「42.大隊長の怒り」
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それは、黒兵士やチュリアの亡骸が眠る、あの部屋で起きた。
ドグヮッシャャァアアァアッン!!
黒兵士の体が宙を舞い、壁際の機械類に突っ込んだ。そしてそのまま、床へと落下する。もう一人の黒兵士が、更に追い討ちをかけるように突っ込み、腹部へ強烈な蹴りを浴びせた。床に倒れた方の兵士は、「グボッ!」と口から血を吐き、腹部を抱え込むように押さえもがいている。
「テメェ、よくもオレ様のチュリアを放置しやがったな!!死 んでも償いきれんぞ!!」
蹴りを放った方の兵士がそう叫ぶ。その姿は他の兵士とは明らかに違いがあった。背が、かなり低いのだ。身の丈140センチ程、子供程度の身長しかない。だが、体が小さいわりには、腕や足の筋肉は隆々と盛り上がっている。強靭な肉体を持った小人。そういう表現がしっくり当てはまるだろう。
実のところ、彼の魔タイプは「童話の住人」なのだ。この世界の悠久の歴史の中で、好まれて読まれる物語がいくつかあった。その中でも「ドワーフ物語」や「四精霊物語」等が特に有名で、彼はその物語の中にだけに存在するドワーフの姿なのだ。故に、背は低いが強力で、頑固な上に気性が荒い。ちなみに、ギーハの魔鬼もこれにあたる。
「こんな所に亡骸を残して、自分だけノコノコ戻ってきましただぁ!?百回 死 ねや、新米のクソガキャァアアァアアア!!!」
そう言って、ドワーフ兵士は更に激しい蹴りを何度も浴びせた。その光景に見かねたのだろうか、後ろで控えていた兵士が仲裁に入る。
「これ以上は止めてくださいルキアさん!!クレイだって、隊長の愛娘だと知っていたら、こんな無碍な扱いはしなかったでしょう。そうだろ、なぁクレイ!?」
「うるせぇ、ギギ。お前は黙ってろ!」
ギギと呼ばれた兵士は、背はさほど高くは無い。病的なまでに細く痩せこけ、とても力でルキアを抑え込むのは無理そうだ。しかし、今は何とかルキアの暴走を止めねばと、横にいるギーハに視線を送った。だが、その視線に気がついたギーハは頭を横に振るばかりで、何も喋ろうとはしない。
ギギとギーハのその後ろ、壁際で身を潜めるミアやザイルもまた、どうする事もできずに、状況を見守るだけだった。この部屋に、大隊長であるルキアを制止できる程の人物など、一人もいないのだ。「こんな時にこそ、ガーランドがいてくれれば。」ギーハは心の中でそう思うばかりだった。
ルキアはしゃがみ込み、床に倒れるクレイの顔を覗き込んだ。そしてそのまま、彼の髪を固く掴み、その顔を自分の顔の位置まで持ち上げる。「アゥウゥ…。」小さく呻くクレイ。顔を持ち上げられ、首が限度ぎりぎりに曲げられた為に、上手く呼吸ができないのだ。
「知らなかったでは、済まされないぞ。オレの娘だろうと、そうでなかろうと、仲間なら亡骸を連れて戻って来い!!お前もだギーハ!!!」
そう言って、ルキアは急に後ろを振り返り、ギーハを激しくにらみつけた。
「は…はい!すみません大隊長!!」
急に視線を向けられ、ギーハは戸惑いも露にそう答えた。ルキアはそれに対しては満足したのか、再びクレイに視線を戻す。
「ガーランドの奴は、こんな温い兵士しか育てられなかった。だから、アイツは死 んだんだよ。解るか新米?アイツはお前が殺 したのも同然だ。お前らが温い兵士ゴッコなんぞで満足し、更なる高みを目指さなかった結果だ。」
その声はとても低く、とても冷静で、とても大きな憂いに満ちていた。大切な娘だけではなく、古くからの戦友も同時に失ったのだ。彼としても今のこの状況は、死んでしまいたいほど辛いはず。だがしかし、その心中では、悲しみや憂いとは違う、自嘲に似た思いが渦巻いていたのである。
髪を掴んでいた手を離し、彼はスッと立ち上がった。不意に、クレイの顔が何の抵抗もなしにそのまま床に落下する。ゴサッという鈍い嫌な音が、そこにいる全員の耳に届いただろう。
「おいミア、こいつの手当てをしてやれ。ザイルとギーハは、この部屋の兵士どもの亡骸を、後で運びやすいようにまとめとけよ。全てが終わった後、みんなを連れて帰るためにな。あ、それと…チュリアだけは慎重に扱ってくれ。」
振り返る事も無く、視線はクレイから外さぬまま、ルキアは3人に命令した。そして更に、
「ミアすまんな。お前の大事なダーリンをこんなにしちまって。」
と、少し苦笑いを交えながら、そう続けたのだ。その時、ルキアの中に先ほどまでの怒りは無くなっていると、その場の全員が思った。だから三人は大人しくそれに従う。
自分はチュリアの父親でもあり、そして部隊全員の命を預かる大隊長でもある。チュリアやガーランドを殺 してしまったのは、他の誰でもなく上司である自分の失態。それを悔やみきれずに、他人に強くあたってしまったのだ。悪く言えば、ただの八つ当たりである。
先ほどまでいた部屋で一つの石像が気になり、彼は躍起になってずっとそれを動かそうとしていた。だが、なかなか思い通りに事が運ばずに時間だけが過ぎていく。そこで急に停電になり、奈落の住人が襲ってきた。ルキアの活躍でなんとかそれを倒したが、その時になって始めて、自分自身の浅はかさに気がついたのだ。
自分は目の前のものに執着しすぎて、他の部隊を手薄にしている。もしかすると、ガーランド達も奈落と戦っているのかもしれない。そう思い、慌てて彼はミアとザイルを送る。だが、もうその時には全ては遅かったのだと、数分後にミアとザイルと一緒に帰ってきた2人の兵士を見て痛感したのだった。
そして更に彼は、クレイとギーハから隊長と娘の事を報告され、居ても立ってもいられなくなり、我を忘れ一目散に駆け出した。途中ガーランドの亡骸を発見するも、それには目もくれず、一気にこの部屋まで駆けてきたのだ。全ては、たった一人の愛娘であるチュリアの亡骸を確認する為に。
目の前で横たわる娘の亡骸を見て、自分の温い考えが招いた結果なのだと悔やんだ。そして、チュリアと一緒にいたはずのクレイに全てに怒りをぶつけ、挙句には2人を失ったのもクレイのせいにしようとしたのだ。部隊をまとめる立場としては、最大の暴言である。その為に、心中では自嘲に似た思いが芽生え、醜悪で卑怯な己に気がついて一気に熱を冷ましたのだった。
ここに居る全員が、その事に気がついているだろう。でも、ルキアは優秀な上司に違いはない。愛娘を失ったショックを考えると、誰も彼の行動を批判する事はできずに、大人しく命令に従った。
「それにしてもギギよ、少しおかしいとは思わないか?」
「え?何がおかしいのですか?」
ギギは自分だけ仕事を与えられなかったので、仕方なくギーハたちの手伝いをしていた。急に声をかけられ、驚いたのか、ビクッと体を震わせつつルキアに聞き返す。
「あのな、こんな貧弱な魔銃一人で、どうやってこの奈落を倒せたのかと思ってよ。」
ルキアの考えはまさに核心を付こうとしている。クレイにとっては一番都合の悪い事実を、彼は導き出そうとしているのだ。
第四十三話へ続く…