フォルコン「むははー! 今夜の俺ッ、めちゃくちゃ冴えてるゥゥ! よしッ! 赤にぜーんぶ賭けちゃう!」
フォルコン「だって……俺の幸運の女神は赤いから。ねっ(決め顔)」
赤いバニーガール「キャー! アルバトロス船長、素敵ぃぃぃ!」
ディーラー「宜しいですか? では、回します……」
私は一晩頭を冷やして考えた。
デュモン卿はいささか乱暴な人だが、私が居ると都合が悪いのは国王陛下がこの町に居る間だけではないのか? 陛下が帰ってしまえば私に用は無いのでは?
では陛下はいつまで居るんだろう。ていうかまだ居るんですかね? この話は誰に聞けばいいのか? 多分、風紀兵団だと思う。
そして早朝。私はチーズを預けたまま宿を出て、風紀兵団の野営地に向かった。
「マリーさん、昨日はありがとうございました、風紀兵団であんな食事が出来るとは思ってもみませんでした」
「だからあれは貴方達のお金ですよ。それよりあの、国王陛下はもう王都に帰られたんですか?」
いっぺん奴等の素顔を見てやろうと思った私は日の出前には野営地に着いたのだが、風紀兵団は既に全員身支度を済ませ大兜を被っていた。
「いえ、さすがに陛下が帰還されるなら私達にも連絡があると思いますよ、近衛兵もまだ別荘の周りに居るようですし」
「でも、港の封鎖は今日の正午までですよね?」
「そうですね、帰りもブランディーヌ号で行かれるのでしたら、それまでには出発されるかもしれません」
風紀兵団はテントの片付けも済ませていた。荷馬車も一台だけ連れているのね……物資を車に積み皆は歩くのか。旅芸人の一座みたいである。
「風紀兵団は国王陛下直属なんですよね? じゃあこういう時は国王陛下から直接御指示をいただくんですか?」
私がそう言うと、風紀兵団達はまた、互いの顔を見合わせ出す。一体その動作に何の意味があるんですか。大兜を被ってお互い誰が誰か解るのかしら……それで何かの意志統一は出来ましたか?
「あの、マリーさん」
風紀兵団が一人、他の風紀兵団に見つめられながらこちらを向く。
「我々の代表者として国王陛下に御伺いして来てはいただけませんか? 風紀兵団の今後の行動につきまして」
「恐ろしい事を簡単に言わないで下さいよ! トライダーさんが自分から帰って来たくなるような、自立した風紀兵団になる為、どうぞ皆さんで頑張って下さい!」
だめだこりゃ。私はもう立ち去ろうと思ったが……一つ聞く事を思い出した。
「あ、そうだ。皆さんは枢機卿にも仕事をいただいていたそうですが……デュモン卿という方を御存知ですか?」
風紀兵団はまた、大兜を見合わせていたが、今度はその中の一人、二人が挙手をした。
「自分は存じております、聖堂勳爵士で枢機卿の右腕のような方かと」
「修道騎士団の隊長を務められている事もありますね。剣の達人という噂ですよ」
ああ……ただの用心棒じゃないとは思ったけど、ずいぶん厄介な人に目を付けられたみたいですねぇ。私、やっぱりさっさと海に逃げた方がいいのかしら。
何故デュモン卿の話をするのかと風紀兵団は訝しんだが、私は適当にお茶を濁してその場を立ち去った。
風紀兵団は枢機卿の世話にもなっているのだ。事情を知ったら、私を捕えて枢機卿の所へ連れて行こうとするかもしれないし。
◇◇◇
だけどその風紀兵団が、私の後からぞろぞろとついて来る。
「何でついて来るんですか」
「や、偶然です、我等も今日の仕事を探しに行く所ですので」
どこが偶然なんですか……まさかこいつら、もう枢機卿の指令を受けているのでは? 今度は私を監視する気だとか……うーん、まさかなあ。私ちょっと神経質になり過ぎかも。
「今、お時間があるんですか? それなら皆で市内の宿を虱潰しに当たってみませんか? トライダーさんは居ないと思いますが、旅人ならトライダーさんを見掛けているかもしれない。朝はたくさんの旅人が出掛ける支度をしてますから、一度に聞き込みをするチャンスですよ」
「あっ……! それは思いつきませんでした、是非やりましょう! 皆、四人分隊で手分けして周ろう!」
「おう!」「そうこなくちゃ!」
風紀兵団は早速四人一組となって方々へ走って行く。私は密かにほくそ笑む。何と言うチョロい人達だろう。さて、これで私は自由に……
「我々は港の方へ行きましょう、団長」
しかし私の目の前には、四人の風紀兵団が残っていた。しかも話の行き掛り上、私は彼等と一緒に港に行かなくてはいけないらしい。
