カイヴァーン「アイリさん達、上手くやってるかなあ」ロイ「わしの勘では、あっさりマリーに見つかって結局一緒に居ると思う。ホッホ」
見事盗賊一味を討伐したのは、第一作の登場人物、風紀兵団のトライダーだった!
その後の作品では閑話としてちょいちょい顔を出しておりましたが、皆さま覚えてらっしゃいますでしょうか。
だけどそのトライダー、完全に様子が変です。かつての部下達の姿を見て、何も言わずに逃げて行く。
トライダーさんを追わなきゃ、母娘の護衛はどうする、盗賊を放り出しては行けない、マリーさんもお連れしないと。
戻って来た風紀兵団は顔を突き合わせそんな相談を始める。真面目で融通の利かない彼等の議論は堂々巡りで、まるで進展しないように見えた。
「じゃあ私が決めてあげます! 一人は急いでレブナンへ応援を呼びに行って下さい、貴方でいいですか? それから貴方はこちらの親子をレブナンまで護衛して下さい、ゆっくりでいいですから。あとのお二人は盗賊共を集めて下さい、連中の武器は私が回収します」
「そんな、マリーさんをこれ以上危険な目に遭わせる訳には」
「いいから始めて下さい! 日が暮れますよ!」
「ですがトライダー卿も追わないと……」
「あれは今追い掛けても捕まりません! トライダーの話は後でたっぷり聞かせていただきます、まずは仕事にかかって下さい!」
半年ばかり船長面をしていた私は、いつの間にか人に偉そうに指示する事を厭わない、傲慢な人間になっていた……なんか嫌だなあ。今回の事が済んだらちょっと自分を叩き直そうと思う。
二人ばかり、逃げ出そうとした盗賊も居たが、私が追い掛けて剣先で尻を突っついてやると、抵抗を諦め大人しく引き返してくれた。
「どどっ、どういう速さで走りやがるんだ畜生、小娘みたいな面しやがって、お前風紀兵団だったのかよ、騙したな、きたねえぞッ……」
「そんなに元気なら軍艦の仕事でも世話してあげましょうか? 海軍には知り合いがたくさん居るんですよ」
「ひいいっ!? 海軍だけは勘弁してくれえっ」
一時間程経つと、レブナンから衛兵ではなく軍の騎馬隊がやって来た。
忙しい町の衛兵に比べ、王様のパレードの為にレブナンに駐屯している彼等は暇だったらしい。
「ま、待ってくれ! どんな大罪人なんだよ俺達は、ちょ、ちょっと追い剥ぎの真似事をしただけじゃないか、それをこんな」
「何が追い剥ぎの真似だ悪党め、追い剥ぎそのものだろうが」
「キリキリ歩かないと怪我をするぞお前達。ワハハハ」
騎兵さん達はロープで結んだ盗賊共を馬で引っ張って帰って行く。
最後に一人で逃げた挙句トライダーに尻を滅多打ちにされた男は、この集団の頭目だったらしい。トライダーの豪打でビリビリに破れたズボンから血塗れの尻が丸出しになっていて、目のやり場に困る。
◇◇◇
その夜。私はレブナンの町はずれの旅籠の食堂に居た。
目の前にはあの母親がお礼に是非と言って持たせてくれた、直径30cm程の石のように固いホールチーズがある。重量も相当な物で、彼女を人質にしようとした間抜けな盗賊の意識を奪ったのはこの自家製チーズらしい。
私は宿の親父さんにこのチーズを仲間と分けたいので切って欲しいと頼んでみたのだが、鋸がないので切れないと断られた。
そして同じテーブルには例の四人の風紀兵団もついている。
「あの……マリーさん、若い女性が父親でもない男性と酒場で同席するのは、風紀上好ましくないのですが……」
「貴方達の仲間の話をしてるんでしょう! ああ、羊のリブが来ましたよ」
手弁当が基本の風紀兵団は案の定、任務中はろくな物を食べていない様子だったので、私は彼等の分の食事と飲み物も注文していた。
アイビスでもこの辺りは葡萄より林檎の縄張りだそうで、飲み物も葡萄酒より林檎酒だそうである。
「いけませんマリーさん、私共が貴女に酒食を提供していただく訳には」
