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深見先輩は私を諦めた方がいい

 

 あれから、先輩が警察を呼んで、私と先輩は警察の人に保護され、現在は警察署にいた。


 犯人は、深見先輩が撃退する為に怪我をさせたことで、病院で治療を受けるらしい。ここに現れることはまずない。あの声を聞かなくていいと思うとほっとする。


 深見先輩が犯人を撃退し、意識を失わせてからは、吐き気は落ち着いた。警察署に向かう際は警戒したけれど、基本的に犯人を取り調べる場所は遠くに位置しているらしく、今は事務作業をしている人の声や、今私の目の前で、深見先輩と私の帰りの手配をしている刑事さん、そして隣にいる深見先輩の声だけで、気持ち悪くなるような声は聞こえない。



(息子が生まれたばかりだし、遠すぎて行けないなんて、なんて薄情な親なんだよ、娘が襲われたんだぞ、糞が、ちっ胸糞悪い。なら父親だけでも来るのが普通だろうが)


「石崎さん、親御さんに連絡つかないみたいなんだ、悪いけど、他に大人の親戚の人の連絡先って知らないかな?」


「すみません、ちょっと思いつかないです、ごめんなさい」

「ううん、気にしないで、君が謝ることじゃないよ」


 刑事さんが、困ったように笑う。私の両親は、弟の子育てを理由に引き取りを拒否したらしい。流石に警察の手前、忙しいとは言えなかったのだろう。遠すぎて行けないと言う理由は、確かにそうだ。あのアパートから私の前住んでいた家まで、車で三時間はかかる。電車ならもっとだ。


(親戚共々、この子を冷遇してるのか? まだ高校一年生、子供じゃないか。子供にこんなにも冷たくするなんて、屑だな)


 刑事さんの心の声が聞こえる。すると深見先輩の心の声も聞こえて来た。


(また鏡花の親は来ないのか……!? 危険な目に遭うところだったんだぞ!?)


(鏡花の親族に悪い感情を抱きたくないが、襲われかけた鏡花を蔑ろにするなんてクズだ)


 刑事さんと、深見先輩の心の声が同調している。まるで、話をしているみたいだ。


 ……さて、どうしよう。確か保護者の引き取りがないと、家に帰れないはずだ。私の家族も親戚も絶対に来ないだろうし、担任の先生が来るのだろうか。


(しかし、深見警視の息子さんが現れるとは驚きだ)

(流石、親子揃って正義感が強い)


 深見警視?


 深見先輩のお父さんって、警察の人なのか。深見先輩の顔を見ると、彼はじっと机を見ている。何も考えなくなったのか、心の声は聞こえない。


「じゃあ、学校に連絡するから、石崎さんは残っててくれる? 深見くんはもう帰っても大丈夫だ……」

「石崎も、連れて帰ります」


「え」


 刑事さんが深見先輩に帰宅を促すと、深見先輩が口を開き、とんでもないことを言い始める。


「石崎は今日襲われる前に体調を崩していて、これから病院に行きます。帰りは夜遅くになりますし、襲われた場所に返す訳には行かないので、うちに連れて帰ります。近親者に頼れる人間はいませんので。家に、ゲストルームもいくつかありますし。もし連絡が来るようでしたら、無事だと伝えてください」


 淡々と話す深見先輩。意味が分からない。けれど心の声も同じ言葉で、ただ本当にそう考えているようだった。


「いくら深見警視の息子さんでも、それは」

「いえ、元々学校で俺は先輩として、彼女の面倒を見ていたのです。保護者同然です、お願いします」


 深見先輩が、深々と頭を下げると、刑事さんは困ったように頭をかく。


「はは、や、やめてよ、俺警視の息子さんに頭下げさせるなんて、俺殺されるよ」

「では、お願いします。了承を得られるまで頭は上げません」

「わ、分かったから、分かった、特別だよ」


 刑事さんが困ったように了承する。いや、待って。特別じゃない。公的機関が高校生の発言に折れないで。待って、待って。


 私の心の声が届く訳も無く、刑事さんは書類に記入し、私たちが帰る雰囲気を醸し出し始める。すると私と深見先輩にメモを渡した。


「これは」

「二、三日後、容疑者の治療が終わったら、事情聴取する。その上でもう一度話聞く時電話入れるけど、それ以外からの警察を名乗る連絡がかかってきたら切ったりしてね? 最近多いんだよ。雑誌の記者が警察名乗って被害者の話聞こうとするの」

「え、ああ、そうですか」


 メモを受け取ると、刑事さんは「よし」と、本当に送り出す表情になった。まって、納得してない。無理だって。


「じゃあ、俺からはおしまい。気を付けて帰ってね」

「はい、ありがとうございました。よろしくお願いします」

「え、あっちょっと先輩」


 深見先輩は刑事さんに一礼し、私の手首を掴むとさっさとその場から立ち去った。
















「待ってください、先輩、待って」


 警察署を出て、深見先輩は、無言で私を引きずりでもするかのように引っ張っていく。深見先輩に引っ張られるうちに、聞き取りづらかった先輩の心の声が、はっきりとしはじめた。


(どうして)

(どうして鏡花の両親は鏡花を大切にしてくれないんだ)

(今日だって危なかった)

(少しでも何かのタイミングがおかしくなっていたら死んでいた)

(鏡花は死んでいた)

(それも間違いなく酷い目に遭わされて)

(なのに、どうして)


 化け物ですからね。先輩。心の中で答える。


 先輩は、どうやら私の両親へ憤ってくれているらしい。今日、危険な目に遭って、血の気が多くなっていることもあるだろうけれど。心配、してくれている。今日も私を、自分の命を犠牲にしようとしてまで、助けようとしてくれた。


 私のことが、好きだから。


 ただ、それだけの理由で。





「先輩」


 立ち止まると、繋がれていた腕が振りほどけた。振り返った先輩を、じっと見据える。


(鏡花)

(そうだ、病院に連れて行かないと)

(今、顔色は良くなったけれど、不安だ、どうなるか分からない)


 ぐちゃぐちゃだった先輩の心が、私をみて徐々に冷静になっていっていくのを、黙って見る。


「……病院へ行こう、石崎」

「いえ、大丈夫です」

「でも」

「犯人の心の声が聞こえて気分が悪くなっただけなので」


(……どういう意味だ)


「どういう意味だ、って今思っていますよね」


(俺の心が、本当に鏡花に読まれるだなんて、そんな訳がない……)


「俺の心が、本当に鏡花に読まれるだなんて、そんな訳がないって、思おうとしていますか」


 淡々と、先輩の心から聞こえる声を、復唱するように伝えていく。


「先輩、先輩はずっと私のこと、心の中で、名前で呼んでましたよね」


 先輩の目は見開かれ、ただただこちらを食い入るようにして、私を見た。



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