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ノルデン「誰だ応対した奴は! 美少女の商人だったなんて今初めて聞いたぞ! そんな珍しい物を何故追い返したバカッ!」

おさらい

・マリーの父フォルコンはリトルマリー号の船長でした

・マリーが5歳の頃、マリーの母ニーナは家出しました

・ニーナは何度かは帰宅しましたがその度また家出しついには帰って来なくなりました

・その後ニーナは再婚しマリーが手紙を出しても返事もくれませんでした

・月日が経ちマリーが14歳の秋、祖母コンスタンスが亡くなりました

・その少し後に父フォルコンは行方不明になり仕送りも途絶えました

・15歳になったマリーは孤児として風紀兵団に追われて暮らしていました

・初夏の頃に行方不明のフォルコンは制度上死亡扱いとなりますます風紀兵団に追われました

・第一作が始まりました

 中央波止場に停泊している大手の船などでは、規則に従い夜間でも船の数か所にランプを灯している。

 しかしハズレ桟橋の辺りに来ると、油代をケチって深夜には全て消してしまう船も多い。


 スヴァーヌ程ではないが、冬のウインダムの夜は長い。ロングストーンと比べても、太陽の出ていない時間が二時間近く長いのである。


 そんな冬の深夜のウインダムのハズレ桟橋に停泊している、一見寝静まったフォルコン号の甲板で。ごく小さなきしみ音を響かせながら艦長室の扉がゆっくりと開き、中からシャッターを閉じたランタンを持ち頭まで毛布にくるまったマリーが忍び足で現れる。


 マリーは泥棒猫のように目を細め、暫く戸口で甲板の様子を伺った後、ひたひたと下層甲板に降りて行く。向かった先は海図室だ。


 狭い海図室には様々な海域の地図や航海用品、測量器具、信号旗などを整理して置いた棚の他に、雑貨を入れた木箱も置かれている。

 マリーはランタンのシャッターを少しだけ開け、慎重に積み上げられた箱を取り除け、一番下に積まれていた薄い木箱を取り出す。

 その木箱の蓋は古釘で打ち付けられ、封印されていた。マリーは壁に掛けられた工具袋から金梃子かなてこを取り、蓋をこじ開けようとする。


―― ゴリゴリ、ゴリ……パキッ。


 木箱の蓋の端が弾けて音を立て、マリーは髪を逆立てて震え上がる。


「……ちゅう。ちゅう」


 辺りを見回したマリーは、白々しくねずみの鳴き真似をする。しばししの間、辺りは静かになる。


 溜息を一つつき、マリーは木箱を元に戻し元の通りに積み上げる。そして毛布を引きずりながら艦長室へと戻って行く。


 フォルコン号の甲板に、静寂が戻る。




 その2分後。海図室の並びにある上下二段の棺桶のような士官室の扉を開け、アイリは這い出して来る……足音を潜めて。

 小さな蝋燭ろうそくを立てた燭台しょくだいを手に海図室に向かったアイリは、先程(マリー)がごそごそいじっていた辺りを調べる。マリーはそこの木箱を開けようとしたが、開かなかったらしい。


 木箱に入っているのはキャプテンマリーの服と呼ばれる青いジュストコールとキュロット、それに七種類の覆面である。それをこの箱にしまって釘まで打って封印したのはマリー自身だった。

 その時のマリーはこの服は二度と使わないと言っていたのだが、十日と経たずにこれである。


 アイリは腕組みをして溜息をつく。この状況では、何が正解なのか解らない。

 だけど会食室で皆で決めたのだ、マリーに何が起きたのかはっきりするか、マリーの方から事情を説明してくれるまでは、常識に従って行動しようと。


 一見寝静まっているように見えるフォルコン号。しかし本当は誰も寝ていない。アレクとカイヴァーンは舷門を監視しているしニックとウラドはこっそり下船して波止場で待機している。ロイでさえも、何かあれば動けるように船員室で帳簿の整理をして目を開けている。

 アイリは自分の士官室に戻り、天井の向こうに意識を向けていた。艦長室のマリーが動き出したら察知出来るように。


「サフィーラやディアマンテとは違うのよ……本来夜の町は危険なんだから。どんな理由があっても、15歳の女の子をふらふら出歩かせたりしないからね」



   ◇◇◇



 冬のウインダムでは8時を過ぎないと日は登らない。なので6時と言えば空はまだ暗いのだが、港はもう目を覚ましている。


 波止場の石畳の水溜みずたまりが凍り付いている。今朝もかなり気温が下がった。

 そんなウインダムの波止場をマリーは歩いていた。寒いので厚手の毛織の防寒着を着てフードもしっかり被っている。そのたたずまいは地味な色合いも相まって、小柄な見習い漁師に見えない事も無い。