「今日はエテルナからレブナンまで走って来て、明日も色々な仕事があるんでしょう。四の五の言わずに食べて飲みなさい! それで? トライダーさんはどうしてあんな事になってるんですか」
しかし、彼等も皆トライダーがああなった理由が解らず、困惑していた。
この四人のうちヴィタリスやレッドポーチに来た事があるのは一人だけだったが、他の三人も大なり小なり、面倒見の良いトライダーの世話にはなっていたらしい。
「トライダーさんはミレヨンの裁判で無罪になった後、正規の騎士に叙任され、国王陛下からもたくさん御仕事をいただけるようになって……我々も我が事のように喜んでいたのですが」
国内不穏分子の偵察や隣国への急使など、大事な仕事を次々と成功させたトライダーはますます信任を得て、彼の前途は洋々たるものに見えたという。
「風紀兵団全体の信用も、トライダーさんのおかげで高まって……そんな矢先だったんです……」
騎士に叙任されて以来、丸二か月以上一日も休まず働かされていたトライダーを見てさすがに心配になって来た風紀兵団の有志は、書状を持ってトライダーに休養を賜るよう国王陛下に直訴した。国王への直談判権、これは風紀兵団の隊員に認められた特別な権利の一つである。
直訴は聞き届けられ、トライダーには二週間の休暇が与えられた。彼はその休暇を利用してヴィタリスとレッドポーチの方に向かったという。
「マリーさんは本当に何も御存知ないんですか……? ヴィタリスかレッドポーチでトライダーさんに会いませんでしたか」
「私が最後にあの辺りに居たのは九月半ばですよ。トライダーさんが仕事に忙殺されている頃じゃないですか」
「そうですか……あの、マリーさんは何故今はここにいらっしゃるのでしょう?」
「無駄話は結構です。で、トライダーさんは帰って来なかったんですね?」
トライダーの上司は彼が休暇が終わっても戻らない事にはさほど腹を立てなかったのだが、その少し後で駅逓に届けられた辞表には大層立腹されたという。
「勿論我々も心配しましたし、ヴィタリスの方へトライダーさんを捜しに行った仲間も居ます。しかしそのグループとはまだ連絡が取れていません」
十一月半ばにグラストで遭った風紀兵団はトライダーの失踪を知らなかったわね。アイビスも広いし、ニュースが伝わるのには時間がかかるのだろう……私は頭の中で場所と時系列を整理しようかと思ったが、面倒なのでやめる。
「そして今月の初め頃、ラビアンの方に任務で出掛けていた仲間が、郊外でトライダーさんを目撃したと。その時のトライダーさんは鎧兜をつけていなかったそうです」
そして今日目撃されたトライダーは、鎧兜どころかまともな服も着ていなかった。ラビアンで目撃された時からそんな様子だったのなら、その風紀兵団もそう言うだろう。
ではどういう事か? トライダーは何かの理由で仮装しているのか、本当に貧しくなったのかのどちらかだ。
「トライダーさんの家は、決して貧しくはないんですよね?」
「ええ。トライダーさんの家は古くからの荘園を持つ郷士です。だけどトライダーさんはそれを歳の離れた弟さんに継がせたいそうで。弟さんは体が弱く軍で働くのは難しいので、彼には荘園管理を任せて自分は武芸で身を立てると」
そういう話はあまり聞きたくなかったなあ。彼にはただのいい所のボンボンの直情バカで居て欲しかった。
風紀兵団達は最初は私が奢った食事を遠慮気味に食していたが、話が進むにつれ、もりもり食べるようになった。私はパンとシチューを追加で注文する。
「す、すみません……正直、こんな食事は久しぶりで」
「普段は任務の合間に、実家で食い溜めをして来るんです」
私は一つ、溜息をつき、シードルを一口啜って切り出す。
「だいたい解りましたよ。トライダーさんがそうなったのは……陛下のせいです」
四人の風紀兵団は顔を上げる。ちょうど全員が次の骨付き羊肉に手を出した所だった。
「そ、そんなまさか」
