「35.敵意の欠如」
どうも、かのりです^^
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「お前……一体、何者なんだよっ!!!」
クレイは思い切り叫ぶ。もちろん、目の前にいるアリシアに対してである。チュリアの死を目の当たりにし、気が少し動転しているようだ。自分の誤った行為で、チュリアを帰らぬ人にしてしまった事実が、彼の劣等感を激しく責め立てられているせいなのか。いや、普段は温厚な彼がそこまで怒り狂うのには、チュリアの死以外にも他に理由があるようだ。
「・・・。」
怒りに心を奪われているクレイを、アリシアはただ黙って見つめている。彼女は、クレイの投げた問いに答える事ができないのだ。「自分が何者か?」それは彼女自身が、誰かに問いただしたい質問なのだから、それに対する答えなど持ち合わせてはいない。
「大体、なんで戻って来るんだよ!!誰かを探しに、地下に行ったはずだろう!?」
「・・・。」
更に声を荒げるクレイに対し、アリシアは黙ったまま深く考え込んでしまう。クレイにすれば、彼女の思案する姿が更に気に入らない。自分達がピンチの時にタイミング良く戻ってきて、しかも何故か加勢してくれた。その一連の行動が、彼には全く理解できないのだ。考えれば考えるほどに頭が混乱して、そして今の状況を招いているのだった。
「何で助けた?俺たちは、お前を一度殺 そうとしているんだぞ!!!負けた俺たちへの慈悲とでも言うのかよ!!!!なめんなよ、化け物が!!!」
「・・・。」
アリシアは更に沈黙を続ける。彼の言っている事が、全く理解できないのだ。地下なんて行った事もないし、彼らと戦った覚えもないのに、勝つなんて事も絶対に有り得ない。彼は仲間の死で、本当に気がおかしくなったのではないかと思う。彼に対し、わずかな恐怖を覚えつつあった。
「なんとか言えよ!!お前は誰なんだ!?そして何で俺は…俺は…あんな愚かなことを…お前が、俺にそうさせたのか?」
もはや、クレイの思考は完全にイカレテいるようだ。自分のやってしまった事を、他人に擦り付けようとしている。自分達が必要とする「罪」を破棄し、アリシアに押し付けようとあがいているのだろうか。
「そうだ。チュリアさんはお前が殺したんだ。なぁ、そうだろう?魔剣さんよ…。それを、俺のせいにしようだなんて、とことん醜い化け物だな。」
徐々に、クレイの声が怒りを失っていく。全ては自分のせいでは無いと思い込み、心を少しずつ落ち着かせているからだ。簡単に言うのなら、まさに「現実逃避」である。
そして、アリシアはついに口を開いた。
「ふざけないで…。あの人を殺 したのは私じゃない。」
そこまで言って、アリシアは一度チュリアの方を見る。血の海に浮かぶ彼女の亡骸を確認して、そしてまたクレイへと視線を戻す。「可愛そうな人…。」心の中でそっと呟いた。現実から逃れようと、必死にもがいているクレイを見て、素直にそう思う。気が動転しすぎて事の本流を見失い、自分の感情や思考が完全に狂っているとも思った。だから、更にこう続ける。
「それに…あなたでもない…。あの忌々しい肉の化け物が、あの女性の心臓を貫いた。それが致命傷となって、それで彼女は死んだの。」
その言葉を聞き、クレイは深くうつむいた。泣いているのか、両肩が小刻みに震えているのが窺える。少しして、彼のすすり泣く声が聞こえてきた。アリシアは自分の言葉が届いたのだと確信したのと同時に、彼は納得してくれたのだと思う。だが、現実は全く違っていたのである。
不意に顔を上げたかと思うと、彼は一言だけ聞いてきた。
「俺も殺 すのか?」
アリシアにはその言葉が何を意味するのか、暫く理解することができずに呆然としてしまう。少し考え、その言葉が持つアリシアへの恐れを理解できた時、彼女は深い悲しみと怒りが込み上げてくるのを感じる。彼は、目の前に立つ自分の存在を恐れている。アリシアの言う事等、聞く耳は持たないと言う事実を表した一言なのだ。
「だから、私はあなた達を助けようとしただけだよ!!もう犠牲は出したくないの!!」
気がつけば、アリシアは叫んでいた。叫び、我に返って左手で口を塞ぐ。怒りに心を奪われてしまえば、彼と同じ。そうなったら、話し合いなど続けられるはずはないと思ったからだ。
「よく言うよ…。あの化け物も、お前の仲間なんだろう?アイツも魔剣の力を使っていたし……そうやって、助けられたと俺を安心させて、隙を見て殺 るつもりだろう…。」
「!!」
彼の言葉で、アリシアは全てを理解できたように思えた。自分は確かに、黒兵士たちを助けたのだ。それは感謝にも値するはずなのに、自分はあの肉の化け物と同じ存在、「仲間」としか思われていなかった。肉と同じ魔剣である自分に対し、彼は感謝どころか憎しみの対象でしかない。もうこれ以上、何を言っても無駄なのだ。
「お前なら、そんな姑息な手段使わなくても、一気に俺を…殺 せるはずだ…。」
「・・・。」
「なのに!何で、助けたんだ!!!!!」
「・・・?」
「今だって、さっさと俺を殺 してしまえばいいだろう!!!なんでそんな悲しい目で俺を見ているんだよ!!!」
「???」
「ふざけんなよお前!!そんな態度されたら、お前を敵だと思えなくなるだろう!!!」
沈黙するアリシアに対し、彼は涙声で自分の思いを吐き出した。膝をガクリと落とし、四つん這いの体勢で床を激しく何度も叩く。彼の感情が不安定なのは変わらない事実。だけど、口調や行動は怒っているものの、その声は悲しさが溢れている。先ほどまでの、怒り狂っていた時とは少し様子が違うようだ。
「だから…お前は……一体何者…なんだよ…。敵じゃないのかよ…。…もう…もう、わかんねぇよ…。」
彼は気がついていた。敵だと思っていた存在に助けられ、敵意では無い新たな感情が生まれていることに。だけど彼は、それを認めたくはなかったのだ。それを認めてしまえば、自分自身が本当に壊れてしまいそうで、それが怖かった。
チュリアを殺 したのは、自分でもなければアリシアでもない。そんな事は始めから解っていた。だけど、目の前で心配そうに見つめる魔剣を、自分の中でどう判断すればいいのか解らず、故に混乱を招いている。それが、彼を怒鳴らせ、不可思議な発言をさせた最大の理由だった。
「ねぇ…あなたは私を殺すの?」
床に頭を押し付け、時に打ち付けるクレイに対し、アリシアは優しく聞いた。その言葉は確かに彼の耳に届き、クレイは頭を持ち上げアリシアを見る。
少しの沈黙の後、
「それを、聞かないでくれ…。」
と一言だけ言って、彼はチュリアの亡骸を見つめた。
第三十六話へ続く…