3.泣きそうな声に耳をふさぐ夜
少し凄んでやれば簡単に諦めると思った。
あいつがドアを蹴破って来た時、正直助かったとさえ思った。
親父たちを丸めこむよりあいつに諦めさせる方がずっと楽だとそう思ったのに。
「くそっ!!」
綺麗な髪だった。
月の光を一滴落したような綺麗なプラチナブロンド。
それをあいつは何のためらいもなく俺の目の前でかっ切りやがった。
止める手は間に合わず、張り上げた声は聞き入れられず、目の前で女の命とも言われる髪が嫌な音を立てて床に散らばった。
綺麗な髪を、せっかく伸ばしていた髪を、切らせてしまった。
「一体俺にどうしろっつーんだ!!」
そこまでして叶えたい願いってなんだ?
何をそんなに望む?
髪を切って、似合いもしねぇ剣なんか持ち出して、絶対に見せたくない世界に自ら足を踏み入れようとするだけの価値がその願いとやらにはあるのか?
わからない。
ずっと見てきたはずなのに、戦場に赴かなければならない時以外ずっと、一番近くにいたとそう思っていたのに、あいつのことは俺が一番理解していると思っていたのに、今は何一つわからない。
「本当に分からないのか?」
突然降ってきた声に顔を上げて睨みつける。
「……勝手に入ってきてんじゃねぇよ」
俺がこんなに頭を悩ませているのは誰の所為だと思ってやがる。
テメェらが厄介なもんを俺に押し付けたせいだろうが。
その上あいつまで面倒なことを言いだしやがって。
これ以上俺にどうしろっつーんだ!!
「私はお前にたくさんのものを押し付けた。
その所為でお前の世界はとても狭く小さいものになってしまった。
だけど、あの子がお前の世界を広げてくれた」
「……」
「何にも興味のなかったお前が、あの子にだけは興味を持って守ろうとした。
不思議とあの子の世話だけは過保護なくらいに焼いていた」
「……何が言いたい」
「見て見ぬふりをしてはいけない。それはとても尊く大切な感情だ」
ぶわっと全身が焼き尽くされるような、目の前が真っ赤に染まるような感情が湧き上がる。
テメェが、それを言うのか!!
気を抜いたら親父の胸倉を引っ掴んでそう詰りそうだった。
それでもそれをしないのは俺の意思以上に俺を縛る血の所為か、なけなしのプライドか、本心ではとっくの昔にそんなもことさえも諦めて放棄してしまっているからなのか。
「……俺には必要ない。いや、あってはならない」
押し殺した声は必要以上に重く響く。
言葉にすればするだけ目をそむけてわざとぼやけたままにしていたものが鮮明になった気がした。
嗚呼、そうだ。俺は諦めたわけじゃない。
だけど、受け入れた。
手を離すことでしか守れないものがあることを。
決して望んではいけないものがあることを。
だから俺は、
「たとえそうであったとしても、相手があいつだということだけは絶対に認めてはならない」
アンタが押し付けたものを俺が背負っている間は。
アンタがかけられた呪いを俺が引き継いでいる間は。
俺の身体にアンタの血が流れ脈打っている間は絶対に。
あいつだけは巻き込んではならない。
それは願い。
それは祈り。
それは誓い。
冷たく凍えた俺の唯一の熱源。
「馬鹿だね。お前は」
呆れたように零された今にも泣き出しそうな声に耳を塞ぐ。
そんなこと知ってるさ。
だけど、俺はそうする以外に守る方法を知らない。