アレク「またあんな事言い出した!」ウラド「止めた方がいいのではないだろうか」アイリ「待って、私に考えがあるんだけど」
ようやく一人称の日常に戻りました、マリーの物語。
船乗り姿もだいぶ板について来たように見えるんですが、やっぱり16歳になったら船を降りるみたいです。
ところでフォルコン号、レブナンには入れないそうです。何で?
「えー? リトルマリー号が来たからレブナンに入れないってどういう事!?」
「うちはロングストーンの会社でフォルコン号は外国船なんですよ」
アイリさんの驚きは尤もだけど、そういう事である。
「だけど、リトルマリー号の本来の所有者が乗ってるのよ!? フォルコン号はアイビス海軍の貸し出し船でしょう? 船長もアイビス人なのよ?」
「そういう細かい事情は伝わってないんじゃないですかね」
「えー、何よそれ、海軍の怠慢じゃない」
エテルナ港はレブナンにほど近いのどかな村の、ごく小さな港だ。桟橋も小さいのでフォルコン号も他の外国商船も港の外に投錨している。
「私グラストを出る時に、水運組合にはロングストーンへ行くって書いて提出してましたからね、海軍さんのせいじゃないっス」
「ああ……それはマリーちゃんのせいね……フォルコン号が今日ここに来るなんて誰も予想出来ないわ……」
◇◇◇
「行事とやらは今日の昼には終わったんだろう? 何故まだ待たされるんだ」
「急ぎの荷物だぞ、エテルナからレブナンまでの通船代は誰が払うんだよ」
港の小さな事務所にも、大きな船の立派な船長や航海士が抗議に訪れていた。まあここの役人さんを責めるのはお門違いなのだが。
「上からの御達しだよ、どうにもならん。解除は明後日だそうだ」
「明後日には間違いなくレブナンに入港出来るんだな?」
悪い知らせはちょうどそこに、事務所の入り口を通ろうとしていた私を追い越して入って来た。
「おい、今日の観艦式が延期になったらしいぞ!」
「どういう事だよ」「延期っていつまで?」「中止じゃなく延期か?」
「詳細は解らないよ、取り敢えず今の所他の指示は出ていない、レブナンの閉鎖は予定通り明後日の正午まで継続されるという事だ」
「予定通りって……観艦式が終わったら、予定を早めて封鎖を解除するのが本来の予定だったんじゃないのか!」
抗議はアイビス語で行われているはずなのだが、私の頭では皆さんがおっしゃっている事がよく解らなかった。
とにかく、今日の昼に行われるはずだった国王陛下の舟遊びは延期か中止になり、フォルコン号は明後日まではレブナンには入れないという事だ。
商会長服で上陸していた私は、一旦フォルコン号に戻る。
「どうするか決まったかね」
「取り敢えず不精ひげは寝坊の罰で留守番! 私は陸路でレブナンに行ってみます。入れないのは船だけで、歩いて行く分には構わないみたいですよ」
ロイ爺を始めとする、フォルコン号の皆は互いに顔を見合わせる。
「レブナン行きの船とか馬車とかないの?」
「普段はあるけど今はみんな出払ってるそうですよ、陛下の行幸を見に行ったって。私は旅支度をして来ますから、一緒に行きたい人は準備して下さい」
◇◇◇
私が艦長室で銃士マリーの服に着替えて戻って来ると、舷門の前には誰も居なかった。
「ええっ!? 誰も行かないの!?」
「私はちょっと……こんな時間から長い距離を歩くのはねぇ……」
「わしも勘弁してくれ」
レブナンまでは結構な距離があるし、アイリやロイ爺の反応は予想していたが。
「この港にもあんなに衛兵が居るようじゃ、レブナンに行ったら俺とウラドの兄貴は100mおきに職務質問されそう……」
「国王の行幸という事で、警戒が強まっているのだろう……私が行っても船長の足手まといになり兼ねない」
ウラドは紳士だしカイヴァーンは可愛いから大丈夫だと思うけどなあ。しかし彼等には彼等の、私の知らない苦労があるのかもしれない。
「じゃあいいよ。太っちょは行くよね?」
「僕も歩いてレブナンまで行くのはちょっと……」
「小娘一人で行かせるの心配じゃないの? レブナンの市場調査も兼ねてるんだよ、普通来るよね?」
私はアレクの袖を掴むが、アレクは袖を振って逃げる。
「今から行ったら着く頃には真っ暗だよ、ていうかやめなよ船長も、行ったって今のリトルマリー号が見れるだけじゃないの? 船が見たいなら、後で封鎖が解除されてからでも見れるんだからさ」
そしていつも黙ってついて来るぶち君も、今回はバウスプリットの上で日向ぼっこをしたまま、こちらを見ようともしない。
「何で!? リトルマリー号が国王陛下に御目通りするんだよ!?」
