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マリー・パスファインダーと望郷の旅路  作者: 堂道形人
国王陛下のリトルマリー
30/74

ジュネスト「素晴らしい……まるでグラスト海軍の精神が形となったようだ」

フォルコン号が逃げ出すようにウインダムを出港し西へ向かっていた頃。

アイビスとレイヴンとの海峡にある、とある港で。

 セリーヌ川の河口の港町レブナンは、アイビスの王都への入り口の町でもある。

 川は物資を乗せた上り下りの船で賑わい、港には世界中から集められた香料や嗜好品を扱う市場が立ち並び、またこの地からもアイビスの進んだ文化の産物である織物や工芸品が、世界の港へと運び出されて行く。しかしそれは普段の話。


 今、レブナンの港は「静かな騒ぎ」に包まれていた。出入りをする商船の姿は少なく、市場も閉鎖されている。


 しかし波止場にはたくさんの人々が居て、皆なんとなくその辺りに集まり、海を眺めたり、焚火を取り囲んだりして、静かに過ごしていた。


 遊んでいる者ばかりではない。衛兵は隊列を作りそんな波止場や街の大路を巡回し、不審者や狼藉者の類いが居ないかと、注意深く見回っている。


 海の上もそうだ。静かな港湾にはかなり沖の方まで大小の海軍艦が張り出して巡回し、周囲を警戒している。


 この海峡のすぐ北、ほんの150km先にはレイヴン王国の南岸がある。

 近年は小康状態を保っているものの、基本的にレイヴンとアイビスは宿命のライバルである。

 平時にはそんなレイヴンとも貿易は盛んに行われており、この港にもたくさんのレイヴンの商船が訪れている。だけど今日は一隻も居ない。一体、この港に何が起ころうとしているのか。



 港に集まった町の野次馬達は、みんな幾分うきうきしていた。しかしあまり浮かれて騒ぐと衛兵が飛んで来てつまみ出されてしまうので、今の所静かにしている。


 そんな港の広場に一団の、揃いのお仕着せを着た男達が現れる……彼等は皆、手に手に大小の管楽器や打楽器を携えている。


 それから、ぴかぴかの銀鎧を着込んだ騎馬隊もやって来る。皆穂先を外した馬上槍に金襴の旗を掲げ、一列になって馬を常歩なみあしで進ませて来る。

 長槍を持った歩兵隊がその後ろから続く。彼等の揃いの軍装は、実戦用の物というより儀礼用の物だ。

 これから起こるのは、戦争ではない。しかし、長槍の後ろからはゴロゴロと、大砲の乗った台車を前から引き、後ろからも押す砲兵隊もついて来る。


 住民達の中には拍手をし、歓声を上げる者も居た。これはあまりひどい馬鹿騒ぎでなければ許されるし、むしろ行進している兵隊達も喜ぶものだった。



 やがて広場で鼓笛隊による演奏が始まると、住民達も、近隣から集まった野次馬達も、一斉に歓声を上げた。


 パレードが、始まったのだ。


 市民達にとって、これは滅多にない娯楽であった。

 華やかな騎兵はゆったりと旗を振りかざしながら馬に速足はやあしをさせ、街中の交差点で別れ、別々の道を走り、また別の道で合流し、また別れる……窓から見下ろす女性や子供も、その見事な馬術に歓声を上げ、手を振って喜ぶ。


 槍兵達は高く足を上げ、槍を掲げ、構え、また提げて、構えてと、見事に一揃えとなった行進を披露する。

 恐らく皆、大変な練習をして会得しているのだろう。誇りに満ち溢れた表情の兵達を称え、町の男達は拳を振り上げてエールを送る。



 花火が町の空高く撃ち上がる。

 湾内の軍艦からも空砲が立て続けに放たれる。

 大通りの窓辺からは、たくさんの花びらを降らせる者も居る。



 そしてレブナンの港じゅうが笑顔に包まれる中。リトルマリー号は、陣幕を張って覆い隠されていた海軍用ドッグの中から現れた。



 その小さな古い船は、大変な様子になっていた。


 内海のパルキアで明るい青に塗装されていた船体は、グラスト港でのタミア号との衝突事故のダメージを隠す為、徹底的な補修を受けた上、群青色の塗料で新たに全体を塗り直されていた。そこまでは仕方ないことなのだが。


 さらに剛性を高める為、船体には三廻りの廻り縁が取り付けられていた。それは全て金色に塗り上げられている。


 手摺りや船尾楼はパルキアで既に白く塗られていたのだが、これもダメージを隠す為さらに厚く三度塗りされ、ますます白く眩しく輝いている。


 特にダメージは無かったはずのマストも。パルキアでは明るい赤に塗られていたが、これも重厚かつ高級感のある臙脂えんじ色で塗り直されている。


 甲板も全部取り替えられていた。それは最高級の家具に使うような天然樹脂で塗装された上、ピカピカのツルツルに磨き上げられている。


 背の低い船尾楼を囲っているのもパルキアではただの板だったが、現在は全面、黒樫のレリーフ板に置き換えられていた。


 しかしそれらをさらに凌駕りょうがする大仕掛けが、リトルマリー号には施されていた。航海長の笛の合図と共に。揃いの白い制服を着た水兵達が動索を引くと、丁寧に折りたたまれていたリトルマリー号の帆が一斉にひらく。


