深見先輩は風紀委員長で間違いなく病気
(鏡花と一緒 鏡花と一緒 鏡花と一緒)
「はあ……」
桜を散らすさらさらとした風の音が聴こえる、春。
校門の前で、服装検査をする深見風紀委員長の隣に、溜息を吐きながら並ぶ。
私は高校二年生になり、深見先輩は高校三年生になった。そして深見先輩はとうとう風紀委員長に就任した。
あの事件から、私の生活は目まぐるしく変わった。中でも大きく変わったのは三つ。
一つ目は、私の生活だ。事件から、一か月の間、私は深見先輩の家で暮らし、その間深見先輩のお父さんが私の両親に掛け合ってくれて、親からの支援の金額が増えたのである。大学卒業までの間の金銭の保証を取りつけ、私の生活は大幅に改善された。
深見先輩のお父さんは心の広い人で、
(別に私が出してもいいんだけどなあ)
(娘が出来た気分だなあ)
(ずっと住んでてもいいのになあ 今まで苦労してきただろうし)
なんて思ってくれていて、感謝しかない。いつか絶対この恩を返すのだと、固く誓った。
そしてその第一歩として、私は深見先輩の家を出たのだ。新しい、ある程度セキュリティがしっかりしたところに引っ越した。
あのまま深見先輩と深見先輩のお父さんに居候して、迷惑をかけ続ける訳にはいかないし、深見先輩とは、しっかりと、けじめをつけるべきだから。
二つ目は、私の能力だ。今現在、私は風の音や、自分の呼吸の音が聞こえている。今までは、他人の心の声にかき消されて、一切聞こえなかったものだ。それが、最近はよく聞こえる。
私はあの事件以降、心の声の聴力を、失いつつある。今まで何もしていなくても聞こえ、鳴り響いていたものが、約二メートル以内、それも自分に向けられているものでなければ聞こえなくなった。無制限だった心の声が、一定の条件下でなければ聞こえなくなったのだ。
この劇的な能力の減退によって、私は集団の中に入っても、ある程度平気になり、行動範囲が飛躍的に増えた。バイトも、工場のバイトから、ちょっとした事務作業のものを選べるようになった。
しかし、一つだけ、いや一人だけ例外がある。それは、私の三つ目の変化にも関係がある。
(鏡花と一緒 鏡花と一緒 鏡花と一緒)
(鏡花と一緒 鏡花と一緒 鏡花と一緒)
(鏡花と一緒 鏡花と一緒 鏡花と一緒)
「飲み会の一気飲みコールみたいに人の名前呼ぶのやめてくれませんか」
「だが、鏡花が風紀委員に入ってくれたのが、とても、その……、あれだ、う……」
(最高だ!)
「どうも……」
……あの事件から生活も家も変わったけれど、最も変わったのは、深見先輩との関係だ。
私は四月に入り、高校二年生になると、風紀委員になった。委員長様直々の御指名である。本来希望者が居れば他薦があっても自己推薦者が選ばれるが、風紀委員は人気が無い。深見先輩は厳しい先輩として有名で、風紀委員会に入れば最後、死ぬまでしごかれると思われているのだ。
どんなクラスでも等しく生贄を選ぶ儀式扱いされている風紀委員決めが、今年、私のクラスでは既に神により選定済みだった。結果嬉々として皆は私を差し出し、あれよあれよという間に私は深見先輩神に捧げられたのである。南無。
ということで、私は風紀委員、そして深見先輩は風紀委員長だ。さらにいえば、婚約者同士でもある。
婚約のきっかけは、一緒に暮らし一週間が経った頃、深見先輩が私を見て邪な妄想をし、それが私に聞こえていることに気付いたことがきっかけだ。
正直私はこの一年間、深見先輩の邪な、本当にどうしようもない病気の妄想を聞かされ続けていたし、気に留めなかったのだが深見先輩は大層気にした。その結果。
(今まで散々思って来たことを聞かせてしまった)
(怖がらせ傷つけた)
(死のう)
(いやまずは鏡花の生活基盤を整えねば)
(今も聞かれている)
(逃げられる)
(嫌だ結婚する)
(既成事実を作る)
(幸せな家族を作る)
(あ、これも聞かれている)
(逃げないでくれ、愛しているだけなんだ)
(結婚してくれ)
と急激に危ない思考に走り、私に結婚を申し込んできたのだ。
本当に狂ってる。
そこで私は、恩人である深見先輩を犯罪者にしない為に、恩人であり恩人の父である深見先輩のお父さんを犯罪者のお父さんにさせない為に、結婚ではなく、恋人関係含む婚約の状態を提案した。期限は私が大学を卒業するまで深見先輩が私を好きだったなら結婚。それまでに深見先輩が私を好きでなくなったら、その時点で解消だ。私はその間、恋人も好きな人も作らないという条件付き。
深見先輩は「俺に有利過ぎないか? 俺幸せすぎないか?」と言っていたけれど、私はそうは思っていない。
「しかし、今年の春は空がとても晴れ晴れとして見えるな」
深見先輩が上を向き、目を細める。
(鏡花が隣にいるからだ)
(この雰囲気に乗じて、手とか繋げないだろうか)
(あっまずい、これも聞こえているんだった!)
(もう少しくっつきたいな……)
(あっこれも聞こえてる)
(嫌いにならないでくれ)
「今更嫌いになったりしません」
さっきから、深見先輩は私に触れていない。私も、深見先輩に触れていない。一定の距離を保ち、立っている。そう、深見先輩には、触れずとも心の声が聞けるのだ。
「なら、少しだけ隣に寄ってもいいか」
「風紀委員同士で不純異性交遊してると思われない程度なら」
「すまない」
(はー、最高、深呼吸だ)
(あっ)
(すまない)
「平気です」
私の能力減退は、深見先輩には何故か適用されなかった。深見先輩の声ならば、五十メートルほど離れていても感知できるし、壁やカーテンなど障害物が存在していても聞こえる。本当に、深見先輩に対してだけは何も変わらないのだ。それを深見先輩に話すと、(新手のプロポーズ?俺今日頂かれてしまう?)と頓珍漢な発想をしていた。
(桜が舞っている)
(桜の中、白無垢で式を挙げるのもいいな)
(でも、白無垢姿の美しい鏡花を見せるのは嫌だ)
(二人きりの結婚式ってどうだろうか)
(何か、いやらしいな……)
「先輩、先輩本当病気だと思いますよ」
「あっ、違うんだ、鏡花、俺は」
「そんなところも、まあ、嫌いじゃないですけどね」
深見先輩は私と生活したことで、少なからず私の心が分かるようになったらしい。
深見先輩は私の言葉を聞いてきょとんとすると、頬を真っ赤に染め、目を見開いた。
この度書籍化が決定致しました。
版元はKADOKAWAさまです。
新着情報はツイッターにて随時更新する予定です。
よろしくお願いします。
稲井田そう@dare0moineso




