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呪術師オシトコの夢  作者: 布団虫
プロローグ まじない師の少女
2/22

2

 次の日になると、オシトコとアーデは村の広場の端に腰を下ろして、祭りに向けてお互いの仕事をこなしていた。

 折よく夏の熱気を残してまだ温かな風が、谷間の小川から二人の坐る木陰の方に吹き上がってきていて、外で仕事をするにはいい陽気だった。昨日は雨で肌寒いくらいだったので今日は日差しがありがたい。


 オシトコは老婆が長年使って古びてきた祭具を改めたり、衣装につける色鮮やかな飾りひもを結い上げたりしながら、自分と姉弟子どちらが巫女を継ぐのにふさわしいか考えていた。

 姉弟子は自分が老婆の跡継ぎになることを、村の皆が認めてくれるだろうと言ったが、オシトコにはそうは思えなかった。オシトコは村では蟻のような存在だった。仕事に関わる最低限の会話を除けば、オシトコは誰に話しかけることもなければ話しかけられることもなかった。偏屈で頑固な上に胡乱うろんな術を使う老まじない師の、これまた寡黙で人嫌いな弟子の存在など、村人の誰も気にかけていないに違いなかった。道端で働いている姿を見かければ、おお、やってるな、程度のことは考えるが、それ以上には興味も湧かなければちょっかいを出そうという考えも起こらない、路傍ろぼうの働き蟻。それがオシトコだった。

 対してアーデはと言えば、村の隅の半ば緑に飲まれた薄汚い小屋に一人閉じこもる老婆に代わり、村人たちの輪に入り、薬やまじないが入用であれば老婆に伝え、時には自分自身で解決もしてやったりする。姉弟子はもう腰の曲がった老婆の仕事を半ば引き継いでいるようなものだ。

 現に今も、年老いた狩人の一人が、オシトコの衣装を縫っているアーデに腰が痛むから湿布を作ってくれないかと頼んでいるが、隣に座るオシトコのことなど気にも留めていなかった。


 オシトコは飾りひもに使う色とりどりの糸を仕分けながら、次に自分が老婆の弟子でなかったらどうしていただろうかと考える。しかし母のように誰か村の男に嫁いで、三食飯を作り、畑を耕し、家の中ではたを織って暮らしている自分の姿はどう頑張っても思い浮かばなかった。村の若い男たちの顔が浮かんでは消え浮かんでは消え、そもそも誰も私のことをめとるもの好きなどいないだろうと思い当たる。

 続けて自分の姿の代わりにアーデが家庭を持って和やかに暮らす様子を想像してみた。驚くほどしっくりくる。

 体つきも痩せたオシトコと違ってアーデは肉付きのいい豊かな体つきをしている。オシトコは村の女たちの他には大して女を見ているわけでもなかったが、姉弟子が器量よしの部類であることは何となくわかっていた。特に若草色の瞳とやわらかな目もとがうるわしい。アーデは器用で老婆にしごかれる合間にも一通りの家事をこなしていたし、よく微笑み、誰にでも思いやりを持ち、初夏の木漏れ日のように温かなところなどは本当に人の母になるのに向いているように思えた。アーデが村の誰よりも優しく慈しみの心がある娘だったからこそ、人づきあいの不器用なオシトコでも彼女を本当の姉のように慕っているのである。


 かえりみるにオシトコはどうだろう。誰にでも不愛想で、口下手で、村人たちに愛されるような人物像には程遠い。粛々しゅくしゅくと己の仕事をこなすのは得意だが、自分の領分以外のことにはうとく、柔軟さがない。家の事も手伝わないわけではないが、姉弟子と比べれば、薬とまじないの修行を理由に中途半端でごまかしている自覚がある。家族にしても、幼少のころ髪を黒く染められてからというもの、日増しに何かよくわからぬものになっていく自分の娘に対して、オシトコの両親はあまり愛情を注がなかった。つまり、必要なことの他は声もかけずに、居ないもののように扱って放任した。

