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深見先輩は未遂系ストーカー

 朝の通学路、吐く息は、白い。寒い。コンビニには、バレンタインデーの広告ポスターが貼られている。一月に入ったばかりというのに、もうバレンタインデー商戦の戦いが始まっていた。


 そんな私の前には、仲睦まじく歩く男子生徒と女子生徒のカップルが二組歩いている。一組は、真面目そうな男女二人の一見初々しいカップルで、恥ずかしそうに手を繋ぎ、時折会話をしては、そっぽを向くと言う甘酸っぱさがあるが、そこに、青春のような甘酸っぱさは一切無い。



(昨日、けい君に告白されちゃったし、こいつはそろそろ切り時かな)

(もうすぐ三か月記念……家に誘ったら……いやでもいけるか……?)


 女子生徒はさっきから、サッカー部のけい君と付き合うか、付き合わないかを考えているし、男子生徒のほうは、三か月記念で家に誘えないかを考えている。修羅だ。


 もう一組は、銀髪のいかにもヤンキーという男子生徒と、真面目そうな女子生徒のカップル。

 女子生徒の腕を強引に引くヤンキーと、引かれる女子生徒。一瞬パシリや連れ去りを疑うカップルだが、実際は相思相愛で健全な関係である。


(はあ……可愛い……俺の彼女が今日も可愛い……、

 マジで攫われねえか不安だ、はあ、好き、辛い)

(獅子井くんに引っ張ってもらうと楽だなあ……。

 あ寝癖ついてる……、可愛いー……後で直してあげよーっと)


 二組のカップルの後ろを歩きながらため息を吐き、道を変えた。このまま破局前のえげつないカップルと、健全なカップルのあまりの温度差を覗きながら通学するのはいささか堪える。






 そう、私、石崎鏡花は、どこにでもいる高校一年生ではない。私は、他人の心の声が聞こえる高校一年生。


 他人の心の声が聞こえるだけの、どこにでもいるようでいない高校一年生である。といっても、あと少しで二年生だ。


 それ以外は、本当に特筆すべき特技も、際立った容姿も何も無く、趣味も無い。他人の心の声が聞こえる能力以外は、全て平均より若干下だ。


 そんな私が、他人の心の声が聞こえるようになった経緯は、本当にどこにも無い。何か九死に一生を得たとか、研究施設に預けられて、とか、流れ星にぶつかってとかそういう事は一切ない。生まれつきだった。


 生まれつき、常に人の心の声が聞こえる。自然の音や、自分の呼吸の音よりも大きくだ。だから私は、自然の音や自分の呼吸の音、布ずれ、何かを軽く動かす音は、殆ど聞いたことが無い。


 よって「他人の心の声が聞こえない」ことが普通と知らず、他人の心の声が聞こえることが普通と考えた振る舞いをした結果、幼少期から両親どころか親族全員に軽蔑され、幼稚園では老若男女問わず行く先々で気味悪がられ、悲しい幼少期を送り、「他人の心の声が聞こえることは普通では無い」と学習したのは、

 小学校に入学した頃だった。致命的な学習の遅さだ。


 しかし手遅れ、というわけでもなく、沈黙を貫き、発言をしない、という武器を手に入れた私は、「老若男女から嫌われる気味の悪い子」から「クラスで浮いた暗い子」にジョブチェンジした。大きな一歩だと思う。


 しかし、家族との溝は深く、修復は不可能であった。


 ということで高校入学を機に一人暮らしをしている。


 まあ普通に、自分の思っていることが筒抜けだったら相手が家族でも嫌だろうし、仕方ない。


 それに、「心の声が聞ける」ではなく「聞こえる」のだ。自分で聞く聞かないを選ぶことが出来ず、大体視界に入る人間の声は否が応でも耳に入ってくる。


 それは人の声、普通の音と同じように、遠ければ小さく、近ければ大きく聞こえてくる。よって、家族と暮らすということは、自分を嫌がっている相手の声を近くで聞くことなのだ。


