすぐ途切れる。なのに私の近くに居るのは、私の後ろに居るこの、人の気も知らず状況も考えずどうでもいい自分の事ばかり話しているバカヤロウだけだ。
風紀兵団、枢機卿、修道騎士団、そしてトライダー、リトルマリー号……自分のした事がどれだけ迷惑を掛けたのか解ろうとするつもりも無いのか。次の一言が……私の人生最後の台詞かもしれないのに……
「アンタが……」
「う、うん」
私は血で汚れた左手にマスケット銃を持ち替え、体を180度回転させ、遠心力をつけて……右掌で、アルセーヌに平手打ちを見舞った。
―― ペチ
私の人生最初で最後の平手打ちは、腰砕けでまるで威力が無かった。
「バーカーヤーロー!!」
次に死に掛けの私の口から、そんな平手打ちよりよっぽど迫力のある罵声が飛び出した。平手打ちではピクリとも動かなかったアルセーヌがたじろぐ。
「アンタがしっかりしないせいでどんだけの人間が迷惑掛けられたと思ってんだよ! 誰だエドって!? 枢機卿も風紀兵団も修道騎士団もどんだけ心配したと思ってんだ! トライダーもだよ! お前トライダーの友達じゃないのかよ!」
「えっ……ええっ、それは、その……」
「ふざけんな! ケツあご! へんてこモミアゲ! 毛虫まゆげ! トライダーがあんなに心配してんのに何でリトルマリー号に乗って一人で行くんだよ!」
自分の中にこんな罵詈雑言が眠っているとは知らなかった。いや知るもんか。どうせ人生最後の台詞だ。
「あ、あの、それは」
「マリー・パスファインダーに会いたかったのか! そんなにマリー・パスファインダーが見たかったのかよ、見やがれこのヤロウ、本物のマリー・パスファインダーは私だよ!!」
そうだ。
私はこれが言いたかったんだ。
そうか、だから人生最後の台詞が、このアルセーヌおじさん相手なのか。
本当は……国王陛下にも言ってやりたかった。だけどそれは駄目だ。私はドパルドン卿から風紀兵団の為の賄賂を受け取ってしまったのだから。
「え……ええええ!?」
「じゃなきゃ何で私がここまで、命懸けでやって来たと思ってるんだよ、これは私の船だよ!! だから取り返しに来たんだよ!! アンタみたいなねえ、綺麗なお姉さんにのぼせ上がって自分の仕事を忘れたバカヤロウを連れ戻す為じゃねえんだよ!」
私は回りに注意を払うのもやめていた。殺すならいつでも殺せ。
アルセーヌは私の台詞の何が堪えたのか知らないが、三歩後ずさって屈み込み、頭を抱えた。
ああ……私の意識はいつまでもつのだろう。
遺書を書く時間は無いだろうか? 世の中は未練だらけだ。会いたかった人がたくさん居る……ロングストーンのクラリスちゃんとサウロ爺さん、かっこいい女騎士エステル、ダンディなグラナダ侯爵、ヤシュムの商人ナーセルさん。道化師のロワンは元気でやってるかなあ。
真っ赤なジャケットのオーガンさん、故郷のサロモン、エミール、ニコラ、ジェルマン先生にジスカール神父、それに、私が16歳になったら雇ってくれる約束をしていたオクタヴィアンさん……
16歳に……なりたかったな……自由に仕事に就けて一人で生きていける16歳に……トライダーや風紀兵団に追われる事の無い16歳に。
……
なかなか迎えの地獄の鬼が来ないわね。
「団長ー!!」
来た、上甲板から顔を出した、地獄の鬼……
違う。あれは大兜や鎧に昆布だの流れ藻だの纏わりつかせた海の亡者みたいな姿をしているけど、風紀兵団だ。風紀兵団が上甲板に現れたのだ……まさかあの人達、本当に鎧を着たまま泳いでこの船に辿りついたの!?
私は顔を上げた。アルセーヌはまだ蹲っている。
腹が立った。
「何めそめそ泣いてんだよ! 何とか言えよ! アンタ、国王陛下に認められた専属料理人なんだろう!?」
「……えっ?」
涙目のアルセーヌが、顔を上げた。
◇◇◇
市場地区で枢機卿と鉢合わせ、偽りの鐘を聞いた時。私は枢機卿に自分がそれまでに見た事を手短に説明した後で、逆に質問した。
「あの人は、アルセーヌさんはどういう人なんですか?」
枢機卿は私から目を逸らし、呟くように言った。
「あれは……国王陛下の料理人なのだ」
「えっ……あの人、本当に料理人だったんですか!」
「声が大きい。そう、あれは国王陛下の大のお気に入り、誘拐犯はそれをよく知っているのだろう。犯人が要求して来るのは莫大な身代金か、アイビスに不利な条約か……それで実際に苦しむのはアイビス国民、そんな事態は何としても避けなくてはならない」
「だ、だけど陛下の料理人が何故こんな……」
「それはここで論じても仕方が無い。とにかくあの料理人は、その偽者のマリー・パスファインダーに心を奪われ、自らの意思で国王陛下の別荘を脱出し、リトルマリー号に向かっているのだ。陛下は彼を無事に取り戻す事をお望みだ。我々は彼を何としても取り戻さなくてはならない……アイビス王国の為に」
◇◇◇
「そのアンタを追う為に、国王陛下は枢機卿と修道騎士団を派遣したんだよ! 軍隊には秘密だって、事が大きくなったらアンタが処罰されるからって! アンタはねえ! 何よりも、アンタを信じて専属料理人にしてくれた、国王陛下の期待を裏切ったんだよ!」
私は、枢機卿からそう聞いていた。
アルセーヌは国王陛下の専属料理人なのだ。恐れ多くも陛下と名前が同じだったりするけど、それはまあいいのだろう。だけどそんな陛下の信頼を裏切り、このバカヤロウは偽マリーの色香に惑わされ、昨日の深夜にもデートなどして、今日もこうして密かに会いに来ていたのだ。
しかし今回は枢機卿に発覚し大事になった。冗談ではない。国王陛下の料理人が怪しい偽者に誑かされるなど。それで国王の食事に毒など盛られたらどうするのだ。枢機卿はそこまで言わなかったが、私にも容易に察しがついた。
ああ。息が切れてきた。
大声で叫び続けたからか? いや……きっとお迎えが来たんだ。
「ちくしょう……アンタ、国王陛下の料理人なのに……何やってんだ……ああ……私はもうすぐ死ぬんだ……」
涙が唇にまで滲む……死にたくないよ……この世にはまだ私が食べてない美味しい物がたくさんあるというのに……
「あの……君の脇腹にベッタリくっついてるのは、トマトの汁ですけど……」
アルセーヌが、私の脇腹を指差して言った。
「ト……トマト……とは?」
「新世界の果実ですよ。向こうの原住民は食べるそうですけど、アイビス人は食べません。酸っぱくて美味しくないし、たまに毒があるっていうから。見た目は真っ赤で綺麗だし育て易いから、観賞用に育てるんです。君、船乗りなんだよね? もしかして、知らなかったの?」