 昨日の晩に祭りの巫女に選ばれたことを伝えた時も、母は一言、


「そう」


とだけ言って押し黙った。父は狩人だが元よりオシトコと同じく寡黙な性質である。この時も一言も発しなかった。オシトコには年の離れた姉が一人いるが、数年前に村の外へ嫁に出て以来会ってもいない。家族三人、言葉少なに暮らしていた。


 最もオシトコはそうした生活を別段苦にもしていなかった。慣れもある。だが一番はやはりオシトコ自身の一人を好み、己の仕事に没頭する気質が大きいのだろう。なるほどそうした点では自分はあの老婆に似ているのかもしれない。もっとも村のまじない師としてそれがふさわしい気質とは思えなかったが。

 それに老婆とオシトコの間には一つ違いがあるとオシトコは思う。かの老婆は恐れられ、畏敬されているのである。昨日姉弟子が語ったように、まじない師のようにある種の神秘に関わる者には、あるいはそれは必要な素質なのかもしれない。しかしオシトコの場合は恐れられているのではなく単に無視されているのである。


 こうしたことをつらつら考えながら、やっぱり私はお婆様の後継にはふさわしくないと自己嫌悪に陥っていると、ぱっと目前に紫色の光の幕が広がって、オシトコの身体の上に広がった。アーデが縫い上げた巫女装束をオシトコの肩にかけたのである。


「うん、よく似合っているわ。思ってた通り、シトの赤い瞳には紫の衣装が映えるわね。私の緑の目だとこう奇麗にはいかないもの」


 オシトコは衣装の襟の部分を口元まで引っぱってきて、新しい布地に特有の何とも言えぬ清潔な匂いをいっぱいに吸い込んだ。そのまま隣に座る姉弟子に頭を預けて身を寄せる。姉弟子の指が柔和な手つきでオシトコの髪を撫ぜた。


 ふと、浮かんだ弱音をオシトコは姉弟子にたずねた。


「やっぱりお姉様が後を継ぐわけにはまいりませんか」

「あら、まだ不安なことがあるのね?」


 良かったら話して、と促すように、姉弟子の手が頭を離れて頬に触れた。


「お姉様やお婆様は、私に後を継がせないと、私が後を継がないと、私が何者でもなくなって、孤立してしまうと思っているのではありませんか。私は今のままでも平気です。お婆様の後を継げなくても……姉様の助手でもなんでも……傍においていただければ、それで私は十分に幸せですから」


 アーデは、心優しい姉弟子は、きっとまじない師など継がなくても、村の他の女たちのように家庭を築き、子をもうけて、それなりに幸せに暮らしていくことができるだろう。

 だがオシトコは違う。かつてどうして私を弟子に選んだのかと老婆に問うたところ、老婆はただ一言、「お前には適性があったからだよ」と語った。オシトコは老婆の言葉を素直にとることができなかった。村の中でも身体が弱くて、男たちの妻としての仕事が十全にできなさそうだから、だから手に職をつけてやることにした、という意味のことを、不愛想な老婆なりのやさしさにくるんで幼い弟子に伝えたのだと、オシトコはそう解釈した。

 だからオシトコはまじない師としての地位を得ることができなかったら、村の中でも一人浮いた存在として、無視される存在であるどころかいずれ疎まれる存在になって、一生を過ごすことになるのではないか。老婆と姉弟子もそう考えて、オシトコを次代のまじない師として村になじませてやろうと思って、オシトコに巫女を任せることにしたのだと。

 もしそうならば、それはオシトコにとってはとても後ろめたい気遣いである。後を継げなくてもいいというオシトコの言葉に嘘はない。たとえまじない師になれず、村の皆から無能な厄介者と疎まれようとも、オシトコはそれをいっこうに気にしないだろう。尊敬する姉弟子の仕事を手伝いながら、ゆっくりと日々を過ごす。オシトコはそれだけで満足できるだろう。


