アイリ「ごめんなさい……履いて来る靴間違えた……足痛い……」アレク「僕は……もうヘトヘト……」不精ひげ「陸に上がった船長、サルみたいに速いな……」
追い剥ぎに襲われている母娘の為、剣(竹光でゴザル)を抜いて飛び出したマリー。
敵は2人と思いきや、後から7人も現れた。
一体どうするの!? もう逃げるしかないよ!
崖の下に落ちて行った男は、転がりながらもどうにか身を起こそうとしている。
元々の二人と新たな七人……旅人親子は? まだそこで固まってる!
「登って逃げて! 向こうに衛兵が居るから! 荷物を捨てて走って!」
まずいよ、早く!
母親は娘の手を引く……駄目だよ、荷物を捨てて! そんなの担いで逃げられないよ、どんな大事な物でも今は捨てなきゃ! だけど……貧しい百姓というのは、そんな簡単に商品や財産を捨てられないんだ。
私が何とかしなきゃ……
「何人でもまとめてかかって来い! 衛兵が来る前に片付けてやる!」
私はもう一度、わざとめちゃくちゃな構えで剣を振ってみせる。全員こっちに来てくれれば。全員こっちに来れば、それを引き連れて逃げるだけでいい。
さっきは上手く行った。剣なんかまともに振れもしない、馬鹿な小娘だと思って向かって来てくれた。
「おい、あっちの女も捕まえておけ!」
「おう!」
「おうよ!」
……嘘でしょう!?
新手の男達の中から二人が母娘の方に向かって行く!
母親に促され、娘の方もなんとか、エテルナに向かう登り坂を登ってはくれている。だけど大荷物を背負い手にも篭を提げている二人は、早歩き程度のスピードしか出せない。
一方の男達は手ぶらで薄着で、山道に慣れている……レブナン側の道から見る見るうちに迫って来る。
最初から居た二人の方は崖下に居る。こちらはすぐには追って来れまい。
どうしよう。判断する時間は少ない。
「チビだと思って甘く見ると、後悔する事になるぞ!」
私は挑発を加えながら、新たに現れた男共の方へ向かうように見せる。
「しゃらくせえ、囲んでとっ捕まえろ!」
「へへへ、少しくらい痛めつけてもいいだろ?」
「程々にしとけよ、ヒヒ」
五人の男は道を外れ、私が居る丘の方へ駆け下りて来る。これを引き付けて……だけど急がないと母娘が二人の悪党に追いつかれる、でも急ぎ過ぎると七人で挟み撃ちにされる……だめだ、これ以上待てない!
「なんだ……?」
「このアマ! 逃げんのか!」
私は五人の男をいくらか道の外の自分の方に引きつけてから、一気に、入り組んだ斜面を駆け上がる! 逃げるんじゃない、母娘を追って道を駆け上がってる悪党の方に追いつくのだ! 五人を置き去りにして二人を止める、これしかない!
太陽が西の空に沈みゆく山道。まばらな木々の向こう、彼方には泰西洋、クレー海峡もちらりと見えた……私は明日の朝日を見られるのだろうか。あの海に戻る事が出来るのだろうか。
「お前ら! こっちと勝負しろ!」
私は母娘を追う二人の男にそう呼び掛ける。男の片方は私を一瞥したが、そのまま母娘の追跡に戻ってしまった。上手く行かない……
船酔い知らずの私は緩やかな崖だって階段のように駆け上がれる。だけど私も当然走れば疲れる……いや、疲れるのは男共も一緒のはずだ。
もうすぐ男共に追いつく……後ろの男達は? やはり道に戻って追い掛けて来る、急がないとすぐ挟み撃ちにされてしまう。
その時。
「あっ……!」
重い荷物に耐え、必死に坂を上っていた娘さんが……膝から崩れるように転倒した……
「マリー!!」
先行していた母親が、やっと荷物を捨て、娘に駆け寄り、追い越して……盗賊と娘の間に立ちはだかる!
「マリー! 荷物を捨ててお逃げ!」
「お母さん……! いや! お母さんも逃げて!」
「早く行くんだよ! 母さんの言う事が聞けないのかい! 早く!」
両腕を広げて盗賊を待ち受ける母親。娘はただ呼吸を荒らげ涙にくれている。
心臓が締め付けられる……何でよりによってマリーちゃんなんだ……私の胸の中で、あの母親の姿がニーナと、娘の姿がソフィと勝手に重なってしまう……
「手間掛けやがって! 大人しくしやがれ!」
「マリー! お逃げ、マリー!!」
「暴れるんじゃねえ! この!」
とうとう追いついた男共は片方が母親を押さえ、片方は娘の方に向かおうとしたが、母親は両方の男にすがりつき、食い止めようとする……私はあと少し! あと少しで辿り着く……!
