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1.なぁ、誰か教えてくれ

 望んだものなんて、望めたものなんて片手で数えられるほどしかなかった。

 最低の日常の中で荒んだ心を癒す小さな光。

 この手に残った唯一の優しく温かな欠片。

 そのほんの少しの“幸福”さえも、この掌からは簡単に零れ落ちる。

 犯した罪の分だけ罰を与えるかのように大切なものが少しずつ少しずつ減っていく。

 絶対に失いたくない存在でさえ、いつかきっとこの手の届かないところに行ってしまうのだろう。






 戦いのさなかに産まれた俺は平和というものを知らない。

 血の匂いが染みついた親父の姿しか知らない。

 哀しそうに微笑むお袋の姿しか知らない。

 親を、兄弟を、家族を奪われ、嘆き悲しむ大人の、途方に暮れ泣くことさえできない子どもの姿しか知らない。

 暗い闇の世界しか、冷たく凍えるようなモノクロの世界しか知らなかった。

 心の底から嬉しそうに、幸せそうに、無邪気に笑う人間なんて周りにいなかったから。

 だから、お前が俺を見て笑った時、小さな手で俺の指を掴まえて笑った時に、漠然と思ったんだ。

 この笑顔を守らないといけないと。お前だけは、絶対に幸せにしてやらないといけないと。

 親父とお袋やお前の両親がこんな時代にお前を産んでしまったことを後悔しても、この先お前に降りかかるだろう苦難に表情を歪めても、俺だけはお前がここにいることを喜び、感謝し、お前の助けになろうと、お前の幸せだけを願い続けようと、そう思ったんだ。

 ベビーベッドと呼んでもいいのかさえ怪しいそこから俺を見上げて笑って見せたお前をただ守りたかった。

 俺の何を犠牲にしてでも守ろうと思った。

 そう思っていたのに。


「寝言は寝て言え」


 現実は残酷だ。

 守りたいと願ったあいつの親からこんな頼みごとをされる。

 これほど馬鹿なことはない。


 どうして、親父はこの馬鹿な願いを止めない。

 どうして、お袋は哀しそうに目を伏せているくせにこの耳障りな言葉を遮らない。

 どうして、あいつのお袋は両手を握りしめながらも毅然と俺を見据えている。

 どうして、あいつの親父はこんなに真剣な瞳で俺を射貫いている。


「あの子の願いなんだ」

「冗談だろ?女が来るような場所じゃねぇのはアンタだってよく分かってるはずだ」

「君が、娘を何よりも大切にしてくれているのは分かっている。

 でも、いやだからこそ。聞き入れてくれないか」

「なにを、」


 馬鹿なことを。そう続くはずだった。

 ここにいる誰もがそれを承知でまだ若造の俺に頭を下げていることなんて分かっているのに、冗談だと言って欲しかった。

 どうして、実の親がたった一人の愛娘を戦場に出したいと願う?

 どうして、父親である自分の隊ではなく、最前線に赴くことの多い俺のところにつけたいなどと言う?

 理解できない。したくない。

 してしまえば、俺もあいつも、きっと戻れない。

 だから、最後まで俺はこの願いを冷淡に跳ねのけ続けなければならない。

 冷静であり続けなければならない。

 それが現状を維持するために俺に出来る唯一の方法だと思った。


「こんな時勢だ。どこに居ても死の影は付き纏う。

 それならば、好きなように生きて笑って」


 そう、思ったのに。

 こんな言葉を聞いて、堪えられる訳もなかったんだ。

 こんな、あいつの終焉を見据えたような言葉を聞いて冷静でいられるはずがなかったんだ。


「ふざけんな!!たとえそこが戦場であろうと好きなように生きて死んだ方が幸せ?

 死んだらそこでしまいなことくらいアンタだってわかってんだろ!?

 そんなもんのなにが幸せだ!!甘ったれてんじゃねぇ!!」


 そんなの望んでない。

 あの地獄のような場所で幸福なんてものを見つけられるはずがない。

 俺は、そんなのが幸福だなんて死んでも認めない。

 ただ、あいつには笑って生きていて欲しい。

 それが俺の自己満足でもなんでもいい。

 いつか、好きな男ができて、そいつと一緒になって、ガキを産んで、そんな人生を歩いて欲しい。

 できたら、戦火から遠く離れた土地まで嫁いで、死の影に怯えることなく、笑って生きて欲しい。

 皺くちゃのババアになるまで生きて、子どもや孫に囲まれて、惜しまれて、幸せだったと笑って逝ってほしい。

 あんな凍えるような闇の中で恐怖と絶望を味わって余計なモン背負いこんで死んでくなんて絶対に許さない。認めない。

 そう思う俺が間違ってるのか?



 なぁ、誰か教えてくれ。

 心に灯った優しい光の守り方を。

 あの日見た笑顔の守り方を。




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