トライダー「ヘクシッ……くそ、体が鈍っているのか、これしきの寒さでくしゃみが出るとは」
リトルマリー号への国王陛下の御上船。やっぱりちょっと見たかったんです。
そして風紀兵団の野営地に自ら赴くマリー。
トライダーの話は勿論昨夜のうちに全員に伝えられていた。この件に関しての風紀兵団達の心の内は一つらしい。
「トライダーさんは任務に不慣れな者には丁寧に手解きし、なるべく多くの仲間に仕事が行き渡るよう振り割り、何かの時には我々の代表者となって軍や役所、教会に掛け合って下さっていたのです」
「腹を空かせた者には、食事を奢ってくれました。我々は勿論感謝していましたが……トライダーさんはそういう活動費を自力で集めていたそうで……」
「仕事の合間に数少ない協力者、支援者の元を周り、頭を下げていたと。トライダーさんが居なくなるまで、我々はそういう事実も知らなかったのです」
そしてブラック兵団の中間管理職は平隊員よりさらにブラックな勤務実態を抱えていた。これもありがちな話ではないだろうか。
話が進むにつれ、俯き加減が進み肩を丸めて行く風紀兵団の面々。私は腹が立って来た。みんな辞めてしまえばいいのだ。こんな職場は無い方がいい。
だけどそうも言ってられない。私は半年前、船長となって海に漕ぎ出す事を決意する過程で、風紀兵団の力を借りてしまった。
「マリーさん、どう思いますか? トライダーさんは何故あんな姿になったのでしょう? 我々はどうするべきなのでしょう……」
風紀兵団は昨日も私にそんな事を言った。あの時は酒のせいで感傷的になって、思わずそんな愚痴を零してしまったのではないかと思ったのだが、どうやら素面でも気持ちは変わらないらしい。
大の男が二十人も集まって、15歳の小娘に意見を乞うというのは理解し難い。何なんですかこの人達は。風紀兵団の入団テストはどうなっているのだ。
あっ。どんどん腹が立って来た。まずい。また何か暴走しそう。
「皆で辞めてしまったら如何ですか」
私は腕組みをし、目を細めてぴしゃりと言った。
風紀兵団達は一瞬ぼんやりしていたが、やがて皆それぞれに色めき立つ。
「ど……どういう事ですか!」「辞めろだって!?」
「か、簡単に言わないでくれ!」「我々は! 風紀ある市井の為に!」
「貴方達はトライダーさんに導かれるまま風紀兵団をやって来たんでしょう!? じゃあ今度もトライダーさんが導く通りに振る舞ったらどうですか! あの人は今、風紀兵団を辞めるという道を示しました! これからもただ彼について行きたいと言うのなら、彼と同じように行動したらいいんですよ!」
私は十分、風紀兵団達と間合いを取って話していた。その為大声を出さなくてはいけないのは恥ずかしいが、幸いこの野営地は十分に市街から外れている。そして、風紀兵団が怒って追い掛けて来ても逃げられる余裕がある。
しかし。風紀兵団達は皆、私に抗議する姿勢のまま、固まってしまった……いや、四人だけ私の話を直立不動で聞いている人が居る。あれが昨日の四人かしら。見た目は多少背丈が違う事以外全員一緒なので、よく解らない。
「それとも彼を無理やり連れ戻して元通り隊長になってくれと頼もうと言うんですか、これからは皆でトライダーさんを支えます、戻って来て下さいと、そう言って説得するつもりですか!?」
固まっていた風紀兵団達がまた、互いの顔を見合わせる……例の四人はそれとは別に、腕組みをして頷いている。
「だけどね。今までだって貴方は貴方なりにトライダーさんを支えて来たつもりだったんでしょう! 違いますか?」
全員に呼び掛けても返事が無さそうなので、私は適当な風紀兵団の一人に指を突き付ける。
「それはっ……そのっ……だけど、これからはもっと頑張ります!」
「いいえ! 貴方は今までも頑張ってたんです、精一杯! 風紀兵団は常に全力で走って来た! それは風紀兵団から全力で逃げて来た私が一番良く知ってます!」
私に指名された一人の風紀兵団が、他の十五人が、順に半歩後ずさりする。例の四人は腕組みをしたまま頷いている。
「自分の努力が足りなかったなんて思わないで下さい。その考えは仲間達の努力も足りなかったという考えに繋がります。そしてそれでは何も解決しない」
まずい。何かちょっと楽しくなって来た。
「トライダーさんの話に戻りましょう。昨日目撃された彼は鎧兜は無く服はボロボロ、腰には短剣一つ帯びておらず、私や風紀兵団の仲間達を驚かせました。だけど私達が驚くべき所はそこではなかったのです」
私はそこで、腕組みをしたまま風紀兵団に背を向ける。本当は背中見せたら危ないんだけど、何となくそうしてしまった。
「ど……どういう事ですか、どうか勿体ぶらずに話して下さい!」
「それは、何故トライダーさんがここに居るのかですよ!」
私は拳を握って振り返る。
「傷心を抱え風紀兵団を辞し、放浪者に身を窶してもなお、トライダーさんは勤王の志を失ってはいなかったのです! 彼がここに現れたのは……一人の志士として国王陛下の観艦式をお守りする為だったのです!」
本当の所はどうなのか? そんなもの知る訳が無い。だけど私は今、自説を振りかざす自分に酔っていた。
風紀兵団は? どう? 今の私の当てずっぽうの推理? ちょっとは感心した?
