ドパルドン「ラズピエールッ……あの古狐、一体何を考えているのだッ……」
あのレストランで真実のマリーを連れていたドパルドン。彼はあの美女を贋物だと知った上で国王陛下に紹介したのではないかと、マリーは読みました。
私のせいで、風紀兵団は枢機卿から仕事と弁当代を貰えなくなったという。
私はホテルの入り口辺りに立ち、ドパルドンさんがやって来るのを待ち構える。この人は多分、この町の海軍の偉い人か何かだと思うのだ。
今の私の姿は銃士マリー。あまり女の子らしい姿ではないので、何とか動きと雰囲気で女の子らしさを出すしかない。ああ恥ずかしい、だけど頑張れ私。
「あの! 貴方は海軍……の、ドパルドンさまではありませんか!?」
私は精一杯目を輝かせ、一輪の花を持ったまま乙女らしく両手を胸の前で組み合わせ、ドパルドンさんの前に出ようとする。すぐに随行の海軍武官らしき人が、間に入ろうとするが。
「私に何か御用ですかな、お嬢さん」
機嫌の良さそうなドパルドンさんは海軍武官をやんわりと押し退け、私の前に進み出て来てくれた。
「やっぱり! ドパルドンさまですのね、お会い出来て嬉しいですわ! お噂通り、お髭がとっても素敵ですのね!」
私は心密かに戦慄する。自分にはこんな機能もついていたのか。まあ実際、ドパルドンさんは背が高く体格も良く、見栄えのするおじさんだった。
「いやいや、少々照れくさいのでご勘弁を……どこかで御会いしていましたかな? お嬢さん」
私はさらにドパルドンさんに近づき、その左腕を取る。ドパルドンさんは特に抵抗もせず、ニコニコしたまま私の方を見下ろして来た。
「私、パルキアのラズピエールおじいさまから、ドパルドンさまの噂をお聞きしておりましたの」
「ほ……ほう?」
私はそう、笑顔で、小声で言った。ドパルドンさんはまだ笑顔のまま、怪訝そうに小首を傾げた。
「グラストのデュマペールおじさんからもお聞きしてますの。ほら、私と同じくらい背の低い方。御存知ですわよね?」
「デュマ……」
ドパルドンさんの表情から笑みが消え、純粋な驚きの表情が広がって行く。
「あ、あのお嬢さん、貴女は一体……」
「フォルコン号船長でロングストーンのパスファインダー商会会長、マリー・パスファインダーと申しますわ」
私はドパルドン卿にだけ聞こえるよう、低い声でそう呟く。
「なッ……」
「そのままお聞き下さい。貴方がなさった事は少々無茶ではありませんか? 私、海軍にもたくさん知り合いがいるんですよ?」
「馬鹿なッ……嘘だ、マリー・パスファインダーはパンツ一丁のフォルコンの娘で、ほんの一か月ばかりリトルマリー号の仮の船長を務めていただけの人物だと……」
「そんな事はどうでもいいし、私には事を荒立てる気は無いんです。あそこに風紀兵団が居るのが見えますか? 彼等が私の事を見ているのが解ります? 訳あってあの人達も私の味方なんです……彼等には貴方のマリー船長の話はしていませんよ? 勿論、出来れば誰にも話さずに済ませたいとは思っておりますが」
ドパルドン卿は視線だけを動かして風紀兵団達の姿を確認する。
風紀兵団は何も知らずにこちらを見ているだけなのだが、大兜を被っていてその表情の伺えない国王陛下直属治安部隊に見つめられている、ドパルドン卿の心中は如何なものか。
「き……君の要求は何だッ……」
「何もありません、どうか笑顔でこの花を受け取って下さい、それだけで結構です……それと、これは出来ればで良いのですが、風紀ある市井を守る風紀兵団の活動に御理解と御協力をいただけないでしょうか。彼等は国王陛下から弁当代すらいただいておらず、困窮しているのです」
◇◇◇
野外用の折り畳みテーブルに置かれた皮袋が、ズシリと音を立てた。
「マッ……マリーさんがこれを!? 一体どうやって……」
「ここ、これはどこから出て来たお金なのですか!?」
「ドパルドン侯爵が風紀兵団の活動資金にと、笑顔で出して下さったのだ……我々もそれを見ていた」
再びレブナン郊外の、風紀兵団の野営地。私はここにはもう来ないつもりで居たのだが、先ほどの四人がどうしてもと言うのでついて来る羽目になった。
枢機卿に会いに行った分隊は、枢機卿は港に出掛けていて留守だという返事だけを持って戻って来た。他の者は、周辺の山道の警備をしていたらしい。
「あの……マリーさん?」
私は彼等に背中を向け、肩をすぼめて自己嫌悪に沈んでいた。私のした事は控え目に言って強請りである。