私は後ろを一瞥する。追い掛けて来る男は……六人!? 六人居るように見えたけれど……確認する時間なんか無い!
私は道を横断し、短い崖を、岩山を、最短距離で踏破して二人の盗賊に迫る。
母親は男共の腰にすがりつき、必死で抑え込むが、その片方はその手から逃れてしまった。
その男は道の上で転倒している娘と、道の下から迫る私を見比べ……腰の幅広の短剣を抜き……私の方に向き直った!
◇◇◇
私の剣の先生は半分がヴィタリスの衛兵さん達だ。私は小さい頃から衛兵さん達の訓練を娯楽として見て育った。
もう半分は不精ひげだ。不精ひげ先生は私のような生意気な小娘からでも、頼まれれば毎日でも剣の稽古に付き合ってくれる。
「あのな。船長の後の先を取る腕前は確かになかなかのもんだけど、剣術をやるならもう少し先手の剣を大事にしてくれ」
「でも私、力も速さもリーチも無いし……私の先手の剣が通用するイメージが湧かないんス」
「力も速さもリーチも無いから、先手を取るんだ。先手はその全てを補えるから。別に先手一辺倒で戦えって言うんじゃない、先手を取るべき状況に出会った時にそれを最大限に生かせるように、先手の剣を身に着けてくれ」
◇◇◇
呼吸し、感じる。
目の前の男の、迷いが、見えた。こんな小娘は余裕で倒せると思うが、本当にそうなのか? この場は相方に任せて自分は向こうで倒れている娘を抑えつける、より美味しい役目に向かうべきなのではないか?
男が構える重量のありそうな幅広の40cm程の短剣が、見えなくなった。
私は爪先から指先まで。体幹を通る全ての力と速さを、切っ先の一点に乗せる。
一つの呼吸、一つの剣。
私は遠目の間合いから一気に突いていた。ここまで駆け上がって来て、相手は待っていて……それでも出来ると思った。
空間を縮めたかのように、私の突きは男の眉間の一点を捉えていた。
「ぐわああ!?」
男が大きく仰け反り、弾けて飛んだ短剣が道の外の崖に転がり落ちて行く。
「こっ……小娘がぁ!?」
残されたもう一人の男が吠える。私の奇襲の一突きを額に受けた男は、自らの短剣と同じように、道の外の崖に転がり落ちて行く。
「貴様もこうなりたいか!」
「ふざっ、ふざけんなああ! こいつをぶっ殺すぞ!?」
私は威圧を試みるけれど、まるで効かなかった。男は蛮刀を抜き、抱えていた旅人の母親の方を引き寄せる……!
「や……やめろ!」
「その剣を捨てやがれ! 捨てねえとこの女の首を掻き切るぞ!?」
男は最初、焦りに顔色を悪くしてそう言ったのだが……だんだんその顔色が良くなり、しまいには笑みまで浮かべ出す……
私は背後を一瞥する。しまった……思ったより早く、残りの男達が登って来ている! 最初の引き付けが甘かったんだ……
前に、母親を人質に取った男。
後ろに迫り来る六人の男。
娘さんは足を挫いたのだろうか? 立ち上がる様子が無い……
盗賊を一人か二人負傷させただけ。だけど私にしては奇跡の大戦果なんだと思う。
そして今出来る事は、一人で逃げる事だけだ。
私は道を外れて崖を駆け下りる事が出来る。船酔い知らずのズルだ。今すぐそうすれば、自分だけは助かる。
そうしない理由は無い。この母娘はもう助けられない。私に出来るのは一人で逃げて……せめて、ここで起きた事を風紀兵団に知らせる事だけだ。
母娘の仇は、いつか国王陛下がとってくれるかもしれない。
「もういいよ!」
誰かが、叫んだ。
「あんたもお逃げ! 早く!」
盗賊に抱えられ、蛮刀を突き付けられていた母親が……男に組み付き返しながら……私に、そう言った。
「なッ……このアマ! 抵抗するんじゃねえ!」
「今のうち、お逃げ!」
私は溜息をつく。
フォルコン号の皆、ごめん。私もう帰れないかも。だけどこの人を置いて一人で逃げるという選択肢を、私はどうしても選べない。
私は覚悟を決めて背後を見る。六人の男の先頭が、私の目前まで迫っていた。
先頭の一人は、やはり蛮刀を持った人相の悪い薄着の男。
その次に来るのはボロボロの服を着た、木の棒を持った背の高い男……あれ? この人さっきまで居たっけ?
その男が叫ぶ……
「マリー君は!! マリー君は無事かぁああ!!」
こッ……この声は……トライダー!?