ユーリ「お父様……いや親父! 僕、貴族より役者になりたい!!」ノルデン&デボラ「えーえええぇぇぇえ!?」
やっと? 主人公マリーの一人称に戻ってもいいそうです。
第4話目以来? 二か月ぶりですって。書き方忘れちゃったかも……
母は馬車に戻る途中、二度も振り返ってくれた。
母はとても元気で、やる気もあって、ソフィちゃんの事はとても大切に思っている。男の人を選ぶ目も昔ほど酷くは無い。周りには心強い味方も居て、共に働く仲間も居る。
良かった。本当に良かった。
おっと、こうしてはいられませんよ。
「さあ、私達も急ぎましょう、予定の時間を過ぎてしまいましたし」
「マリーちゃん……まさかすぐ出港するって言うの!? エイギルさん、あのストークの大臣さんも後で挨拶に来るって言ってたじゃない」
「いいから! 急いで船に戻りますよ!」
そのストークの人達が問題なのだ。エイギルさん? あの人何て言いました?
イースタッドに来いと……冗談ではない。
「嘘でしょ、あの勢いだと晩餐会にくらい呼ばれそうだったじゃない、もしかしたらクラッセの貴族だって来るかもしれないわ、ねっ!?」
「そんな事してたらまた出港出来なくなるじゃないですか! ウインダムに何日居る気ですか、今すぐ出港です!」
イースタッドはここから東の彼方、コモランを越えてペール海をさらに北東へ行った、ストークの首都である。そこはフレデリク君の故郷らしいが、そんな所へ連れて行かれてはレッドポーチに帰るのが三か月先になってしまうかもしれない。
「それはその、マリーちゃんがどうしてもレッドポーチに帰るなんて言うから」
「は?」
「な、なんでもないわ、だけど……せめてもう一晩! 私、結局ディアマンテの宮廷舞踏会ほとんど参加出来なかったのよ!? マリーちゃん御願いぃい!!」
フレデリクがした事で何が起きているのかは解らない。だけど彼は狼藉のお詫びに、レイヴン海軍のマカーティ艦長に協力して海賊退治の御手伝いをしたのだ。出来ればそれで許していただきたい。
「私達は庶民です、貴女も私もお姫様なんかじゃないんですよ! 仕事をしてお金を稼がないといけないんです、さっさと来なさいアイリさん!」
「ばんさんかいー! 美男子提督ー!!」
私は涙目のアイリの腰をがっちり抱え、ハズレ桟橋の方へと引きずって行く。
◇◇◇
フォルコン号の周りにはストーク海軍の船が二隻停泊していた。
「ただ今戻りました! ちゃんと皆揃ってるでしょうね!? 私が遅刻したのは申し訳ないですけど、今度こそ! 今すぐ! 出港しますよ!」
船にはちゃんとリトルマリー号からの4人とカイヴァーンが居た。私はアイリとぶち君を連れて帰って来たのでこれで全部だ。今度こそ出港出来る。
「船長、あのストーク海軍の船は何だ? 俺達を見張ってるみたいにすぐ近くに投錨してるんだが」
「ここはクラッセの港でしょ、別に遠慮は要らないよ。カイヴァーン! ブリッジを外すから手伝って!」
不精ひげはストークの船を気味悪がっていたが、これは出港してしまえば大丈夫だと思う。万一追い掛けて来ても、この西北西の風ならフォルコン号の方が速いはずだ。
「俺一人で出来るから姉ちゃんは着替えてくれば? その服は船酔い知らずじゃないんだろ」
「これは北洋の雪吹雪と荒波を越えて来た服だよ! 魔法はかかってないけど船酔いなんか知らないよ、おとぉこー盛りぃの命を燃やぁしー、太っちょ! マリンベル鳴らして!」
私が歌を歌いながら別の出港準備をしていると。フォルコン号が係留していた浮き桟橋に……とても小さな乙女が佇んでいるのが見えた。
あれはあの赤茶虎猫……品の良い綺麗な毛並を潮風に揺らしながら、桟橋にきちんと両手を揃えて座って、つぶらな瞳を見開き、フォルコン号をじっと見ている。
