マリー「あの、ちょっと待って、誰か留守番に残ってくれる人は……」猫「オァアア」
マリー・パスファインダーの冒険と航海シリーズはだいたい主人公のマリーの一人称で話が進むのですが、時々、遠くの出来事や戦闘シーンなどを表現する為に三人称視点で話を進めさせていただく場合がございます。
今回はその、三人称ステージです。
事の始まりは5日前、乗組員達に3日間の休暇を与える事を伝えた後で、マリー船長が発した言葉だった。
「それから、皆もう気づいてると思うけどもうすぐ新年が来ます! アイビスでは国王令で16歳未満の孤児は全て養育院に入らなきゃいけなかったんだけど……私もその義務から解放されるんです! という事はつまり、皆さんも素人船長から解放されるっていう事ですよ! だから次の航海の目的地はレッドポーチです! 皆もそのつもりで居てね!」
その言葉を聞いたカイヴァーンはすぐに前に出てマリーに抗議しようとしたが、近くに居た不精ひげニックはそれを後ろ手に止めて囁いた。
「待て、こういうのは慎重に処理しないと」
◇◇◇
何食わぬ顔をして船を降りた乗組員達はただちに港近くの宿屋の食堂に集まり、緊急会議を始めた。
議長は船内の長老でマリーの信頼も高い、副船長のロイが務める。
「まさか、わしより先にマリーが引退しようとするとはのう……確かに半年前、マリーは言っておった。半年経てば家に戻れるから、それまでは船長をすると」
それはマリーとの冒険の始まりでの出来事だった。
船長を失い借金に縛られ二進も三進も行かなくなったバルシャ船リトルマリー号は、船長の唯一の身内である娘のマリーが近くに住むレッドポーチ港に寄港し、内陸のヴィタリス村に住む彼女の元へ手紙を送った。
やがて港にやって来たマリーは不機嫌そうに船内や船長室を見回していたが、船酔いを発症した挙句、船なんか欲しくないと言い出してすぐに村に帰ろうとした。
リトルマリー号の水夫、ニック、ロイ、アレク、ウラドは相談をまとめ、急いでリトルマリー号を売却してその金をマリーに持ち帰って貰おうと決めた。
ニックは出来れば時間をかけて船を売りなるべく多くの金をマリーに持たせたいと思ったが、マリーは一刻も早く村に帰りたいと言い張り、即金にこだわらざるを得ない売却交渉は難航した。
ところがリトルマリー号がライバルの船主に安値で買い叩かれようとしていたその瞬間に、マリーはありえない格好で再びリトルマリー号に現れた。そして自分が船長になって船を出すので売却話は無しだと言い出したのが、マリー・パスファインダー船長の始まりである。
船長となったマリーはそれまでの水夫達では出来なかった発想や見識で次々とトラブルを解決し、船に富を運んで来た。
しかし。確かにマリーは言っていた。自分は国王令のせいで16歳になるまでは故郷に安心して住めないので、半年だけ世話になるのだと。
だけどそんな事は皆忘れていたのだ。
マリーがそう言ったのは借金だらけのリトルマリー号で海に漕ぎ出したばかりの頃で、その頃のマリーはありえない格好をしていないと船に乗っていられない、極度の船酔い体質だった。
しかしその後マリーはアイリという味方を得てありえない格好以外でも船に乗れるようになり、借金も綺麗に返済、さらに常設の事務所を開設し定期航路を拓くなど、いくつもの成功を収めて来たのだ。
そんなパスファインダー商会の商会長でもあるマリーが、いまだに船を降りる事を忘れていなかったとは、水夫達も思っていなかったのである。
「板子一枚下は地獄……どんなに商売が上手く行こうと、船乗りが危険な仕事である事は事実。船長が船を降りたいと言うのなら、止めるべきではないとも思うのだが……」
船一番の慎重派で下顎から飛び出した牙と青黒い肌が特徴のオーク族の操舵手、ウラドは腕組みをしてそう言った。
次に口を開いたのはアイリだった。
「相手はマリーちゃんよ!? 陸に居たってきっと無鉄砲な事ばかりしてるに決まってるわ、だったら私達で見守ってあげられるフォルコン号に居た方がまだマシじゃない、ヴィタリスにはもう身内は居ないんでしょ?」