 オシトコのつたない物言いでも、姉弟子には言おうとすることが伝わったらしい。

 アーデは少しの間、困ったように妹弟子に微笑みかけると、やがて考え考え語り始めた。


「確かに……私も、まじない師にならないシトちゃんって、あまり想像できないかもしれないわね」

「それなら……」

「でもねシト、同情や不安が少しはあるとしても、それだけでシトを後継ぎにするなんてことは決してないわ。シトが私の能力を認めてくれているように、私もシトの努力をちゃんと知っているもの。そうじゃなければ、私だって納得がいかないわ。シトならお婆様の跡継ぎにふさわしいって、私はちゃんと、心から納得しているのよ」


 そう言ってアーデはオシトコの耳元で、秘密をささやくように、


「それに……私はともかくあの頑固なお婆様が、そんな気遣いのできる人だと思う? お婆様がそんなに優しくない人だって、シトちゃんだって知ってるでしょ」


 と付け足して笑った。


     *     *     *     *


 村の入り口にある広場から、斜面をまっすぐ上っていく道が村の裏手まで続いている。これがいわゆる大通り、村を貫く背骨になっていて、そこからあばら骨が伸びるように左右に小道が分かれ家屋が続いている。大通りを上りきり、険しきヴェロマティア山脈の断崖にたどり着くと、そこには村のもう一つの広場がある。

 半円状に広がるこの広場は、固い地面が広がる岩地になっており、山側の断崖に大きな洞窟がぽっかり口を開けている。高さだけでも3メートル、横幅はその倍以上あるこの洞窟の入り口には、天井を横断するように一本の紐が通してあり、さらにその紐には何十枚もの魔法陣を描いた図案が下げられていた。

 この場所は村で行われる祭事のために拓かれており(オシトコたち住民は単に『奥の広場』と呼んでいる)。オシトコが巫女をすることになった秋の祭事もここで行われる。洞窟の奥にはこの近辺の森に実りをもたらす土着の精霊が住んでおり、下げられている魔法陣は精霊が土地を見捨てて出て行ってしまわないようにするための封印なのである。……というのがオシトコの聞いている話だ。


 夕方になってオシトコは一人、この広場の掃除をしていた。祭りまでには村の男衆が、広場の中央に舞のためのやぐらを組んでくれることになっている。それに先駆けて地面を清め、邪魔な石などを取り除いて均しておくのである。


 姉弟子の言っていることにきっと嘘偽りはないのだろうけれども、オシトコは未だに納得できていなかった。

 姉弟子の才能、技術、経験、どれをとってもオシトコのそれは、姉弟子に並ぶことはあっても超えることはない。唯一、勝っているところがあるとすればそれは一部のまじないの術の腕であるが、それも大した利点だとは……


「大丈夫、いまは分からなくてもいつか必ず、どうしてシトが選ばれたのかわかる日が来るわ。不安はあるかもしれないけど、私もちゃんと手伝うもの。自信をもってお勤めすれば、それでいい」


 先ほど別れ際に、アーデはそう言ってオシトコの頭を撫でてくれた。

 しかしオシトコが老婆の後を継ぐのはいつかではなく今である。オシトコは今納得が欲しかった。


 枝葉を束ねて作られた箒で地面を掃きながら、オシトコはずっと自分の役割と老婆と姉のことを考えていたが、やがて一通りのことを考えつくして思考が同じことでループを始めるころになると、箒を投げ出して大きく一つ伸びをした。

 だめだ、考えていてもわからない。


 岩陰に誰が置いていったか分からないむしろが転がっている。オシトコはそれを引っ張り出すと、昼寝をするつもりでそれを広げて寝転がった。考え事に煮詰まったときは、昼寝でもして思考を切り替えるべきだと、オシトコはそう思っている。ずっと体を動かしていたからか眠気も覚える。身体も汗をかいてほてっている。