「静かに。そうでしょう? 何ですか。働き盛りで食べ盛りの男共をさんざん働かせておいて、陛下はそのリブも下さらないんですか。トライダーさんは皆さんの待遇を改善しようと頑張って働いた。だけど頑張れば頑張るほど増えて行くのは仕事だけ、皆さんの待遇は一向に改善しなかった」
四人はぎこちなく小刻みに首を動かす。大兜の向こうで解らないものの、恐らく彼等は何か反論しようとして口を開いてはいるが、言葉が出てこないのだと思う。
そして順番に俯いてゆく……正直皆そう思っているのだ、きっと。
「二か月間休みなく働いてみても、貴方達に美味い物を食べさせる事も出来ない。そんな時に貴方達の請願で休暇をいただいて、故郷の野山を見た瞬間、トライダーさんの心の中で……何かの糸が切れてしまったのかもしれません」
私はそう言って、もう一口シードルをいただく。風紀兵団はがっくりと肩を落とす。言われてみればそうかもしれないという、心当たりがあるのか。
「マリーさん……私達はどうするべきだったのでしょう」
風紀兵団の一人が、ポツリと呟いた。
「休暇を請願したのは間違いだったのでしょうか……私共は、その時はそれがトライダーさんの為になると思ったのですが」
「休暇は引き金になったのかもしれませんが原因はもっと深い所にあります……ところで貴方達の中に九月の中頃にヴィタリスに居た人は居ないでしょうね?」
「ええ、彼等は今、再度ヴィタリスの方に」
「いいですか? 原因の八割は待遇を改善してくれない国王陛下だとしても、残りの二割は仕事もせず田舎の小娘など追い回していた皆さんのせいですよ?」
―― ドンッ!
四人の風紀兵団は私の言葉に一斉に顔を上げ、抗議する姿勢を見せた。私はその瞬間、音高くシードルのタンカードを机に置いた。四人はまだ少し手振り身振りで抗議しようとしていたが、やがてがっくりと項垂れて黙り込む。
私は四人を順番に見渡してから言う。
「トライダーさんが帰って来たら、今度は皆さんで分担して仕事に当たる事ですね。それから、陛下にもちゃんと自分達で抗議して下さい! 皆さんが抗議しないからトライダーさんは自分が代表して言わなくてはと思い、必要以上に頑張った挙句、心を痛めてしまったんですよ……ああ。パンとシチューも来ましたよ。しっかり食べて、明日も頑張って下さい」
私はそう言って、自分の分のりんごパイを頬張る。なるほど、林檎への自信とこだわりと感じる逸品だ、摘みたてのような素敵な香りがする。風紀兵団の分も買ってあげたんだけど、彼等は皆それは持ち帰りにするつもりらしい。
その風紀兵団は先程からお互い顔を見合わせて、何か頷き合っている。まさかこれだけ言ってもまだ、王立養育院の話をするつもりじゃないでしょうね。
「あの……食事をいただいた上、こんな事を申し上げるのは心苦しいのですが」
ほら来た! だけど私はいつでも飛び出せるよう荷物は手近に置いてあるし出入り口に近い方に座っている。あのチーズはちょっと持って行けそうにないが。
「我々は明日からどうするべきなのでしょう……今のお話で私達も目が覚めました。我々は皆、トライダーさんの事を何とかしたいと思っていましたが、そんな我々自身がトライダーさんの重荷になっていたとは……」
しかし風紀兵団が切り出したのは、養育院の事ではなかった。
大兜の向こう側なのに、風紀兵団が青ざめているのが良く解る。俯き、肩を丸める男達。何だこれは。様子がおかしいですよ。
「ちょ、ちょっと待って下さい、私はただ、自分が感じた事を無責任に並べただけでですね、あの、深刻に受け止めないで下さいよ」
「お恥ずかしい話なのですが……トライダーさんが居なくなって以来、我々の仕事はめっきり減ったんです」
「今回もパレードや市中の警備には参加させて貰えないのです。それで自主的に郊外の巡回をしていたのです」
「マリーさん。仕事の事もトライダーさんの事も、貴女の方が広い視野で見て下さっているような気が致します。どうか御願い致します、貴女の御知恵を拝借出来ませんか? 我々は今、何をすべきなのでしょうか!?」
は?