 朝まで頑張っていたフォルコン号の船員達は全滅していた。

 ニックとウラドが午前4時に監視を終了して船員室に戻ったのは予定通りだったが、徹夜で頑張ると言っていたロイはその時には既に睡魔に敗れていた。

 士官室で横になったままマリーを監視していたアイリは、マリーが午前5時に動き出しても反応しなかった。

 監視の途中から寝袋にくるまってカードに興じ始めたアレクとカイヴァーンも、周りの寒さと寝袋の暖かさ、それにディアマンテ産の新酒のワインの心地良さに敗北し3時には寝息を立てていた。



「あの……朝の散歩に行くだけだから……」


 マリーは桟橋の途中で立ち止まり、振り返ってそう言った。フォルコン号にはもう一匹乗員が居る。ぶち模様の猫で名前がなく、皆がぶち君と呼ぶその猫は怪我をして最近まで休んでいたし、昨夜も敢えて、会食室の駕籠の中でいつものように眠っているように見せ掛けていた。

 しかしそのぶち猫は、目を細めて油断なく辺りを見回しながら、すたすたとマリーについて歩いて来る。


 マリーは猫を追い返す事を諦め、そのまま連れて波止場を歩いて行く。



 港には漁船としては大きなフリュート船などがたくさんのランプを灯してやって来て、前の日に外洋で獲れた魚を荷揚げしていた。干潟の中で獲れた魚を近隣の漁港の船が持って来るのは、もう少し後、日が昇ってからの事になる。


「どいたどいた! そこ、ボーッとすんな!」


 少しぼんやりとその様を見ていたマリーは、いきなり船荷を降ろす作業をしている仲仕の若い男に怒鳴られる。自分が彼等の動線の途中に居た事に気づいたマリーは、慌てて飛び退くが。


「あ、あれっすみません、パスファインダー水産のマリーねえさんでしたか、漁師みてぇな恰好なんで気づかなかった」


 男は先日大量の新鮮な極光鱒を持ち込み、自分や仲間達に三倍の手間賃だけでなく結構な御祝儀ごしゅうぎまで配ってくれた太っ腹な商会長の顔を忘れてはいなかった。


「お邪魔して申し訳ないっス、今朝の水揚げはどうですかね」

「イマイチっすね、今年は不漁続きで魚の値段が下がらねえんで、貧しい者は困ってますよ……また戦争が起こるって噂もあるし」


 マリーが避けたその場所を、他の若い衆が魚で一杯の樽を担いで通り抜けて行く。しかし彼等のまとめ役らしいその男は残ってマリーの質問に答えてくれた。


「スヴァーヌの北側、フルベンゲン周辺の海域にどえらい魚群が来たんでね、うちの船がここに来て五日っスか、あと五日もしたらね、ニシンタラと極光鱒が大量に届きますよ、きっと」

「そいつは本当ですかい? こりゃ一儲け出来そうだ」

「戦争は嫌っスねぇ。だけどそれをお手上げにするか書き入れ時にするかは、俺っちらの腕の見せ所っスね」


 マリーは強面こわもて鯔背いなせな若い男と、声を合わせて笑う。


「東の果てまで行った香料艦隊が先週やっと戻って来て、景気自体はいいんすよ。だけどそんな時に限ってワインは高止まりで魚は来ない、上手く行かねえもんだと思ってた所なんす」


「ロビン! サボってないでお前も運べ!」


 帳簿を持った、さらに上役らしい中年の男が、ロビンと呼ばれた若い男に遠くからそう呼び掛ける。マリーは自分のせいで男が叱責された事に責任を感じるが。


「うへえ、あれがノルデンの飼い犬だよ、貴族のくせに商売に執心の奴でね」


 若い男は何の気なしにそう言った。


 それを聞いたマリーは、その上役の中年男の方に向き直り、手を振ってみせる。マリーは先日の極光鱒の荷下ろしの時にもその男を見ていたしその男もマリーを覚えていた。

 ロビンと話しているのはパスファインダー水産の商会長だと思った中年男は、会釈をして、別の作業の方に視線を向ける。


「ああ、ちょっと、ノルデンって男爵のノルデンっスすよね? この町の南東の方に屋敷を構えている」


 マリーはなるべく平静を装って、ロビンという男にそう聞き返した。


「そうそう、そのノルデンだよ、あいつは自分では芸術支援者で投資の達人だなんて言ってるが、俺に言わせりゃただの金の亡者っすよ。最近じゃアイビスの王都から来た女優だか何だかを保護(・・)していて、そいつをどこかの御大尽おだいじんの後妻に収めようとしてるなんてェ噂も……おおっといけねェ喋り過ぎた、じゃ姐さん俺っちは仕事がありますんで」


 マリーの足元について来ていたぶち猫は、マリーの顔を見上げる。

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本作はシリーズ五作目になります。
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マリー・パスファインダーの冒険と航海シリーズ
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