初めの一歩
一昨日はあまりの空腹に周りが見えていなかったが、この街はなんとも大きな街である。いや、そりゃあまあ東京などに比べるとちっぽけと言えるが。
大通りにそって石が使用された大きな建物が並んでいる。木造の建物はそれはそれでいい味を出していて、あちらこちらに吊るされている旗や、看板が、街の賑わいを表している。とても人の往来が多い。
まだ事情を知らされてからさほど時間は経っていないが、やはり凪と一緒にいるからだろうか、精神が落ち着いていて、するすると流れるように思考が回る。
「ところでさ、君は何処から来たの?」横から急に質問が飛んできた。
「具体的な場所は覚えていないんだけど、多分異世界から…」考えていたことをそのまんま口にしたが、口にしてみると自分の突拍子も無い発言に少々恥ずかしくなる。するとまぁ案の定
「馬鹿なのかい君は」凪は呆れ顔で流した。
「嘘じゃあないんだって、本当に!!」自分の無実を弁明するかのような言い方だった。ただ事実ここは俺のいた世界とは違う。
「ふーん、じゃあどうやって来たの、その世界からは?」
「それは…… わかんない、目が覚めたら知らない場所にいたんだ」ありのままを話すが非現実的すぎて自分でもばかばかしくなる。
「君は帰りたいの?」
「前がどんなことにいたかは覚えないから別にかな…」
「そっかー、まぁあんまりよくわかんないけど原因がわかるといいね」凪は目線は前に向けたままそう言った。半信半疑なのだろう。
「じゃあ俺からも質問いいですか?」「いいけど、敬語はやめて。君、歳は?」
「17です」
「やっぱり同い年だね、見た目通りの年齢だな君は。で、質問って?」
気になることは山ほどあるがとりあえず聞くべきことは今のことだ「俺たちはどこに向かっているんですか?」すると凪は歩みを止め、ハッとした顔で「どこに向かってるんだろ」と呟いた。
「えぇ! なんも考えず歩いてたんですか? じゃない、歩いてたの?」ついつい敬語で話してしまった。「うっかりしてた、今の君に必要なものを買いに行こう。」
「必要なもの?」アンラベル団の商売道具ってなんだろうか。そもそも職業なのか。
「刀だよ。私も持ってるだろ」凪は左の腰にかけた刀を見せた。「本物?」疑いを隠せず言葉にしてしまう。「当たり前じゃないか。玩具だったら相当かわいそうな子だよ私は」
「でも何に使うのさ、刀なんて」扇も男の子である、刀と聞いてワクワクしないでもないが何せ元の世界では銃刀法というものがあったわけで武器に馴染みは全くない。
「妖怪退治だよ」
「ヨーカイ退治? ヨーカイって妖怪のこと?そんなのもいるの?」疑問が止まらない。さっき樋口が言ってた呪法とやらもなんなのだ。
「鍛冶屋までは距離があるから歩きながら話そう。長くなるなぁ」
凪は少しだるそうに説明を始める。「まず君は別の世界から来たってことでいいんだよね?」
「おそらく」確信は持てないがそれ以外説明がつかない。
「この世界には先ず妖力ってのがあるのさ、それは目に見えないが確実に存在していて、生物が生きられるところには絶対あるそうだ。我々人間が使える呪法とはその妖力を使い別の力として体外に放出したり自身を強化することが出来るんだ」
「ラノベの設定まんまじゃねぇか!」ありきたりすぎる設定に思わずつっこんでしまう。「それは魔法と何が違うんだ?」
「ラノベが何が知らないけど、魔法は完全な力、呪法は不完全な力なんだよね。例えは大虎は身体強化の呪法だが、強化中は五感のうちのどれかひとつが無くなるそうだ。森脇はなかなか魔法に近い力だけどいろいろデメリットがあるらしい。魔法はそう言った不利な点がないものを指す。魔法が使える人を一般的に、天に選ばれし者、則ち『天才』と呼んでるよ」
「ふーん、じゃあ凪はなんの呪法使いなんだ?人によってばらばらなんだろ?」
「なかなか物分りが早いね。私は妖力の抑制や停止ができるだけ、使えないも同然なんだ」呪法が使えないというのはコンプレックスなのであろうか、彼女はしょぼくれたように言う。
「相手の呪法を消せるってこと?」
「まぁ簡単にいえばね」
「めちゃめちゃ強いんじゃん!!」俺は知っている。女ってのは自分の欠点を優しく包んでくれる男を好きになるということを。今まで色々なラノベを読んできたからである。しかしラノベはラノベであって現実では無い。非現実的なこの世界もまた例外では無い。
「言ったろ呪法は欠点が多い。触れてないと相手の呪法を消せないし、格上相手に使ったら自分が血を噴いてしまう」血を噴いてしまうとは設定怖すぎんだろ。「そ、それは慎重にならないとだね…… ところで、その妖力ってのはどっから生まれるの?」
「妖力は太陽から生み出されるそうだ。太陽とは『大妖』、全ての妖力の根源と信じられている。だから太陽神天照大御神は最高神として崇められているんだ」「天照大御神…! 神と言うのは中二心をくすぐられるな、でも実際にはいないんだろ?」宗教の類だろうと高を括る。
「いるよ。人間がいると信じているからね」
「ん? どゆこと?」
「人々が信じたならば存在するのは当たり前だろ?」
何を言っとるのだこの小娘は、信じれば存在するとは子供の妄想では無いのに。
「え、この世界では信じればなんでも存在するの? なんでもありじゃんか」ついつい否定的な喋り方をしてしまう。いけないいけない。