 掃除もおおよそ終わったことだし、夕餉の時間になるまで少しだけ、と思いながらオシトコはまぶたを閉じた。眠りはすぐにやってきた。


     *     *     *     *


 オシトコは寝るのが好きである。そもそも娯楽の少ない山地の田舎ということもあるが、一日働いた疲労感の中で眠っている間は、村の女に一人として仕事をせずにほったらかして、まじない師の修行にかまけているという気持ちに苛まれないで済むからだ。オシトコがそう感じるのは、アーデの方はまじない師の修行をしながら家事も十全にこなし、村の社会にもなじんでいるからである。姉弟子はこの点活発で流石だとオシトコは思う。

 またオシトコはぐっすりと長い間眠るが、夢を見ることはあまりなかった。朝寝過ごすこともしばしばある。夢を覚えているのは寝つきが浅いからだと老婆が昔言っていた。老婆の言が正しいならば、オシトコはずいぶん健康に眠ることができていると言えそうである。ありがたいことだ。

 オシトコの父などはよく夜中に起きてかわやに行くことがあるようだが、老婆に言わせれば年とともに眠りが浅くなるものなのだとか。だとすればぐっすり眠れない父はかわいそうだとも思うが、そもそも夜中に起きてしまう感覚がオシトコにはよくわからない。一度寝床に入ってしまえば、まぶたとともにすとんと意識が落ちて、気が付けば身体に朝の光が降り注いでいる、というのがオシトコにとっては当たり前の事であった。


 だからこれほどはっきりとした悪夢を見るのは、オシトコにとってずいぶん久しぶりの事だった。


 オシトコは老婆の小屋の中でいつものように薬を作っていた。すり鉢の中の薬草をごりごりごりごり擂り潰す。

 体面に座る老婆の前には何も置かれていない。瞑想するように足を組んで座っている。壁にかかった質の悪い蝋燭から火花が飛んで老婆のしわが寄った手の甲に落ちた。


「呪術士は」


 老婆が唐突に語り出した。


「われら呪術士は恐怖であらねばならない。また神秘でもあらねばならない。人々から畏れられ、温かみがなく、不条理で、得体のしれぬものでなければならない。オシトコよ、何故かわかるか」


 オシトコは、いいえ、と答えようとしたが、喉が上手く動かなかった。


「人々が恐怖に近づかぬためじゃ。人は恐怖から本当に離れることはできぬ。人が恐怖を忘れた時、気奴らは必ず向こうからやって来る、足をすくいに来る、我らが彼らを思い出すようにと。

 なれば我らは人々にとって最も近い恐怖であらねばならぬのじゃ。我らは常に思い出させねばならない。目には見えねど、我らの隣には常に恐怖があることを。我らの心の弱みを見つけて、狂気と混沌が勇んで忍び込みに来ようとしていることを。オシトコよ、何故かわかるか」


 オシトコの口は動かなかった。オシトコの手だけが、ごりごりと目前のすり鉢を鳴らし続ける。


「それが根源だからじゃ。昼には夜、太陽には月、善には悪があるように、安寧とくつろぎの傍には必ず狂気と恐怖がひかえておる。

 オシトコよ、お前は闇の子じゃ。夜の側、月の傍、悪の隣、この世のありとあらゆるものの陰に侍うておる者じゃ。それ故、おぬしは常に恐怖とも供にある。オシトコよ、恐怖とは何かわかるか」


 すり鉢の中身は、潰しても潰しても小さくならなかった。擂り粉木の先が潰れてなくなってしまうのではないかというほど力を込めて、オシトコは緑の草葉を潰す。


「恐怖とは」


 老婆の目玉がぼとりと落ちた。落ちたところから暗い眼窩がんかの底を覗くことができた。眼球は、卓の上を転がって、オシトコの手元まで転がってきた。


「こういうものじゃ、不吉、不明、不実、不毛、唐突、理不尽にして無尽蔵。

 それはいつでも我らを引きずり込もうと狙って居る。お前をこそ、狙っているのじゃぞ」


 気づけば、老婆の皮膚がただれ落ち、内側の赤い肉がぬらぬらと光ってあらわになっていた。黒髪がまとまって束になり、何匹もの蛇のように伸びてオシトコの手首に、足首に、首に伸びて絞めかかった。

