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ユーリ「たんまり入ってるじゃん、ヘッヘッヘ」

三人称シーン、まだ続きます……

マリーは何を考えているのか……?

 本当に魚が売り切れたりしたら困るマリーは、自分では「それは高い」と思える値段を女中に言ったのだが、仲仕の男が言っていた通りこの町の景気は良く魚は不足気味で相場は高止まりしていたらしい。タイだのニシンだのは残らず売れてしまった。

 その上女中は魚をおろすのが苦手だと言うので、鯛も鰊も全部マリーが下拵したごしらえをする羽目になった。


 マリーが隣の屋敷から解放され元の小路に戻って来た時には、太陽は東の空に昇っていた。四尺棒の先に提げた駕籠の中には、もう痩せた小さなイワシ数尾と謎の深海魚が一尾しか残ってない。

 猫はまだ二匹居る。一匹はフォルコン号からついて来ている知り合いだがもう一匹は赤茶虎の知らない猫だ。他の猫は屋敷の庭に残り、マリーが魚のアラからさじいでやったすり身や、鯛の尾の身を食べている。


 さてと気を取り直したマリーは、また目を細め用心深く辺りを見回しながら、今度こそはとノルデン男爵邸の通用口に近づいて行く。

 今度は辺りに人影は無い。マリーは意を決し、その引き戸を素早く開けた。



「……あ」

「あ……」



 その瞬間、マリーは硬直する。しかしより驚いたのは扉の向こうに居て、たまたま今、引き戸に手を掛けようとしていた人物だった。引き戸の向こうに居たのは8歳くらいの男の子と、6歳くらいの女の子だった。

 男の子は白いシルクシャツに黒いベスト、それにキュロットを履いているが上着は着ていない。育ちの良さそうな子だが寒くはないのだろうか。

 しかし今マリーは女の子の方から目を離せないで居た。その子は昨夜、ニーナと一緒に馬車に乗っていたあの女の子だった。


「……誰なの? 君」


 男の子は自分を無視して女の子を見つめる不審者(マリー)に向かい、腕組みをして不機嫌そうにつぶやく。マリー(不審者)は慌てて女の子から目を逸らし、男の子の方に向き直る。


「あっ、あのワタクシ、魚屋です、新鮮な海の魚を売り歩いております、坊ちゃん、こちらの料理人さんにお取次ぎいただけたりしませんかね?」

「魚屋? 魚屋なら魚を見せてみろよ……うわ、なにこのぶっさいくな魚!? それにこっちは猫の餌か? うちは猫なんか飼ってないや! お前本当に魚屋か? なんだか怪しいな」

「ああ、あの、魚の御用が無ければ失礼します、ごめんなさいね、はい」


 マリーはそう言ってその場を立ち去ろうとしたが、男の子に服の裾を掴まれてしまう。


「待てよ、本当の魚屋なら僕に小遣こづかいをくれるはずだぞ、僕はこの屋敷の跡取りなんだからな」

「そんな魚屋居ませんよ、こっちは生活に苦しんでる庶民ですよ、何でお金持ちの坊ちゃんに小遣いをあげなきゃならないんですか、離して下さい」

「お前やっぱり怪しいぞ、大声を出してやろうか? 大声を出すぞ?」


 その時である。突然現れた不審者(マリー)に怯えたように縮こまっていた女の子が、両手で口元を抑えたまま、おずおずと声を掛けた。


「……お姉さん」


 驚きに目を真ん丸に見開くマリー。その半開きになった口から、かすれる言葉が漏れる。


「えっ? 今……何と?」


 しかし。女の子が言った「お姉さん」というのは、一般的な自分より年上の女性という意味の言葉に過ぎなかった。女の子は上目使いでマリーを見ながら、恐る恐る言葉を絞り出す。


「私にもお魚、見せてくれませんか?」


「あ……あああ! そうですね、はい、いいですよ、ええ」


 一瞬放心したマリーは慌ててそう答え、引き戸をくぐって屋敷の敷地に入る。

 それから四尺棒の駕籠を外してしゃがみ、女の子に中身を見せる。

 男の子もマリーのコートの裾を握ったまま、駕籠の中身を覗き込む。そして、目の飛び出した深海魚を見て顔をしかめる。


「うわあ、やっぱり気持ち悪いや、なんだこの魚、絶対毒あるだろ」

「馬鹿言っちゃいけないよ、野菜と一緒に煮込んだら美味しいんだよ、これは」


 マリーはそう言いながら、鰯のうち二尾を手早く三枚におろしてみせる。

 ここまでマリーについて来ていた赤茶虎の猫は、腹は減ってないのか鰯が嫌いなのか、少し遠巻きにその様子を見ている。もう一匹の、額に三日月傷のあるぶち猫の方はそんな赤茶虎の様子を見て、渋々という様子で前に出て来る。そして。


「オアァア」


 ぶち猫はやや投げやりな様子で、男の子の脛にこすりついて甘えるフリをする。まるで、マリーに言われて嫌々そうしているかのような表情で。

 男の子の方はそんなぶち猫の表情に気づかず、愉快そうに叫ぶ。


「こいつ、その鰯が欲しいんだ! それ貸して!」


 マリーは鰯の半身を男の子に渡す。男の子はそれをハーリングのようにぶら下げてぶち猫の鼻先に突き付ける。

 ぶち猫は鰯に噛みつこうとするが、男の子はぶち猫がそれに食い付けないようサッと持ち上げる。


「あははは、ほらお前、この魚食べたいんだろ! ほら!」


 男の子はマリーのコートの裾から手を離し、鰯をぶら下げたまま裏庭の方に駆けて行く。ぶち猫はマリーの方を一度ちらりと見てから、それを追い掛ける。



 マリーはノルデン男爵邸の勝手口の内側で、その女の子と二人きりになった。



 女の子はマリーと男の子を何度か見比べていた。彼女が何を考えているかはマリーにもすぐ解った。この人見知りの女の子は見知らぬ年上女性と二人で居るのが心細いのだ。それであの男の子の元に走ろうか、男の子が戻って来るのを待とうか考えているのだろう。


