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深見先輩と私の

 


(あああああああああああああああああああああああ可愛いい! いや、煩悩を殺せ。鏡花は心が読めるんだ、声に出さなくても煩く感じてしまうだろ!はぁあああああああああああああああああ可愛い! 天使! マイエンジェル! 鏡花!)


 おびただしい深見先輩からの聴覚情報量八割、瞼の裏に温かな温もりと光二割の比率で覚醒し、目を開く。


 見知らぬ真っ白な天井が視界に入り、寝返りを打つと、大きな窓と薄いレースのカーテンが目に入った。


 このベッド、もしや深見先輩の……?


「起きたか」


(やったぞ! 鏡花が起きた!)


 声の発された方へ振り返ると、制服姿の深見先輩が、ベッドから五メートルほど離れた位置に立っていた。


「昨日、君は泣き疲れて眠り、俺の部屋に寝かせるのは問題があるだろうと、客間に寝かせた。着替えは業者の六十代女性に頼んだから、俺は関わってないぞ」


(今までの話を聞かれていたから、きっとけだものだと思われている)

(俺は同意の無い状態でそういうことをするような変態じゃない)

(今だって、こうして健全性、安全性をアピールする為に離れている)

(俺は無実だ)


 順応、はや……。昨日の今日で、この順応性……。


「それは、まあ、疑ってませんよ」

「そうか、なら、いい。それで今後のことなんだが」

「はい」


 今日は平日。


 先輩の心からも似たようなことが聞こえてくるし、学校に行くか、家に帰るかだろうな、と思いながら頷くと、先輩は、涼しげな顔で、口を開いた。


「君はしばらく、ここに住んだ方がいいと思う」

「は!?」

「君の部屋、しばらく調べが入るらしいんだ。犯人の開錠の手段など、色々調べるためにな」

「ああ……」


 先輩の善意か。けれど、申し訳ないけどお断りして、警察の捜査が入っている間はどこかネットカフェに行こう。



(ああ、昨日鏡花の荷物をしっかりこっちに持ってきたことを言わねば)

(不安にさせたか?)

(あ、今聞こえてるか)

(ということだ! 伝わっているだろうか)


「え、ああ、聞こえてますけど、え、ど、どういうことですか」


「言葉通り、この部屋の隣には、君の部屋の荷物が全て運んである。何もかもだ。だからあの部屋は、今は空き室同然になっている。……あ、勘違いしないでほしい。君の、その、私的な、プライベートな品物は全て業者の六十代女性に頼んだ。後で確認してほしい」


(下着が数点無かったりして、下着泥棒だと思われたくない)

(嫌われたくない)

(聞いてくれ鏡花、俺は無実だ)

(あっ鏡花って呼んじゃった)

(すまない)


「だからそれは疑ってませんけど……」


「なら、いいんだ。それで、その、俺は君が好きだが、無理に襲ったりとか、肉体的接触を試みようとすることは、絶対しない。君の私物をどうにかしたりも、絶対しない。君が、危険な目に遭ってほしくないという気持ちで、俺はここに住んでほしいと思っている。俺は君を守りたいんだ」


(一生)


(永遠に)


(絶対)


 先輩の心の声が、強く響く。先輩が無理やりどうこう、というのはあまり疑っていないけれど、散々妄想してきた負い目のようなものがあるらしい。でも、それ以前に、一緒に住む気はなれない。迷惑かけたくない。



「俺の家は、父は仕事柄、あまり家に帰ってこない。二月に一度くらいだ。犯罪は、昼夜関係ないからな。防犯の面でも、環境の面でも、悪くない環境ではないかと、思う」

「いや、私出ます、その、今日の午後辺りには、荷物ありがとうございました」

「俺が煩いようなら、俺が出て行く!だから君がここに住んでくれ!」


 ……は? 言ってる意味が分からない。


「いやいやいやいや、深見先輩が住んでください何言ってるんですか」


 思考停止した頭を働かせ、ベッドから下りようとする。が、先輩が慌てて駆け寄り、私を押さえる。


「ま、待ってくれ、昨日あれだけ吐いて泣いた。動かない方がいい。あ、じゃ、じゃあ、一緒に住んでくれ、頼む!」


(ん、閃いた)


「きっ、君が住んでくれないなら、俺はここを出る」


(そうだ、この作戦で行こう)


(ここはセキュリティもしっかりしてる)


(エントランスからここに来るまでの防犯システムもしっかりしている)


(頼む鏡花)



 私を押さえながら先輩は切迫した目で訴えてくる。


「あの、私心聞こえるってのは分かってますよね、今は正義感と優しさで出来ると考えているかもしれません。しかし一緒に住んでしまえばそのうち絶対嫌にーー」


 先輩と目を合わせ、何とか説得しようとすると、先輩が停止した。


(顔、近い)

(目が合った)

(こんなに近づいたのはじめて)

(一緒に住んで だけ切り取れば、お願いされてるみたいだ)

(幸せになって死ぬ)

(このまま出血多量で死んでも良い)

(きょうか かわいい)

(さいこう)


「え、うそ、先輩」


 先輩の瞳がくるくる動き、白目を剥く。そしてそのまま、こちらに向かって倒れた。


「……まじか……」


 深見先輩の頭は、丁度私のお腹に着地するように落ちてきたため、ぶつかっていない。けれど、この人がどいてくれないと、動けそうもない。重い。太ってないし、スラっとしているのに。重い。筋肉が相当な量あるのかもしれない。




「……だから聞こえてるって、言ったじゃないですか先輩」



 とりあえず、この家主をどうすればいいんだろう。溜息を吐き、周囲を確認して、己の身体の異変に気付く。



「あれ……? うそ……」



 あまり、雑音が気にならない。


 少なくとも、昨日より、薄く感じる。延々とお経のように聞こえていた、人々の声が、確実に、昨日より音が小さい。今まで雑音のせいで聞こえなかった、僅かな布ずれの音や、自分の呼吸の音が聞こえる。







 ……考えられる原因は、ひとつ。






「先輩は……すごいですね……」


 しっかりと目を閉じた先輩のまぶたかかった髪をそっと攫い、私は深見先輩の呼吸音に耳を澄ませた。


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