「おお……!」「すげえ、何だあれ!?」


 観衆がどよめく。


 総帆展帆そうはんてんぱんしたリトルマリー号は、まるで翼を広げたオスの孔雀のようだった。

 深く気品のある碧、蒼、紅、様々な色が織りなす模様を持った帆が、風を受けて大きく膨らむ。枚数もとても多く、面積もとても広い。

 これらの帆は全て飾りだった。この帆布は風を受けて膨らむがマストを引っ張ったりはしない、風通しの良い素材で作られていた。


 帆はたくさんの支索と動索によって綺麗に開いているように見えるが、実際には推進の役には立ってない。今リトルマリー号を進ませているのは、4隻のタグボートと80人の海兵隊の漕ぎ手である。



 あの衝突事件とそれに続く騒ぎの後。グラストの海軍司令部はリトルマリー号を完璧に修理してレブナンへと送り出す事を決めた。

 予算は港湾司令官を始めとする海軍幹部の私財の他、民間からも大量に集まった寄付でまかなわれた。

 資金だけではない。グラスト港のドッグには海軍の技師や作業員の他、民間の造船技師や大工や左官や仕立屋、さらに仲仕や酒場のおやじまで連日百人規模の有志が集まり、惜しみなく専門の資材や技術、労働力を提供し、この改装を手伝った。


 それから40日。完全にやり過ぎの魔改装を施され世界一華美なバルシャ船となったリトルマリー号はついにこの、国王陛下の御上船となる日を迎えたのである。



 鼓笛隊の演奏が、打ち上げられていた花火が一旦止まり、辺りは妙な静けさに包まれる。


 セリーヌ川の河口の方から、一隻の最新鋭のガレアス船が近づいて来る。大型で重武装だが60本の櫂に大量の漕手を備え、短時間であれば非常に高速で移動出来る強力な軍艦で、王都を守るレアル艦隊の旗艦だ。


 ガレアス船は行き足を落とし、ゆっくりとリトルマリー号に近づく。

 リトルマリー号は派手に飾りつけられていたが、結局の所は小さなバルシャ船である。新式の立派なガレアス船に近づかれると見劣りがしてしまう。


 ガレアス船から天蓋付きのボートが、慎重に水面に降ろされる。


 波止場に集まった野次馬達が目を凝らす……あのボートへと移乗して行く人影のどれかが国王陛下なのだろうか。アイビスのような大国ともなると、侍従達もちょっとした王侯貴族のような立派な身なりをしているので、遠目にはどれが王様なのかよく解らない。


 ボートは正装した海兵隊員の手でがれ、リトルマリー号へと向かって行く。

 桟橋で見守る騎馬隊、長槍隊……砲兵隊もようやく港広場の入り口までやって来た。皆、固唾を飲んでリトルマリー号に近づいて行くボートを見守っている。


 やがてボートはリトルマリー号に辿り着き、ボートの上に設けられた天蓋の中から数人の人影が。舷門を登って、リトルマリー号の甲板へと上がって行く。



 この後、リトルマリー号は国王を乗せ、周囲をクルージングする事になっている。行き先は国王の気まぐれ次第だがそう遠くへ行く事はあるまい。タグボートにかれて湾内一周のランチクルーズ、そんな所か。


 市民達が待っていたのはこの時間だ。振舞いが出るのである。陛下の名前において配られる予定の焼き菓子のバターと砂糖の香りは、既に町のそこかしこから漂って来ている。

 ワイン樽の用意もある。だから市民達は皆、腰にタンカードを下げていたり、エプロンにゴブレットを入れていたり、皆どこかに自分の器を持参して来ている。


 先ほどまで勇壮な行進曲の演奏をしていた鼓笛隊も、今度は愉快な祭りの曲を演奏する準備をしている。

 人々は、本格的な祭りの始まりの合図を待ちびていた。



 リトルマリー号から、数人の人影が降りて行き、先ほどのボートに乗り込んで行く。お付きの者が数人帰されたのだろうか。リトルマリー号は小船なので、あまり人が多くなるのを陛下が嫌われたのか。


 ボートは元のガレアス船に戻って行く。


 人々はただ、湾内にポツリと浮かぶ格好になった派手なバルシャ船、リトルマリー号を見つめていた。祭りの始まりはまだなのか。どんな合図があるのか。


「どうなってるんだ?」「あっ……おい! あの船、帆を畳んでるぞ!?」


 野次馬がどよめき出す。リトルマリー号が派手なばかりで役立たずの帆を畳み始めたのだ。


「一体どういう事だよ」「陛下はどうなさったの?」

「焼き菓子が冷めちゃうよ!」「兵隊さん! 何かあったのかー?」


「ええい、静まれ! 国王陛下の行幸であるぞ!」


 ざわめき出す民衆を衛兵が静める。

 祭りの始まりの合図は無い。ボートを回収したガレアス船は転回してその場を離れて行く。



 そこへようやく伝令兵が走って来て、辻々で声を上げる。


「本日の国王陛下の御上船は中止と相成あいなった! 皆、速やかにそれぞれの仕事に戻ってもらいたい!」



「え」

「ええ」

「えええ」

「ええええ」

「ええええええええーっ!?」



 たちまち。レブナン港の波止場は、広場は、大路は、市民と野次馬達の怒号と悲鳴に満ちあふれた。


「一体どういう事だよ!?」「祭りは!? 振舞いは!?」

「この香りを我慢しろって言うの!? ビスケットをちょうだい!」

「こらーッ! 勝手に手を伸ばすな! 食うな!」


 街は大混乱に陥った。先ほどまで笑顔で行進していた兵士達も、たちまち暴動の鎮圧に借り出される。


「鼓笛隊はどうするんじゃ! 演奏を楽しみにしておったのに!」

「ワインを飲ませてくれるんじゃなかったのか!?」

「ええい、帰れと言っているだろうが! 祭りは中止! 中止だー!」

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