「あの……お嬢さん、大人の人は居ませんか? お姉さんお魚屋さんなんで、ちょっとお話しが出来たらいいなと思うんですけれども……」


 マリーはとりあえず、当初の目的通り屋敷に勤める使用人から情報収集が出来ないかと思い、女の子にそう聞いてみた。

 しかし。


「お姉さん……本当にお魚屋さん?」

「そ、そうだよ、魚屋だよ、鰯も綺麗におろせたでしょ?」

「でも……お姉さん、昨日は魚屋さんじゃなかったよ」


 マリーは思わずむせそうになる。女の子は昨日教会広場で、遠くからちらりと見ただけの知らない人である、マリーの顔を覚えていた。


「それはね、あの、いやいや昨日も魚屋だったの、本当に、私はあの教会にお魚を持って行った魚屋だから! それで皆で一緒に魚を食べてたの、実はそういう事なの、そういう……」


 マリーは女の子にそう熱弁しようとして途中でやめ、肩を落とす。そして横顔を向け何事か少し考え込んでから、何かの覚悟を決め、女の子に向き直る。


「あの……貴女のお母さんは、私の事、何か言ってた?」


 女の子は黙って首を振る。マリーはそれを見て小さく溜息をつき……それから少し気を取り直して続ける。


「あのねお嬢さん、私、本当はお礼を言いに来たんですよ、昨日の夜お嬢さんと一緒に馬車に乗ってたのは、貴女のお母さんだよね?」

「……うん」

「貴女のお母さんがね、私のこと、可哀相だと思ってお金を下さったんですよ、だけど私、あの時は寒くて動けなくて、ちゃんとお礼が言えなかったんです」


 マリーはコートの懐から小さな巾着を取り出す。それはキャプテン・マリーの服を作った時にとっておいた、青い端切はぎれで作った物だった。


わたくし、貴女のお母さんのお陰様かげさまで助かったんです。だから、昨日お母さんが助けた人が、ありがとうって言ってたって、もう大丈夫です助かりましたって言ってたって、そう言ってこれを渡してくれませんかね? お母さんに」


 マリーはそう言って、笑顔でそれを女の子に向けて差し出した。


 しかしマリーは知らなかった。女の子がマリーの顔を覚えていたのは、昨夜急に馬車を停めてマリーと話をしに行き戻って来た時の母が、子供の目にも解る程青ざめ落ち着きを失っていたからである。


 女の子は何度もマリーと、マリーが差し出している巾着を見比べたが、ついにそれに手を伸ばす事は出来なかった。

 そこへ。


「こっちの猫はいらないの? お前もこの魚に飛びつけよ」


 鰯をぶら下げた男の子が戻って来て、赤茶虎の方に絡みだす。しかし赤茶虎は鰯が好きではないのか、素知らぬ顔でそっぽを向いてしまう。

 気分を害した男の子は、嫌々追い掛けて来ていたぶち猫の方に振り返ると、鰯をひょいと放ってしまう。


「なにその財布? ソフィに渡したいの?」


 男の子はマリーの方に向き直ってそう言った。マリーは目を丸くする。


「ソフィ……ソフィちゃんっていうんだ」

「ソフィはその財布持ちたくないんだな! じゃあ僕が代わりに持ってやるよ!」


 少しぼんやりしたまま、まだ手を差し出していたマリーから、男の子はその青い巾着をひったくる。

 ずしりと、重い……結構入っている、男の子は思った。

 マリーは慌てて言葉を足す。


「あの坊ちゃん、それを渡して欲しいんですよ、その、ソフィちゃんじゃなくソフィちゃんのお母さんにね、御願いします、大事な物なんですよ?」

「はいはい、いいよ僕が代わりに渡してやるよ、ソフィは小さいしこの財布は重過ぎるからな! ハッハ、それじゃ行こうぜソフィ」


 男の子は女の子(ソフィ)の左腕を鷲掴みにして、屋敷の方へ引っ張って行こうとする。マリーはまだぼんやりとしたまま、それを見ていた。


「ま……待って、ユーリ」


 ソフィは男の子(ユーリ)に腕を引っ張られながらも、今度はマリーの方をじっと見ていた。ユーリは動きの悪いソフィからあっさり手を離し、巾着だけを持って一人で建物の陰の方へ走って行く。

 ぶち猫はユーリとマリーを何度か見比べていた。


「お邪魔してごめんなさい。元気でねソフィちゃん。それじゃ」


 マリーはそう言って駕籠を片付け四尺棒を担いで立ち上がる。


「……待って、お姉さん」


 ソフィはそう言った。マリーはソフィが口を開き最初の一声を発した瞬間には立ち止まって振り返っていた。


「なっ、なんだいソフィちゃん!?」

「あの……お魚を見せてくれて、ありがとう……」

「あ……ああ、どういたしまして! ええ……それだけ? それだけね? どういたしまして、うん、それじゃ改めて、元気でねソフィちゃん、さよなら!」


 マリーはやや未練がましく、ノルデン男爵邸の通用口から退散して行く。ぶち猫がその後に続き、赤茶虎猫もまたそれについて行く。

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本作はシリーズ五作目になります。
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マリー・パスファインダーの冒険と航海シリーズ
― 新着の感想 ―
[一言] うーん、クソガキ これ後妻かなにかで入ったニーナもこのクソガキに小遣いせびられたりしてんじゃ…
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