この後、サブレさんの事を調べに行こうと思ってたのに……調子に乗って自滅してしまった。どうしたものか。
◇◇◇
トライダーの話なんか聞ける訳ないでしょ。あれはもう一昨日のうちにどこかへ行ったって……私は本音ではそう思っていたのだが。港近くの宿屋での聞き込みは、いきなり成果を挙げてしまった。
「濃い目の金髪の、身長185cmくらいの若い男前の放浪者でしょう!? お会いしましたよ、この町に来る途中の道で!」
宿を発とうとしていたその裁縫用具を行商しているおじさんが言うには、その男は昨日の夕方、東の街道沿いの雑木林に居たという。
「私、以前に別の村でもあの方の姿を見たんです! その時は偽の税金を取り立てようとしていた役人を懲らしめていて!」
その話を聞きつけるなり、薬売りのお兄さんも。
「あのコルジアの小説に出て来るような、放浪の騎士だろう? 俺も聞いたぞ、免罪符を無理やり売りつけようとしていた偽司祭一味をぶちのめしたって」
「あたしも聞いたわ! 老夫婦の農場を乗っ取ろうとしていたちんぴらを半殺しにしてやったって! 正義の流浪騎士トライダー! あいつの話だろ!?」
血の気の多そうな馬借のお姉さんも身を乗り出して来た。私も風紀兵団も思わず呆気に取られていた。
「トライダーさん……そんなに有名なんですか……?」
風紀兵団の一人が、ようやくそう言った……すると馬借のお姉さんは腹を抱えてゲラゲラ笑い出す。
「あっはっはっは、そりゃあもう知る人ぞ知る大英雄だよ、ねえ!?」
突然、多分知らないお姉さんに肩を抱かれた薬売りのお兄さんは、戸惑いながらもやはり笑って続ける。
「はは、は……いい奴なんだろうけど、ちょっと騎士道物語にかぶれ過ぎじゃねえかなあ、あの人は。そうだろ?」
話を振られた針売りのおじさんは、溜息をついて俯く。
「そうかもしれませんなぁ……」
私は少々腹を立て、腕組みをして眉間に皺を寄せる
「何がおかしいんですか、トライダーさん、方々で人助けをしてたんでしょう? 立派な事じゃありませんか」
「ええ……完璧な英雄ですよあの人は……なにしろ、助けた人達からの御礼を一切受け取らないんです」
「……え?」
「倒した賊が不正に持っていた財物は被害者に分配し、助けられた人達の感謝の印は受け取らない……お母さんを助けてくれて有難うってね、小さな男の子が泣きながら差し出したビー玉だって受け取らないんです、自分は見返りの為に人を助けているのではない! そう言い張って……」
私はただ口を半開きにして呆然としていた。風紀兵団の一人が尋ねる。
「そ……それでどうやって旅を続けてるんですか、トライダーさんは」
「別の旅人に聞いた噂では、先月の彼はまだ剣を提げていて、申し分のない毛織のダブレットを着ていたそうで。彼は自分の財産を一つずつ手放しながら旅をしているのでしょう……おまけにそうして得た僅かな銭も、貧しい人を見ると施してしまうのだそうです。昨日私が見たあの人は、野山で捕まえたモグラか何かを落ち葉の火で蒸し焼きにしてなんとか食べようとしていました」
血の気が引く心地がした。
どどど……どうするの……? いや、知らないよ、私トライダーなんて知りませんよ、あれは私がどんなに一生懸命説明しても聞く耳を持たず、養育院養育院と言って追い回すだけの奴で……だから私は知らないよ……
奴が何故そんな風になったのか。そんな事は知らないし私には関係の無い話だよ、そうでしょう?
以前私は別の風紀兵団に頼まれ、トライダーの為の手紙を二通書いた事がある。
一通はヴィタリスのマリーから判事宛の、トライダーの情状酌量を求める為の手紙だ。真実味を出すため、普通の田舎娘らしい字で書いてやった。
もう一通はトライダー本人宛だが、マリーからトライダーに伝えたい事は特に無かった上、フレデリクの方はトライダーが心配だと言うのでフレデリクの手紙として書いて渡した。彼が短気を起こさず裁判を無事乗り越えられるよう、心を込めて書いたつもりである。
つまりその……私はもう十分トライダーの面倒を見てやった訳で……
……
だけどトライダーがあんなに献身的に協力してくれなかったら、私はアイリを助けられなかっただろう。
勘弁してよ……あの男を棺桶の中から引きずり出すしかないのか。二度と外に出さないと誓ったばかりなのに。