「あの、こちらを向いてはいただけないでしょうか、我ら一同、この感謝の気持ちをどのような言葉にすれば良いのか……本当に解りません」
「そういうの要りませんから。これを下さったのは私ではなくドパルドン侯爵です。皆さん閣下の期待を裏切らないように、風紀ある市井の維持に励んで下さい」
私は本来、人から感謝されたり煽てられたりするのが大好きなのだが、今回は罪悪感の方が優勢である。そもそも風紀兵団が枢機卿から弁当代を貰えなくなったのは、私のせいらしいし。
ドパルドン卿だって、別に悪い事をした訳ではない……と思う。
昨日、何かの気まぐれを起こしリトルマリー号に乗るのを取止めた国王陛下は今日、真実のマリー船長を見て翻意し、御上船を果たしてくれた。祭りは予定通り行われ、市民は喜んだ。
あのマリーさんはどこかの女優さんだそうだ。なるほど見た目も良く存在感もあり、演技も上手い訳である。身元は外務高官のマリオット卿が保証している。
だけど、万が一そんな彼女がどこかの間者だったらどうするのか? ドパルドン卿がおっしゃるには、問題ない、と。リトルマリー号は精鋭水兵と海軍の制御下にあり、陛下の周りには侍従長以下お付きの人達がついているから。
そして実際、陛下の御上船は無事終わったのだ。マリー・パスファインダーとリトルマリー号の件はこれでおしまい。あのマリー船長が本物だったかどうかなんて、今となってはどうでもいい事なのだ。
そういう事情は風紀兵団には話していないし、話せない。私は風紀兵団の弁当代と引き換えに、この秘密を守る事に同意したのである。
「あの……団長」
誰かが誰かを呼んでいる。私でない事は確かなようだが、私はその声に、回想から呼び戻される。
「意地汚い話で誠に恐縮なのですが、我々も兜の中身は人間なのです、ようやく得られた活動費がどんなに貴重な物なのか、それは重々承知しているのですが……どうか御願い致します、贅沢は申しませんから、今日の夕食の一度ぐらい、腹一杯食べさせていただく訳には行きませんか……?」
その風紀兵団は私に話し掛けているらしい。
油断して気が緩んでいた私は、振り返る時につい大きな溜息をついてしまった。
「私は今朝、そういう所を直してはどうかと申し上げたんです」
「で、出過ぎた事を申しました、お許し下さい!」
「そうじゃなくて! もっと一人一人が自立して物を考え積極的に判断をして下さい! このお金だってもう貴方達の物なんですから、いちいち私に相談するのはおかしいでしょう!?」
「ははッ、申し訳ありません! もっと自立して物を考えます!」
そう言って、敬礼までして見せる風紀兵団。何か違う……それじゃまだ私の言いなりみたいじゃないか。
ちょっと待て。さっきこの人、団長とか言わなかった? さすがに何かの空耳だよね……?
見回せば周りの風紀兵団も皆、大兜を私の方に向けている……怖い……
怖いけれど……何だか、ちょっと可笑しい。
「はは……あはは」
まあ、仲間の共有のお金を飲み食いに使う時って、少し勇気が要るのかもね。真面目で融通の利かない風紀兵団の諸君は、仲間達にこの金で酒を飲み肉を食おうと言い出せないのかもしれない。
「仕方ないなあ。じゃあ私が音頭を取りましょう。今日は美味い物を鱈腹食って、美味い酒を飲もうじゃありませんか!」
私がそう言って笑うと、風紀兵団の半分くらいは腕を振り上げ、歓声を上げた。
「おおーっ! いいんですか団長!」「久々の御馳走だ!」「有難うございます団長!」
そして半分の半分くらいは困惑しているのか、仲間と顔を見合わせている。もう半分の残りは少し心配している様子を見せる。
「あの、嬉しいのですが風紀上、団長を酒の席に置くのは少々気が引けて……」
「皆、団長はこうおっしゃっているけど酒の飲み過ぎは駄目だぞ!」
良かった。風紀兵団にも一応、一人一人個性の違いがあるのか。そりゃそうだよ。求める正義は一緒だけど、生まれた場所や育った環境は皆違うのだろう。
「勿論、風紀ある市井は守らないとね。皆さんを酒場へ送り届けたら、私は早めに宿に帰ります。さあ、こうしちゃいられませんよ! 急がないと満席になってしまうかもしれませんよ、今日は!」
「団長!」「団長!!」
今度は全員が歓声を上げた。
この時私は、彼等が私を団長と呼ぶのは何かの冗談だと思っていた。




