「37.思想とプライドと」
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アリシアが発砲音に気付いた時には、すでに遅かった。後ろから狙われていたので、確実にかわす事は不可能。彼女には迫り来る運命に、身を任せることしかできなかった。
ガシャガシャガシャーーン!ズタンズタタタン!!
ガラスが割れる軽快な音と共に、何か鉄を貫くような音が部屋に流れた。アリシアは意味も解らないと言った感じで、呆然とその場に立ち尽くしている。彼女の体には、クレイが放った銃撃を受けた痕は、無い。そう、全く無傷の状態である。
彼女がいるすぐ横の、筒状の機械のガラスが割れ床に飛散している。そして今見ていたモニターの胴体部分と言うのか、鉄の部分に弾が当たったのだろう。画面は消え、着弾した部分からは火花が散っていた。
「なんでだぁ!!俺は何をためらっているんだよぉおお!!!!」
クレイは突然そう叫び、座ったままの状態で、何度も何度も床を殴りつける。悔しさと、自嘲とが入り乱れ、彼を苦しめた。その姿を、アリシアはただ黙って見つめている。その表情は先ほどまでの明るさを失い、困惑のそれだった。
やがて叫ぶクレイと、割れたガラス、機械の弾痕に視線を巡らせ彼女は考える。クレイが自分を狙ったのは明らか。でもなんで、この至近距離で外したのか、それが解らない。その答えは、クレイの思考の中にしかないのだ。
アリシアの背中に向け発砲を開始する瞬間、彼は大いに葛藤した。
「アリシアは始末すべき敵なんだ。」
「いや、でも彼女に敵意は無い。」
「それでも、俺は『無を求めし者達』。任務は任務だろう。」
「アリシアは、チュリアさんの亡骸に手を合わせていたじゃないか。」
「そうやって安心させて、俺が油断する隙を覗っているのだろう。」
「それは、今の自分だって同じ事をしている。背中から狙うなんて、卑怯すぎる。」
「卑怯とかは関係ない。アイツを倒せば、罪がたっぷり溜まるんだ。」
「罪か。罪は欲しいな。」
「だけど…俺には…。」
「悩む必要は無いんだ、撃てよ。撃てば全ては終わる。」
「でも…でも、俺にはこんな卑怯なマネ……できねぇよ!」
様々な思惑が彼の中で戦い、そして最後に出た結果が今の状況だった。アリシアを撃つ事はしないで、周りの機械類を破壊しただけ。彼は兵士としての任務より、人間としての情を選んだのだ。しかし、一度しかない絶好のチャンスを逃したことに対しては、酷く後悔もする。彼の心中が落ち着くような事は、もう無いのかもしれない。
「チクショウ!チクショウチクショウ!」
クレイは呻くように叫び、床を更に何度も強打する。徐々に床が陥没する程強く、何度も何度も殴り続けた。
「ねぇ、クレイ…。」
アリシアはクレイのすぐ目の前まで来て、そう声をかける。だけど彼の耳には届いてはいないようだった。それに対しアリシアはとことん困り果て、悩み、そして一つの決断をする。早速それを行動に移した。
「クレイ、私の話を聞いて。お願い。」
そう彼の耳元で言いつつ、肩にそっと手を置いた。クレイはやっと気づいたようで、殴るのをやめ、少し時間を置いてからゆっくりとアリシアの方を見た。そこには優しさと憂いが混ざった表情をする、アリシアの顔がある。そして、アリシアはこう続ける。
「あなたが、私を殺 そうとしている理由はよくわからない。でも、きっと私なんて死んでしまった方がいいと思うの。私、人間じゃないみたいだし。」
その言葉は、優しい旋律でクレイの耳に響き渡る。だがその言葉が、何を意味しているのかが彼には全く解らなかった。今の混乱した頭では、何も理解できないのだ。ただ、なんとなく彼女の言葉が流れている。
「私は自分が何者なのか、どうしてここにいるのか、何も解らないの。でも、一つだけ解ることがある。私は人を傷つけ、殺 すことしか出来ない化け物。それだけはハッキリと解る。」
そこまで言って、アリシアはクレイの右手、魔銃を優しく両手で包んだ。そして、そのまま自分の左胸にゆっくりと持っていく。
「もうこれ以上犠牲を出したくは無い。だけど、私がいると必ず犠牲者が出てしまう。私のこの両手は、人を殺 す為の道具でしかないのだから。だからお願い。私を撃って。」
クレイはようやく彼女の意図が解った。自分の右手は、今まさに彼女の心臓に銃口を向けている。そして、彼女は撃てと言うのだ。この距離で心臓を撃てば、確実に彼女の命は最期を迎えるだろう。
クレイの右手が若干震えているのが、両手を通して伝わってくる。見ると右手だけではなく、全身が小刻みに震えていた。彼の中で、また色々な考えが葛藤しているのだろう。しばしの時間を置き、ようやくクレイが口を開いた。
「そ…そうか。わりぃな…」
小さく、声が震えるのを堪えるように、小さく呟くように言う。彼は納得してくれたのだと思い、アリシアは深く頷き両目を閉じた。不意に、彼女が握る両手の中で、何かがうごめく感覚を覚える。いよいよ、魔力の弾丸が打ち出される。そう思い、彼女は全ての覚悟を決めた。
「アンタの願いは聞けないわ。本当にわりぃ。」
クレイは申し訳なさそうにそう言った。アリシアは驚き、すぐに両目を開ける。見ると自分が握るクレイの右手は、もはや銃ではなく、人間の手に戻っていたのだ。先ほどのうごめく感覚は、発砲ではなく変形する為のものだったのである。
「何で?」
アリシアは困惑の表情で、クレイに聞いた。彼はすぐに答えるでも無く、そっと自分の右腕を引き抜き、顔の前まで持って行く。そして、人間の腕に戻った右腕を眺めるように見つめた。
少しして、おもむろにクレイが言った。
「アリシア。アンタには、借りが二つある事を思い出したんだ。」
「借り?」
「あぁ。アンタは俺とチュリアさんを救ってくれた。だから借りが二つ。とりあえず、今一つは返したな。」
そう言ってクレイは自分の腕から視線を外し、アリシアの方を見た。困惑に歪むアリシアの顔がそこにはある。
アリシアにしてみれば、彼の行動は自分の理解を超えている。彼ら兵士は魔剣を破壊しに来たのだと言っていた。だから彼女は、彼に命を預けたのだ。彼にとってはまたとない絶好の好機だったはずなのに、任務を捨て、撃たなかった。考えれば考えるほどに、頭が混乱していく。
「だけど、あなたは私を殺す為に…ここへ…。」
「そうだよ。俺達は魔剣を破壊しに来たんだ。でも俺たちには、俺たちが信じる思想があり、そしてプライドだってある。」
クレイは自分の右腕を左胸の所に持って行き、二度小突いた。そこに自分達のプライドが眠っているのだという意思表示なのだろう。その声は、先ほどまでの陰気な感じを失い、イキイキとしている。
「自分から命を投げ出すものを殺し、罪を得たって、これっぽっちも嬉しくないね。」
「・・・。」
アリシアは言葉を失っていた。彼の言う思想とかプライドとかいうモノを、全く理解できないのだ。
第三十八話へ続く…
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