六つの道
六基の鳥居に違があるようには見えない。どれも等しく美しいくすみがかった朱色で、先に道があるのはわかるけれでも濃い霧で見えない。けれども、扇は一度くぐったならばもう二度と戻れないと、本能的にそう感じた。
「別にどれがハズレとかじゃないよな? 間違ったら死ぬとかねぇよな?」最悪の可能性を考えるならば慎重に選びたいところだが、判断材料など何もない。扇は考えることをやめ、もう直感で行くしかないと、決心し一基の鳥居に向かって思い切り駆け出した。
深い霧は次第に薄れていく。視界がだんだん明るくなる。森林独特の空気のどんよりとした重さは無くなり、澄んだ空気にふれる感覚は安心感をもたらした。
「うおっ!」
霧の終わりは急におとずれ、久方ぶりの日光に思わず驚きの声をあげてしまった。
霧を抜けた先は草原だった。空は青く、風はさわやかに吹き、先程までの閉塞感をまるで嘘のように思わせるような、まるで絵に書いた様な美しく平和的な草原だ。
ただ、やはりさっきまでの森は一体なんだったのだろうか。後ろを振り返っても森などは存在しなかった。霧もかかっていない。あの森の、あの神社はどこにあるのか、今の扇には知る由もないなかった。
グルルルと腹から音が鳴る。腹が減った、さっきは考える余裕がなかったせいか何も感じなかったが、とてつもない空腹感が押し寄せる。「とりあえず町とか村を探すか」霧を抜けた場所からちょっと歩いたところに丘があったので、遠方を確認するべく丘に登った。2,3キロほど先にそこそこ大きめの町が見えたのでそこに向かうことにした。それにしても腹が減った。空腹感は徐々に増幅していった。いつからこんなにも卑しくなったのだろうか。
激しい飢餓感に苛まれながらもやっとのことで町に着いた。町並みは一昔前の日本、明治時代のような、日本の風味を持ちながらも西洋の文化を含んだレトロチックな造りだ。しかし、人々の格好は妙に統一感がない。明治時代っぽく和服の者もいれば、ちらほらと貴族の様な豪華な人もいるようだ。まるで時代村だ。わからないことが多い、俺は過去にタイムスリップでもしたのか? だがしかし何より腹が減った。もうそろそろ限界が近い。一体俺はいつから食ってないのか。とりあえず金も何もないが、食べ物を求めて目に入った大きい通りの露店の八百屋のような店へ向かう。
あまりの空腹にふらふらと足元がおぼつかなくなる。その場にそぐわない格好で、おまけにふらふらと鬱陶しい歩き方の自分に道行く人々は、「邪魔だぞガキ」や、「鬱陶しいわねぇ」などの苛立ちの言葉をこぼす。扇は空腹過ぎるあまりの、すいませんと言う余裕もなかった。ぐるぐるとなり続ける腹はもはやライオンの鳴き声のようになっている。ゾンビのようにゆっくりと歩くの姿はまるで餓鬼そのものだ。
八百屋まで着いたものの金がない。商人というものは金にがめついもので、せめてもの譲歩で物々交換を申し出たものの、あいにく扇はろくな物を持ち合わせていない、当然ながら無料で譲ってくれることなどはなかった。
「マジで…もう…限か…ぃ」周囲の雑音が聞こえにくくなる。一歩歩くのも一苦労だ、いや、苦痛とさえ言える程だ。
「─っ!」急に左の肩と頬のあたり痛みが走る。扇は路上に倒れていた。腹が減りすぎて自分が倒れたことさえ倒れるまで気づかないほどであった。街ゆく人々は驚きの声をあげるも助けようとするものはいない。扇の意識はゆっくりと落ちてゆく。
「俺…死ぬのかな…」
意識が薄れてゆく。視界はゆっくりと幕が閉じるように暗くなる。
「道端で寝るとは関心しないなぁ」
薄れる意識下で最後に聞こえたのは女の声だった。