2.吐き捨てられた震える声にチクリと罪悪感
静かだった部屋に激しい怒りを宿した声が響き渡る。
廊下で聞き耳を立てていたあたしのところまでもビリビリした空気が伝わってきた。
父さんや母さんがどう思ったのか、おじさんやおばさんが何を思ってあたしの願いを聞き入れてくれたのかなんか知らない。
だけど違う!!あたしだってそんなことを思ってこんな馬鹿を言いだした訳じゃない!
「あたしは死ぬつもりなんかない!!死ぬためにこんなこと言ってる訳じゃない!!」
ドアを蹴破るようにして乱入したあたしに誰もが目を見開いた。
父さんも母さんもおじさんもおばさんも。
ただ怒声を響かせた男だけが隠しようのない怒りを携えて真っ直ぐにあたしを見ていた。
いや、睨みつけていた。
夜の闇のような静謐さをもつ彼が、空気が震えるほどに激しい感情をあらわにしている。
きっと、一言でも彼の意に反することを口にすれば、一体今までどこに秘めていたのかと不思議に思うほどの激情を向けられるのだろう。
「冗談を言ってるわけじゃない。あたしは本気だ」
「ふざけんな。テメェみたいなガキが来るような場所じゃねぇ」
「ふざけてんのはどっちだ。年下だと、女だと思ってナメてたら痛い目みるぜ?」
嘘だ。
あたしよりずっとずっと強くて実戦経験も豊富な彼に痛い目なんて見せられるわけない。
だけど、ここで退くわけにはいかない。絶対になんとしてでも頷かせてみせる。
あたしは、その為にこの剣を取ったのだから、あたしの望みを叶えるために退くわけにはいかないんだ。
「……何のためにそんなモンをとりやがった」
「願いを、叶えるため」
たったひとつ。
小さな頃からずっと焦がれて焦がれ続けて追い求めていたものを追いかけるために、剣を取った。
他の女の子が裁縫や料理を学ぶ間に剣を振った。
お母さんたちから譲り受けた髪飾りや紅、限られたもの四苦八苦しながらおしゃれをするよりも剣の腕を磨いた。
女の子が憧れるもの、ほしいもの、望まれるもの全部蹴飛ばして、この道を選んだ。
たったひとつの願いの為に。
「願いだと?お前がそんなもん振り回したところで戦況は変わらねぇ」
「違う!あたしが叶えたいのはそんなんじゃない!!」
革命だかなんだか知らないけど、みんなが悲しい顔をするこんな戦いさっさと終わればいいと思う。
男たちが剣を取って戦う理由なんてあたしは知らない。
女たちが涙を飲んで男たちを見送る理由なんてあたしは知りたくない。
あたしが剣をとったのはそんな小難しいもののためじゃない。
あたしが叶えたいのは、あたしの望みはそんなことじゃない……!!
射るような視線を真っ向から睨み返す。
覚悟を問われているなんて生易しいものじゃない。
あたしの意思を、願いを、望みを真っ向から否定して受け入れようとしない瞳だ。
視線だけで人を威圧して屈服させる、あたしが折れるのを、諦めて引き下がるのを待っている瞳だ。
どうすればいい?
どうすればアンタは認めてくれる?
わからない。わからないけど、今あたしが覚悟の証に差し出せるものなんてなにもない。
ぎゅっと唇を噛んだとき、サラリと肩に何かが流れた。
「あたしは本気だ!絶対にアンタについて行く!!」
父さんと母さんにも、おじさんやおばさんにも、アンタにだってあたしの幸せは決めさせない。
ずっと伸ばしてきた髪を引っ掴んで、護身用の短刀の鞘を払った。
息を飲む音が聞こえた。
時間が止まる。その次に痛いくらいに空気が振動するのを感じた。
「馬鹿!やめろ!!」
慌てて伸ばされた手に邪魔される前に一気にそれを切り落として呆然とする両親を、おじさんたちを無視して毅然と彼を睨みつける。
「許可はいらない。誰が何と言おうとあたしはアンタについて行く!!」
「……勝手にしろ」
吐き捨てられた震える声にチクリと罪悪感を抱きながらも遠ざかる背を見送った。
あたしは、酷いことをしたのかもしれない。
だけど、どうしても諦めるわけにはいかないの。
ううん。どんなに頑張っても諦められないの。