私は皆に問い掛ける。元々留守番を指示されていた不精ひげは、釣り竿まで持ち出して休む気満々である。
「もうしたんだろ? だけど陛下は乗ってすぐ降りてしまって、レブナンの湾内でリトルマリーを乗り回すのは中止になったって聞いたぞ」
このニュースはレブナンから馬で戻って来た人によってエテルナ港じゅうの井戸端に伝えられ、フォルコン号の乗組員もみんな聞いていた。
「良く解らないけど。国王陛下はリトルマリー号を一目見て、それで満足されたんじゃないかしら」
アイリが、日向に置いた折りたたみ椅子に座りながらそう言った。こっちも昼寝でもするらしい。私はそんなアイリの近くへ行って、小声で聞く。
「あの、アイビスの国王陛下ってどんな人なんですか?」
「どんな人って……私は会った事ないわよ?」
「私本当に何も知らないんですよ、何歳くらいなのかも何て名前なのかも」
アンブロワーズ・アルセーヌ・ド・アイビス。アンブロワーズは陛下が父の先代国王からつけられた御名前で、アルセーヌは御自分でつけた名前だそうだ。
御年32歳、つまりあと数日で33歳になられる。母親はフェザント王国の王女で奥様はアウラハン大公国の公女だと。今の所、御世継ぎは居られない。自分を噂好きと言うアイリさんでも知っていたのはそれだけだった。
あとはまあ、あくまで噂の範囲の話として。大変英明で勇猛であるが、同時に少し変わった人物でもあり、時々、余人には理解し難い奇行に走られる事もあると。アイリさんはそう、小声で私に教えてくれた。
◇◇◇
エテルナからレブナンまでは海沿いではなく、山あいの野山を抜けて行く道が続いていた。集落も少ないし見通しもあまり良くない。
……
まさか本当に誰もついて来ないとは思わなかった。
何だかだんだん心細くなって来たなあ。レッドポーチからヴィタリスに帰る道と同じくらいに考えてたよ。だけどここはヴィタリスではない。
他に誰か通らないだろうか。レブナンに行く道連れ。
だいたいうちの船乗り共は私に甘過ぎるし、信用し過ぎるんですよ。
―― まあ、どうしても行く気ならいいのではないかのー
―― これだけ警戒が厳重な時なら、山賊も出ないでしょ
もしかして船乗り共は、陸は海より安全だと思ってるんだろうか。都会人のアイリさんは、田舎は都会より安全だと思っているのか。きっとそうだ。
冗談じゃないよ。最近はヴィタリス郊外にだって追い剥ぎが出るんだから。
私は周囲を見回す……
まだエテルナの港は近くに見えている。やっぱり戻ろうかなあ。今はまだ3時くらいだけど、このままレブナンに行ったらどんなに急いでも着くのは6時頃になりそうだ。
やっぱり戻ろうかなあ。
もしかしたら不精ひげは私がすぐ戻って来る方に賭けていて、戻って来た私を見てニヤニヤするかもしれないが。いいですよ、今回は別に意味のある冒険じゃないもの、よし、帰ろう! そうしよう!
私は踵を返し、来た道の方に振り向く。
私が来た道の方から、衛兵さんが4人やって来るのが見える……ありゃりゃ。いい道連れが居ましたね……この道を通ってレブナンまで行くのかしら。
だけど……既に帰るつもりになっていた私の頭の中は、アイリさんが作る美味しい晩御飯で占められつつある……どうしよう。行くべきか? 帰るべきか。
衛兵の一団が、だんだん近づいて来る。
ん? あの大兜とサーコートの模様は前にも見た事があるわね。あれは普通の衛兵じゃないですね。
「貴女は……貴女はヴィタリスのマリーさんですね!? 何故こんな所に!?」
ああ。あれは衛兵さんじゃなくて風紀兵団ですよ。何でこんな所にと思ったけれど、国王陛下直属の手下である風紀兵団が国王陛下の行幸先に居る事は、容易に想像して然るべき事だったかもしれない。
鎧を着て盾を背負って大兜を被って……いつも思うんだけど、彼等は何故戦争でもないのにあんな重武装で巡回してるのだろう。外回りの仕事をするならもっと軽装でいいのでは?
「同志、あの女の子が何か?」
「彼女は孤児なのだ! 本当はパルキアの方に住んでいたのだが、船乗りに誘拐されていたのだ、まさかこんな所で、また一人で居るなんて」
「何だって! お嬢さん、とにかくこちらへ!」
「ああっ!? どこへ行くのです、お待ちなさい!」
「仕方ない、彼女は王立養育院の事を酷く誤解しているのだ、お待ちなさいマリーさん! 行くぞ同志諸君!」
「おう! 風紀ある市井!」「風紀ある市井!」「風紀ある市井!」
ぎゃあああぁぁぁあ!? 何でこうなるんですか!
「ついて来ないで下さいっ! 私16歳になるから、あとちょっとだから!」
私は結局、レブナンへと続く道を走って行く事になった。