あの子は何をしているのだろう? いや、決まっている……惚れてしまった船乗り猫、ぶち君のお見送りに来たのだ。
そのぶち君は、カイヴァーンが桟橋とフォルコン号の間に懸っていたブリッジを外す作業を見守っていたが。赤茶虎猫の存在に気づくと、桟橋から顔を背け、目を細める。
出港時には特にする事が無い、手空きのアイリはその様子をじっと見つめていたが。
「なぜかしら……この猫、今日は妙にむかつくわね……」
アイリさんは、ぶち君の首根っこと腹を掴んで持ち上げる。ぶち君は何故かまな板の上の魚のような顔をしてされるがままになっていた。
「どうかしたんですか? アイリさん」
「良く解らないんだけど、本能的に腹が立つのよ……ちょっと、私の顔も見ようとしないわよ?」
ぶち君はアイリに抱き上げられながらも、アイリに顔を覗かれまいと目を逸らす。
私はもう一度桟橋の茶虎猫を見る……お嬢さん。船乗り男には惚れちゃいけないよ……だけどぶち君があんな朴念仁だったとはねぇ。
ん? 桟橋をずいぶん小柄な男、いや少年が走って来る。ありゃ、あれはユーリ君だよ、もしかしてソフィかニーナを探してここまで来てしまったのか?
「ユーリ坊ちゃん!」
私は大声を出して手を振る。向こうもすぐ私に気づいてくれた……あの表情は、やっぱりまだソフィを探していたみたいだ。
「大丈夫、ソフィちゃんならニーナさんが見つけて馬車で連れて帰りましたよ! ユーリ君もありがとう!」
ソフィの事を頼みます……私はその言葉を飲み込む。彼だってそんな事、今日会ったばかりの怪しい魚屋になんて言われたくないだろう。
ユーリ君は私を見て……なんだよもう、と怒ったような顔をして。それからポケットに手を入れて……ああ、青い方の私の財布を取り出した、それから……舌を出して財布を振ってみせる……財布は返さないよ、ってか! 私は手摺りを掴んだまま膝から崩れる。
まあいいや。あれはソフィの騎士なのだ、逞しくて何が悪い。
ああ。ソフィちゃんは可愛かったなあ……この世にあんなに可愛い生き物が居るなんて知らなかったよ。妹っていいなあ。
本当のお姉ちゃんなんて言われちゃった時は、完全に鼻血が出たと思った。
またいつか、会えないかなあ。
その時までには、私ももう少しまともな仕事に就いていたい。
うその魚屋、うその船長……こんなやくざな姉貴じゃ、妹に顔向け出来ないよ。
「船長、あまり大きな声を出さないでくれ、折角黙って抜錨したのに」
私が呆けていると、不精ひげがそっと近づいて来てそんな事を言う。
「いや別にコソコソしなくていいよ、パパッと行きましょう、おあつらえむきの西風も吹いてるし。フォルコン号、出航ですよ! 太っちょ、いいからマリンベル叩いて!」
私がそう言っても、アレクはフォルコン号の船鐘の前で何か躊躇している。まあ、フォルコン号の近くに停泊していたストーク海軍のピンネース船の上でも、何かの騒ぎが起きているようだが。
「フォルコン号ー! どちらへ行かれるのですか!? どうかお待ち下さい、我々と共にイースタッドへ来て下さらないのですか!?」
誠に申し訳ありませんが、マリー・パスファインダー船長はストーク語はほとんど解りません……って、ついさっきお姫様とストーク語で話してしまったような気もするけど、あれはきっと気のせいだ。
私は単に、ピンネース船の上で手を振るストーク海軍の船長さんに愛想笑いをして手を振る。
「ありがとうございます、そちらさんも航海の無事を祈りますです!」
私はまだ漁師マリーの服を着たままで居た。これからあの売れ残りの深海魚で内海風のスパイシーなシチューを作り、乗組員の皆さんに振る舞うのだ。
「じゃあロイ爺甲板はよろしく、私は厨房に居ますから……今日の昼食はね、私が腕によりをかけて作りますよ!」
瞼の母編、終わり!