 これが中々しんどいし辛い。だから、私にとって一人暮らしは、気楽なものである。親からの資金的な支援は、中々微妙で、常に財布と相談しているけれど。


 歩いていると、段々と校舎、そして校門が見えてくる。そして、門の前に立つ人物を見た時、一気に体の中の臓器が重くなったような錯覚に陥る。


 初めての一人暮らしに胸が躍り、安住の地を見つけた私に襲いかかった、脅威。


 深見先輩だ。


 本名、深見透悟、二年生。役職は風紀委員。十二月に行われた、生徒会、委員会長選挙によって、来年度、風紀委員委員を統べる風紀委員長になることが決まった男である。


 頭脳明晰、冷静沈着、常に礼節を重んじる姿勢は生真面目が歩いているような模範的な生徒で、「長すぎる説教時間」「一切の妥協を許さず自分に厳しい分他人に厳しい」「融通が利かない」「風紀を乱すものに対して校則を逸脱しかねないレベルで容赦がない」などの欠点はあるものの、頼りにされ、先生からの評判も勿論良い……ということが、学年の異なる全く関係ない私の耳に入るほど有名な存在。


 そして眉目秀麗、いわゆるイケメンで、二つのレンズからのぞく厳しくもその涼しげな瞳により、「めちゃくちゃ口うるさそうだけどお近づきにはなりたい」「遠目から見る分には最高」とよく分からない人気がある。


「おはよう、合格だ」

「どうも」


 短くやり取りをして、そのまま立ち去ると、後ろから、声が聞こえてくる。


(好きだ……あああ最高だ! いっそ服装の乱れがあると因縁をつけお話がしたい……! 手取り足取り腰取り生活指導がしたい!)


 朝からド変態に出会う、地獄。背中に矢を受けている気分にすらなる。そして悲しいことに、周囲に生徒はいない、私と深見先輩しかいない。


(あああ、鏡花ああああ……後ろ姿も可愛いなあ……閉じ込めたい……部屋に閉じ込めて毎日全角度から見たい……、匂い嗅ぎたい……鏡花を取り込みたい……!! す、き!!)


 逃げていると勘付かれないよう、足早に校門から、そして深見先輩から立ち去る。



 まず前提としてだが、私と深見先輩は、別に「そういう仲」ではない。そもそも話をしたことが無いし、本来であれば、私が深見先輩を知っていることはあっても、私を知っているはずが無い。何故ならば、まともに話をしたことなど、一度も無い。


 なのに。


 なのになぜか。


 次期風紀委員長の深見先輩は、何でか知らないが度し難い、異常な感情を私に向けているのだ。




 初めて先輩の心の声が聞こえたのは、四月、入学してすぐの頃だった。入学して初めての朝会、各種委員会からの挨拶があった。そこで先輩が体育館の壇上に上がって、私はただ、それを見ていた。そして目が合ったその瞬間。風紀について述べる一方で、


(見つけた!!!! 俺の天使!!!!)


 と先輩の声が、体育館中いっぱいに木霊したのだ。体育館という集団、様々な心の声が聞こえる中、まるでスピーカーで発したかのような声。当時は幻聴や、人違いと思い気に留めなかったが、まさしくそこから私の地獄は始まった。


(あああああ鏡花! 鏡花がいる! はあああああ好き!)

(鏡花……ああ、家に鏡花がいたらなあ……結婚したい、いやするが……)

(ああ、そういえば鏡花の家はどこにあるんだろう……知りたい……)

(ついていきたい……)

(監禁して、ぐずぐずに甘やかして、俺なしで生きられないようにしたい……)


 風紀委員として校門の前に立ち身だしなみをチェックする際、廊下でたまたますれ違った際、風紀委員会の知らせで体育館の壇上に上がり、私を認識した際、怜悧で慈悲が無さそうとされる表情をしながら、先輩は脳内は邪すぎる思考を繰り広げ、叫び散らす。そんな行為が行われ、もう一年が経とうとしている。


 ちなみに、先輩と私に接点は無い。本当に一つも無い。小さい頃出会って、とかも一切ない。だから怖い。それに今も無い。怖い。どう考えても病気だ。病気でしかない。狂ってるし普通に怖い。それに家私一人だし、結構ボロいアパートだし、オートロックとかそういうの無いし、家族に頼れないし、状況的には詰んでいる。


 そして何より厄介なのは、先輩は、手口が巧妙というか、「思っているだけ」だ。ついていきたい。監禁したいと思っているだけで、実際は何もしてこない。思っているだけなら、犯罪じゃないし、警察署に行ったら私が心配される。実際に計画を立てたものを残しているのは見た事無いし、口に出してもいないし、そもそも関わっても来ない。気味が悪い。怖い。


