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     「8.招かれざる客」

 ……ガタン!! 


 「痛いっ!」


 静まりかえった室内に、突然二つの音がほぼ同時に響いた。一つは、全身に電流が流れたようにビクンッと体が波打ち、豪快に膝を机に打ち付けた悲劇の音。もう一つは、眠りから目覚めたきっかけに対し、思わず出てしまった悲痛の声。音の主はアリシアだった。


 呆然とする頭を働かせつつ、ゆっくりと顔と視線を巡らせ周りを確認する。縦横に並ぶ画面、机の上に無造作に置かれたファイル、ペン、ノート型のパソコン、食べかけのパン、銀色のコイン。床には無言を決め込む、白衣を着た亡骸達。そこは、意識を失う前と同じモニタールームだった。


 もうろうとしていた意識もしだいに戻り、すぐに先程見た夢のことを思い出す。そして、一つの疑問が脳裏に浮かんだ。


 「今のは本当に夢だったのだろうか…?」


 生まれた疑問は、不意に口から外へと転がり落ちる。


 夢にしてはあまりにも現実味を帯びていた。異形のモノや大剣の存在は非現実のソレだったが、頬を撫でていった風の爽やかさや、木々を燃やす炎の熱さが、あまりにもリアルに感じ取れたのだ。


 もしかして、自分の失くした記憶の一部なのかもしれないとも思った。だが、彼女はすぐにそれを拒む。「もしもアレが自分の過去だったとしても、あんな残酷な過去ならいらない。」そう思う心が強かったからである。


 ふと、異形の者達の悲痛な叫び声が頭に響く。アリシアは頭を左右に力一杯振って、声と余韻を打ち消そうとした。だが、首が痛くなるだけで、何度振ってみても消えはしない。次第に、頭が脳が痺れてきた。それでも何度も何度も振り続ける。徐々に疲れが来て、そして突然やめた。意味がないと理解したからだ。しかし、一つだけ変化があった。異形の者の声が、今は女の声に変わっている。


 「アリシア!私を殺 しなさい!」「アリシア!私を殺 しなさい!」

 「アリシア!私を殺 しなさい!」「アリシア!私を殺 しなさい!」


 それは最初にいた部屋で聞いた、誰かも分からない女の声だった。どこか安らぎを感じる声。でも聞きたくはないセリフ…。アリシアの心は、更に掻き乱された。取り留めもなく涙が溢れてくる。別に悲しいわけではない。ただただ自然に溢れてくるのだ。もう自分ではどうしようもない、そんな気分になった。


 深く沈んだ心の奥底で、何かが弾けた気がした。パチンと音が聞こえたようにも思えるほど、その感覚はハッキリと確かなモノだった。そして女の声は止み、また違う女の声が流れた。その声を聞いたとき、アリシアにはそれが誰の言葉なのかがすぐに分かった。


 「ヒントは、そのモニターにあるかもよ。」


 そう、それはもう一人のアリシアが、この部屋を出る前に残した言葉だったのだ。どういう事だろう?そう思ったら、急に初めて会った時の透き通るような笑顔が浮かぶ。突っ伏してしまった自分を、笑いながら助けてくれた彼女の顔。自分と全く同じ顔なのに、でも何かが違う。自分には無い何かを彼女は持っている、そういう不思議な感覚に包まれる。そして、気がつくと涙は勝手に止まっていた。


 「あ!」


 突然何かを思い出したアリシアは、急いで目の前に並ぶ画面に目を配る。視線を移動しつつ彼女は思った。「いつの間に寝てしまったのだろう?」と。そして記憶を巡らせる。もう一人のアリシアが体の大きな黒兵士に殴られ、刃物のように鋭くなった腕が大男の腹部を貫いた。そこまでの記憶はハッキリとある。血を滴らせ、ぬらりと怪しい光を放つその刃を見た瞬間、急に意識が飛んだように思える。


 目的の部屋の画面を見ると、そこには動く人影は無かった。その代わりに、床に残る水溜まりのような大量の血が伺えた。あの後、ここで激しい戦いがあったのだと、ソレを見てすぐに理解するアリシア。「彼女はどうなったのかな?」すぐにそう思った。何故だか無性にあの笑顔が見たくなる。


 残酷な紅い池からそっと目をそらすと、他のモニターで何かが動いているような気がした。「アリシア!?」とっさにそう思って、彼女は動きを感じた画面に視線を送る。確かにそこには人影が映っていた。しかし、残念ながらアリシアではなく、複数の黒兵士が歩く様が映っている。その数は3人。


 そして黒い一行は、とある部屋の前で足を止め、一人が部屋の開閉ボタンに手を伸ばそうとしていた。何となくそれが何処なのか気になって、画面の下に書かれた場所を示す文字を読む。


 「え…!!?」


 そこにはハッキリ、「モニタールーム前」とそう書かれていた。黒兵士が、この部屋に入ろうとしている。それを理解した時、今までにないほどの動揺がアリシアの心を占領した。自分の手が震えているのがハッキリと分かる。恐怖に支配された彼女はすぐに振り向き、扉の方を見た。その向こうにはあいつらがいる。



第九話へ続く…



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