「ただ信じればいいってもんじゃない、人々の共通認識が怪異として存在するんだ」「怪異?」また新しい単語が出てきた。妖怪と何が違うのか。
「怪異は物事の原因として人間が信じた『結果』だよ」「結果……、 つまり?」全然ピンと来ない説明だ。
「つまりだね、例えは、地震が怒るのには原因があるわけだろ? 昔の人はその原因を怪異による仕業だと考えたんだ。そしてその結果地震を引き起こす怪異、『阿久良王』と言う怪異が生まれた。自然災害だけじゃない、病気だって何らかの怪異による仕業だと考えてきた、その結果として世の中に怪異が存在するんだ。因みに、『阿久良王』は怪異の中でも最強で、怪異の王として位置づけられてる」
よくこんなにも長い説明が滞らずできるものだ。俺のいた世界だったら優秀なセールスマン、いや、セールスウーマンになってただろうに。というか似たような設定の漫画があった気がするが……そこのところは大丈夫なのだろうか。
凪の長い説明を聴きながら歩いていると興味深いものが目に入った。「あれは何?」扇は御札が店頭にズラリと並んでいる店を指さし言った。「あぁ、あれは札屋だよ。見てのまんま。そっか、そこも知らないか。」またしても長い説明が飛んでくるのを覚悟した。「うん」
「君の世界では何が生活の基盤を担っていたかは知らないけどこの世界では呪符でになっているんだ。呪符となる特別な紙に呪印を刻むことで刻んだ当人の呪法が紙に宿るんだ。代償として一度使用すると呪符は消滅してしまうって仕組み」
なるほど、簡潔で解りやすい。「科学でなく呪いで生活をやりくりしてるわけだ」「科学……? 君はそんなの信じてるのかい?」凪は小馬鹿にするように聞いた。やはりこういった世界では科学は馴染みのないものなのだろう、ちょうど自分にとっての魔法と同じように。「俺のいた世界では世の中科学で溢れてたけどな」ちょっと自慢げに言うと、「世界を疑いながら生きて楽しいものなのかね」凪はつぶやくように言った。「どういうことだ?」その質問に凪は答えなかった。
「さぁ着いたよ、ここがよく世話になってる鍛冶屋だ」寂れた外観はいかにも老舗感を漂わせている、看板には『鍛冶屋の鍛冶』となんともよく分からないことが書かれている。「はじめ〜、いる〜?」友達を訪ねるように凪は店に入って行った。扇も続いて中に入る。中には細身で角張った顔の男が刀を打っていた。「何の用だ、また折ったのか?」鍛冶屋の男が面倒くさそうに対応する。「なんだよ元気ないなー、新しい刀が欲しいんだ、彼に」凪は扇を指さした。「ほぅ新入りか? あんな団やめた方がいいぞ、大してなんかする訳でもなくただその日暮らしを続けるだけだ」「は、はぁ」「お前、名前は?」鋭い眼差しで威圧するように問いかける。「あ、黒坂扇です。えっと、あなたは?」テンパってしまってなんだか失礼な名前の聞き方になってしまった。「失礼、聞く前に名乗るべきだったな、俺は鍛冶 創だ。代々この鍛冶屋を継いでいる」なるほど、苗字が鍛冶だから『鍛冶屋の鍛冶』なんて妙な看板だったのか。「さぁ刀を売ってくれ、て言うかくれ、無料で」突拍子もないことを不躾に凪は言う。「阿呆かお前は、無料で売れるわけないだろう。金がないなら帰れ」当然の反応だ。無料で買えるものなどいつの時代でもあるわけが無いのだ。「じゃあ等価交換でどう?」「ほう、何がある?」凪は懐から紙を数枚とりだして、「じゃーん、大虎の呪符十枚!」凪はヒラヒラと鍛冶に見せた。「それだけじゃあ売れんな」鍛冶は凪を見ることもせず冷たくそう断った。「んー、じゃあ私のも十枚でどう?」まだ鍛冶は納得の行かないようだ。「扇とか言ったな、お前のもだ」急に名前を呼ばれて驚いた。俺の呪符? どうやって作るの?てか俺の呪法ってなんだ?まだまだ解らないことが多い。「ええと、その……」「扇はまだ自分の呪法が解ってないのよ、だから今は彼の呪符は諦めて」どもる扇に凪がフォローした。「………………」鍛冶はじっと扇の目を見て「まあいい、売ってやるよ」そう言ってまた作業に取りかかった。「な? なんやかんやではじめは優しいんだ」いたずらっ子のような無邪気な笑顔で凪は笑った。
刀をもらいアンラベル団基地に帰る道中、先程のことをふと思い出した「呪符は人によって違うものなのか?」「人それぞれ使える呪法が違うって言っただろ? 呪符は特別な紙にその人その人の呪印を刻むことで完成するのさ」なるほど、何とも簡単な理屈だ、だいぶこの世界の設定に慣れてきた。「その呪印を刻むのはどうすればいいんだ?」「特別な紙に自分の呪法を込めるイメージをしながら文字を書くだけよ、自分の呪法の意味に近い漢字を書くとより正確に呪符が効果を発揮する、簡単なことよ」「じゃあ俺でもできるわけだ」「扇はまず自分の呪法をイメージできないじゃん」「確かに」呪符が作れれば自分の呪法を知れると思ったが、呪法も知らずに呪符は無理なのは確かな道理だった。「だから次は神奈爺に会いに行くよ」「かんなじい…? 誰それ」「まぁなんて言うか… 占い師みたいな人?かな、その人に扇の呪法を占ってもらおう」占い師なんかの言葉は信用に足るものなのかは怪しいが、まあこんな世界じゃあ案外占い師は位の高い存在なのかもしれない。ついに俺の呪法がわかるのかと思うと何とも言えない高揚感があるものだ。
神奈爺がいる店へ向かい二人は歩く。