 先輩は眉目秀麗……いわゆるイケメンであり、世の中には、「イケメン無罪」なんて、顔が整っているからこそ許される理不尽がまかり通る悪しき風潮があるが、もはや死罪である。そして、先輩は実行していない、ただ思っているだけ。最悪過ぎる。


 それに私が先輩の心の声さえ聴かなければ、先輩は本当に私に対して何もしていないし、何も言っていないのだ。ただ、監禁したいとか、思っているだけ。怖い。だから声が聞こえることを最大利用して、先輩が東に行くなら西へ、北へ行くなら南へと日々接触を回避している。


 はずだった。













 昼、購買で食事を終え、ゴミ箱に捨てる。近くでは、丁度風紀委員がポスターを貼り直していた。一瞬深見先輩を警戒したが、どうやらそばにいないらしい。そのままゴミ箱へ歩みを進めると、後方から声が聞こえてくる。


(鏡花が、ゴミを、捨てている、だと……?)


 振り返らずとも分かる、後ろに深見先輩が立っている。距離的には、おそらく二メートルくらい離れた位置だろう。ゴミ捨てるなんて普通ですからね、と心の中で返しながら捨てようとしたその時だった。


(昼食の……ゴミということは……箸やスプーン、フォークもあるということか……? 持って帰りたい……。使いたい。欲しい)


 捨てようとした手を引っ込める。


 え、こわ。


(いやでも、そんなことをしてはいけない、怖がらせてしまうし、気持ち悪がられてしまう、駄目だ駄目だ)


 深見先輩は、いつも発想はするものの、実行はしない。厄介過ぎる。これじゃあ通報できない。


(あれ……、どうしてゴミ箱の前に立っているのだろう。何か困っている事でもあるのだろうか……? ああああ!? これは、話しかけるチャンスでは!?)


 そんなものは無いと一気にゴミをゴミ箱に捨てる。


 さっさと逃げようと踵を返すと、先輩は真後ろに居たらしく、ぶつかりそうになり、ぎりぎりで避ける。いつも心の声が大きいから、まさかここまで接近されているとは思っていなかった。ぶつからなくて良かった、怪我でもしたり、させるなりして接点を持ってしまったら、どうなるか分かったものじゃ無い。


「す、すまない、け、怪我は無いか」

「大丈夫です、こちらこそすいませんでした」


 頭を下げる。深見先輩も驚いて、今は何も考えていないのだろう。心の声は聞こえてこない。そのまま先輩に背を向け、半ば走り去る様に立ち去る。


 このまま、別の階へ移動して、女子トイレにでも逃げてしまおうと階段を駆け上がると、また後ろから声がかかった。


「おい、ちょっと待ってくれ! 君」


 追いかけて来た! と焦り、振り切って駆け上がろうとした先に、段差が無い。するりと踏み込んだ足が抜け、重心が傾き、景色が反転する。背中に感じる段階的な衝撃と共に、私の意識は途絶えた。

















(大丈夫だろうかこのまま目を覚まさないなんてことは……大丈夫だろうか大丈夫だろうか何か後遺症が残るなんてことは無いだろうかああ、あの時落ちたのが俺だったら良かったのに神様どうか彼女だけは助けてくださいこの世界の人間なんかどうなったって構いませんどうか彼女だけは助けてくださいお願いします神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様神様)


 耳に流れてくる呪詛レベルの祈りがうるさい……。


 ぼんやりと目を開くと、真っ新な白い天井、周囲には、消毒液のような薬品の匂いが香る。傍らに目を向けると、深見先輩が祈りを捧げるように目を閉じ、両手を目の前で組み……いや、拝んでいる。


 どうやらここは保健室……ではなく、病院らしい。点滴こそされていないものの、

 おそらく治療室だ。身体を起こそうと身じろぎをすると、先輩が目を見開く。


「あああああああああ! お、起きたのか!」

「はい、えっと、ここは」

「病院だ、学校の近くだが、ここらで一番大きい病院だから安心してほしい。脳の検査も全部して、異常はないそうだ。軽い脳震盪だというのが医者の診立てだが、セカンドオピニオンを希望するなら俺が手配する」

「私は……」

「あ、ああ! 階段から落ちたんだ、俺が不意に呼びかけてしまったせいで……すまない」


 それで、付き添いに先輩が……。


 いや学校の先生は? と周囲を確認すると、丁度養護教諭の先生がこちらにやって来る。どうやら外で私の両親に連絡を取ったらしい。


(石崎さんの両親、まるで他人事だったわ……実の娘の怪我だっていうのに……)