……
駄目だ……皆シラけて固まってる。まあ、こじつけもいい所の話だよなあ。
―― ガシャン
ん? 後ろの方に居た風紀兵団が一人、膝をついた……
―― ガシャガシャン! ガシャン!
ヒッ!? 風紀兵団が次々と、膝をつき、手をつき、地面に崩れ落ちる!?
「何という事だ……! 我々はこんな事も解らなかったのか」
―― ダンッ!
ひえっ!? 風紀兵団の一人が拳で地面を打った! 結構凄い音がした……
私は例の四人の方に視線を向ける……どんどん居心地が悪くなって来たし、そろそろ帰らせていただいてもいいですかね? 私はそういう気持ちで彼等を見たのだが……彼等の一人が、大きく頷いて叫ぶ。
「やはり私達の判断は間違っていなかった! 御願いしますマリーさん、風紀兵団はどうすべきなのか! 今こそおっしゃって下さい!」
えぇ……話を元に戻すのかよ……私にもう一度同じ話をしろとでも言うんですか? もう解るでしょ……こういう事は皆さんが自分から言い出してくれないと意味が無いんですよ。
だけど風紀兵団は皆黙って私を見てる。今度は片膝をついたり四つん這いになったりしながら見てる奴も居る。やっぱりそろそろ帰りたい。もう話を済ませてしまいたい。
「トライダーさんに頼るのは一旦やめましょう。説得して隊長に戻って貰おうとするのも。今度は自分達が努力して支えればいいと考えるのも」
私はそこで一旦言葉を切り、風紀兵団を見回す……誰も発言しない。
「トライダーさんは皆さんに対して罪悪感を感じています。だけど正義を捨てた訳ではありません。国王陛下への忠誠心も忘れていません。そしてその葛藤に苦しんでいます」
私はもう一度言葉を切り、今度はもっと念入りに風紀兵団を見回す。いつまで小娘に偉そうな事言わせてるんですか。
「だから、やり方を変えましょう。トライダーさんに戻って来てくれるよう頼むのではなく、トライダーさんが戻りたいと言って来るようにするんです。トライダーさんに導いて貰うのではなく。皆さんが悩み苦しむトライダーさんを導くんです」
人にもっと努力しろと迫るのは大抵の場合無駄なので、そういう時は相手の努力を認めつつ具体的な代替提案をすべきである。私がそう思ってる訳じゃないけどファウストの本にそう書いてあった。
「風紀兵団ここにありと、世間に知らしめる、そんな仕事をするんです。ちなみに皆さん、昨日はどんな仕事をしたんですか? 一昨日は?」
誰も止めてくれないので、私は調子に乗りまくっていた。
「はっ、はい、昨日は」
「結構! 私に言っても仕方無いんです、それをちゃんと宣伝してますか? 市民に感謝されてます? 偉い人やスポンサーには伝わってますか!?」
私は馬鹿でかい身振り手振りを加え、その辺を歩き回りながら偉そうに続ける。
「そ、そういう事は我々はあまり得意では……」
「そういう所を変えましょう! そういうのを全部トライダーさんに任せてたんです、皆さんは!」
正直、自分でもちょっと自分にむかつく。私が口先ばかり達者なのは父に似たからだと思う。
おっと。一番言わなきゃならない事を言うのを忘れていた。
これを言わなかったらここに来た意味が無いし、これ以外の事は本当の所全くどうでもいいのだ。結局の所、こいつらは私に網を掛けて王立養育院へ連れて行こうとするような連中である。
「今から一番大事な事を言います。良く聞いて下さい」
私は踊り、回りながら、大の男達に指を突き付ける。あー。むかつくなー私。しかし、風紀兵団達は皆ビシッと立ち上がり、直立不動の姿勢を取った。
「港の封鎖は明日の正午まで、残された時間は多くありません……国王陛下が帰ってしまえば手柄を立てる機会はお預けとなりますし、トライダーさんもどこかへ行ってしまい、また見つからなくなる。ですから!」
風紀兵団達が一斉に頷く。彼等が唾を飲み込み喉の鳴る音が聞こえるような心地がする。
「遊んでいる暇なんかありませんよ! 皆さんは精鋭の中の精鋭、風紀兵団なんです、孤児を捕まえて王立養育院に連れて行くような地味な日常業務は一旦忘れるとしましょう! 今はもっと! 多くの人々に役立つ仕事をすべき時です!」