 オシトコの鉢の中にはいつのまにか、血のように赤い花が紛れ込んでいた。オシトコと同じ名を冠する花だ。オシトコの手はその花をごりごりと潰す、オシトコを潰す。気づけばオシトコ自身の肉も、老婆のそれと同じように溶けて滴り出していた。鉢の中では、緑と赤の汁が混ざって黒く泡立ち、溢れ出そうとしていた。


 肉と骨が混じりあい、もはや人の形を成さなくなった老婆が、歯茎が溶けて骨があらわになった顎で語る。


「忘れるなかれ、これが根源、これが恐怖。オシトコよ覚えておれ。いずれ必ずこの下へと赴くのじゃから」


 語るごとに並ぶ歯の隙間から黒いよだれが垂れ落ちた。

 オシトコは悲鳴を上げようとしたが、絞められた喉が焼けたように熱く声が出ない。言うことを聞かない体はごりごりと鉢の中身を潰し続ける。

 老婆の身体と、オシトコの身体と、鉢の中から泡立つ黒が、床を満たして、溜まって、オシトコの胸を髪を呑み込んだ。ねばつく墨のような黒の中で、オシトコは自分の原型が闇色の水の中にとろけ出していくのがわかった。


 やがてオシトコの意識は原始の闇と同質のものになって、雨が大地にしみこむように、遥か底へと沈んでいった。ごり、とオシトコの腕が薬を擂る音がする。その音はオシトコ自身の肉と血をないまぜにして、中核の魂とともに混ぜ合わせて闇という名の薬にするための音だった。

 ごり。

 ごりごり。

 ごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごり。


「シト」


 姉弟子の声で唐突に目が覚めた。

 まぶたを開けると、アーデの暗く染められた髪が流水のように自分の頬まで落ちてきていて、その向こうにはそれよりは明るい色をした星空が広がっていた。辺りはすっかり寒くなっていた。下着にぐっちょり染み込んだ汗がオシトコの熱をすっかり奪っていた。そのくせ喉元だけがじんじんと熱を持ってうずくようだ。


「晩御飯の時間になってもシトが戻ってこないって、シトのお母様に言われて探しに来たのよ。うなされていた様だけど、悪い夢でも見ていたのかしら。シトにしては珍しいわね」


 ええ、姉様。とオシトコは身体を起こした。か細い声しかでなかった。先ほど身体が全部溶けて、胴も四肢もなくなってしまったかのように思えたのに、今頭痛がすることが不思議でならなかった。寒くて身震いするオシトコに、アーデが綿の入った上着をかけてくれた。

 それにしても奇怪な夢を見たものだ。まじない師の役目を継ぐことが、不安があのような夢を見せたのだろうか。


「シトがお昼寝好きなのは知っているけれど、もう寒くなる時期だから、ほどほどにね。悪い夢を見るのも、きっと体を冷やすのがいけないのね。

 さあ、今日は帰りましょう。お祭りの前に風邪をひいてしまうといけないわ」


 うなずき返し、オシトコはふらつく体を支えてアーデとともに広場を後にした。

 星の光が明るく、足元に不安はなかった。オシトコは家に戻り、冷めてしまった夕餉をいただいた後に、寝汗をかいた身体を拭いてからあらためて自分の寝床に入った。布団や寝台といった豪華なものはないので、布や麦わらを集めただけの寝床である。

 それでもオシトコは先ほどよりぐっすり眠ることができた。慣れた寝床からはオシトコ自身の身体の匂いがした。明日の朝は誰かに起こされるまで、夢も見ないほどに眠るつもりでいたし、今までオシトコにはそれができていたはずだった。


 しかしこの日からオシトコは毎晩悪夢を見るようになる。


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