アイリがマリーに出会ったのは皆がまだリトルマリー号に乗っている時だ。密航者としてリトルマリー号に乗り込んだアイリはマリーの計らいで仮初めの船員となり、数日の間航海を共にした。
当時巨額の借金を抱えお尋ね者にもなっていたアイリはそれ以上リトルマリー号の人々に迷惑を掛けられないと思い、ブルマリン港で一人、船を降りた。
その時に追い掛けて来て助けてくれたのが覆面の男、フレデリク・ヨアキム・グランクヴィストである。その実体は、ただ声色を変えただけのマリーだった。
「第一私、マリーちゃんが居ない所で生きて行く自信が無いわ」
「これから……どうなるんだろう」
肩を落としたのはアイリだけではなかった。船内で一番年下の水夫、カイヴァーンも呟く。
五か月程前、南の内海のナルゲス沖の廃船の中から救助され、その後マリーの義弟となった浅黒い肌の少年は、僅かな間にマリーより5cm程も背が高くなっていた。小さな体に動物的なパワーを秘めた勇士でもある。
「俺……船長がついて来ていいって言ってくれるなら、ヴィタリスって村について行きたい。これからも姉ちゃんの弟で居たい。だけど俺と姉ちゃん、本当の姉弟には見えないだろ。何て言うか……ついて行ったら迷惑になるだろ、俺」
そんなカイヴァーンが、酷く萎れた顔で俯く。
そこで口を開いた小太りのアレクは、航海の事も一通り出来て商売にも明るい器用な男だ。
「まだ降りると決まった訳じゃないから……船長、気まぐれだし。それにどうしても船長が降りると言い張ったとしても、僕らはアイリさんにもカイヴァーンにも出来ればこの船に残って欲しいと思う……そうだよね?」
アレクの問い掛けにロイもニックもウラドも頷く。
「その時はアイリさん、代わりの船長になってみないかね?」
「そりゃいいな、アイリさんは元々は大きな商会の商会長だったんだろ?」
「マリー船長もこの船と縁を切ろうと言うのではないと思う。二人にはこの船に残って欲しいと思うのではないか」
三人は務めて明るく場を盛り上げようと笑顔を見せるが。
「船長なんて無理よ……私が白金魔法商会でいくら借金をしたと思ってるの。私の経営者としての才能はゼロよ」
アイリはそう言ってカイヴァーンと同じくらいに萎れた顔をする。
「でもただの料理係でもいいならこの船に残りたいわ」
「俺も。ただの水夫としてここに居させて」
「落ち着くんじゃ二人とも……勿論二人がこの船に残ってくれる事は大歓迎じゃが、今は何とか、マリーに心変わりを起こして貰う事が先決じゃろう」
ロイは単にこの中の長老だというだけではなく、豊富な人生経験を持った人物だった。彼は以前にも一度マリーに問い掛けた事があるのだ。
半年前、マリー船長が最初の航海でオレンジの急送で当てた直後の事だ。
マリーは今なら自分に生活費を渡して船から降ろす事も出来る、そうすればリトルマリー号は素人船長から解放されると言った。
ロイはマリーは本当にそれでいいのかと訊いた。そうではないだろうと。
そしてマリーは答えた。船長を続けたいと。
「船長は、マリーは決して船長で居るのが嫌になった訳では無いと思うんじゃ。何故なら船にはこんなに素敵な仲間達が居るんじゃからのう。ホホ。どうじゃ? 船長にその事を思い出して貰う為、ここは一つ、団結せんかね?」
ロイはそう言って、長い年月の間潮風に磨かれた皺だらけの顔に凄みのある笑みを浮かべる。ニックとアレクはすぐに頷き、アイリとカイヴァーンに視線を送る。
そのアイリとカイヴァーンは互いに数度、横目で視線を交わしていたが、やがてほぼ同時に、固い決意を秘めた表情で深く頷き合い、ロイの方を向いてもう一度深く頷く。
そしてロイ、ニック、アレク、アイリ、カイヴァーンは一斉に、やや視線を逸らして腕組みをし焦りの表情を浮かべているウラドを見つめる。
「う、うむ……皆がそう決めたのならば、勿論私も協力する……」
それから六人は、マリーに船長を続けて貰う方法について話し始めた。ニック、アレク、アイリからはいくつかの善後策が提案され、皆の役割分担や今後の方針などが決められて行った。