 先生は私を認識すると、考え込んだ様子を一瞬にして消し去り、笑顔を作った。


「目が覚めたのね、話は深見くんから聞いた?」


「はい」


「じゃあ、今後の話をするわね、石崎さんのおうちと連絡を取ろうとしたのだけれど、都合がつかなくて……石崎さん、一人暮らしなのよね? 先生が責任を持って送っていくから安心してね」


「ありがとうござ……」


「いえ、俺が送っていきます。元はと言えば、俺が声をかけてしまったことが原因ですから」


「でも、ここは養護教諭である私が送り届けないと……」


「俺の責任なんです! しっかり彼女を安全に送り届けないと……俺は……」


 先生と私の会話に分け入る、深見先輩。いや、駄目だって、待って先生、私は先生と帰りたいです! なんて声に出して言えるはずもない。


「今の時期、何かと物騒だけれど、深見くんなら安心ね」


 違います先生 先輩が一番危ない人なんです。なんて言えるはずも無い。


「この近くのアパートよね? 夕切ハイツだったかしら」

「夕切ハイツですか、今調べます」


 あああ、どんどん私の個人情報が開示されていく。それに、さっき先生サラッと「一人暮らし」って言ったよな……。先輩が聞いていたか危ういけれど……。


(夕切ハイツ……アパートじゃないか!? オートロックも無いし、この規模なら警備員もいないし、周囲も決して治安がいい土地じゃない。こんなところで一人で暮らしているのか……!?)


 家賃が安いですからね、駄目だ聞いてたわ。終わりだ。


 そうして、半ば絶望の中、私は深見先輩という、未遂ストーカーのド変態変質者に家に送られることになってしまった。







(車道側を歩く、車道側を歩く、車道側を歩く、さりげなくだ、よし)


 先輩との帰路は、無言である。他の人から見れば、「厳しく地面を睨みながら歩いている深見先輩」というのは、校則違反者を見つけこってり絞り上げた直後だろうという認識になるだろう。


 本当は、車道をさりげなく歩こうと苦心しているだけだが。車道側を歩く、というのはあれか、デートか何かだと思っているのだろうか。


(ふらついて車道に出てしまったら大変だからな)


 先輩は、どうやら本気で心配してくれているらしい。思い返せば、病院に居る間は奇天烈な思考回路を巡らせていなかったし、むしろ心配や不安に占められていた。


 まるで邪な考えを持っているのは私みたいじゃないか……?


 いやいや、そんなことは無い。先輩は未遂なだけで常軌を逸しているのだ。うっかりそれが見えなくなっただけで、安易に信頼してはならない。家を特定されて、明日から何かしてくる可能性だってある。しっかりその時は被害届を出す。絶対に。そう決意を固めつつ、先輩の隣を歩くと、労わるような声が聞こえてくる。


(彼女は、一人で暮らしているのか……)


(両親と連絡がつかないと聞いて、平気そうにしていた。もしかして彼女は、それが普通なのか?)


(辛い時、大変な時、支えになるような、大人はいないのだろうか……?)


 笑顔の裏で、相手につけこんだり、虐げることに快感を覚える人間、平気で人を陥れる人間の声を、数え切れないほど聞いてきた。


 何も聞こうとした訳じゃない。そういう人間は、本当に自然に、普通にいるのだ。だから、そういう人間は声色だけで、大体分かる。


 けど、先輩には、つけこもうとか、これを機に……みたいな意思が感じられない。病院からそうだったし、内容はともかく、彼の心の声色は、いつも真面目で、いつだって真っすぐだった。



 もしかしたら、先輩に、申し訳ないことをしたかもしれない……。行動的には、傷つける行動をしていなかったけれど、偏見的な目で見て、勝手に軽蔑して、気持ち悪がって。方向性が違うだけで、私も先輩と同じことをしていた。いや、もしかしたら、先輩より、酷いことを……。


 顔を上げ、深見先輩を見ると、先輩は私をじっと見つめている。


「あの……先輩、あり……」


(鏡花と結婚して、そのすべてを支えていけたなら)


 言葉の本気具合に顔を下げ、また俯く。



 家につく前の公園辺りで別れよう。そして、来月のバイトの給料で、鍵をつけよう。実行しないと言えど、備えは必要だ。


 なぜなら。




 ……深見先輩は、間違いなく、病気だからだ。


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