「33.嫌い」
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それがオレの力になるのでw
クレイとザイルは2人共沈黙を決め、ミアの邪魔をしないように見つめる。たぶん彼女は、瞑想しながら言葉を紡いでいるのだろう。聞きなれない言葉の響きが、二人の耳に小さく届いていた。
そしてミアは、徐に両手をギーハの腹部に持っていく。その両手には、温かな治癒の力が生まれているはずだ。だが、その力を眼で確認する事はできず、そこに治癒の力が生まれているのだと、二人は漠然とそれを感じるだけだった。
「ウィキアーデ!!」
ミアは、呪文の最後の一節を大きな声で発する。そして次の瞬間、ギーハの腹部の傷口がみるみる塞がっていった。そして今と同じ事を、血で溢れかえる左目にも施した。そちらもあっという間にもとの状態に復元、回復する。
「おぉ〜…さすが天使…。」
「ミアスゴイ…」
後ろで控えていた二人が、思い思いの感嘆の声を上げる。それに少し照れたのか、ミアは2人のほうに顔を向け、「テヘ♪」と舌を出して、ウインク一つした。だが、頭の防具のせいで、2人には全く伝わっていないだろう。
「また罪が溜まっちゃった♪わぁいわぁい♪」
一人喜ぶミヤ。しかしクレイもザイルも、それを心から素直に喜ぶことができずにいた。ギーハの傷が癒え、ミアの罪が増えたのは確かに喜ぶべき事実。しかし、魔に堕ちた天使が治癒を使い、罪を得るというそのシステムに問題があるようだ。
何故、魔に堕ちた天使は、治癒という善の行動をしているのに罪が溜まるのか。その答えはいたって簡単だ。天使が回復を施す際、自分の生命力を削りそれを相手に与えている。言い方を少し変えれば、誰かを回復することにより、自分自身を間接的に傷つけているのである。だから、罪が溜まる。故に、治癒を乱用すれば、罪が溜まり無に還る前に命を落とすという危険性がある。
クレイもザイルもその事は知っている。だから、素直に喜ぶことができないのである。
「う…うぅ…。」
意識が戻りつつあるのだろうか、ギーハが呻く様な声を漏らした。
「ギーハさん!」
「ギーハ。」
「ギーハのおっさん!」
目覚めようとしているギーハに気がつき、三人は同時に声をかける。その声がうるさかったのか、はたまた眼を開ける際に起きた筋肉の自然な収縮行動なのか。それは分からないが、ギーハは眼の回りにシワを寄せた。そして、ゆっくりと眼を開く。そこには、不安そうに覗き込む三人の顔があった。
「クレイ……、ザイル?…ミ…ミア!!!」
始めはうっすらとクレイの名を呼ぶ。そしてゆっくりと視線を巡らせ、周りにいる面々を確認していくにつれ、それは疑問から驚愕の表情に変わっていった。最後には両目を大きく見開き、ミアを思い切り疑視している。
「眼は完全に治ってるね♪おっさん。」
「ん?あ…あぁ〜そうだな。ありがとう…。」
ミアに発言の先を越され、とりあえず礼を言う。そして、続けてギーハが口を開く。
「って!そうじゃないだろう!なんでお前らがここにいるんだ!?」
ミアの方を指差し、そう疑問を投げつけた。そして、すぐに答えは返ってくる。
「ミア、説明するのメンドイから、ザイルから聞いてねっ。」
そう言って、隣のザイルに視線を送り発言を促すミア。ザイルは、彼女の自分勝手な発言に反発することも無く、おもむろに口を開く。
「ルキアサンイッタ。ヤミノナカ、シタニイルガーランドタチシンパイ。オマエラミテコイト。」
「そ…そうか……。」
片言の言葉使いに、ギーハはその半分も理解できなかった。ただ、ルキア大隊長がよこしたんだと言う事ぐらいは解ったので、彼は適当に返事を解したのだ。
「ハァー…よりによって…。」
ギーハは深いため息を一つつく。その原因は、もちろんミアにあった。彼はミアが大嫌いなのだ。自分の傷を癒してもらった事には、大いに感謝している。だがその相手が、よりによってミアだったという事が、彼には相当気に入らないようだ。少し落ち込み気味の彼に、ミアは一言贈る。
「おっさん、ミアの事嫌いだもんね♪」
「!!!」
急にそう聞かれてギーハは驚き戸惑った。ミアの一言は確実に確信をついている。だが、そのまま肯定する訳にもいかない。逆に否定するのも癪に障る。だから、あえて答えは返さず、困ったように薄ら笑いを浮かべている。
「変な笑顔作らなくていいよ。ミア、ちゃんと解ってるから。それに、私もおっさん嫌いだし、お互い様でしょう。」
先ほどまでの能天気ぶりは何処へ行ったのか、今は一転して真顔でギーハを見つめそう言う。言われたギーハは、その場で固まった。ミアの真っ直ぐ見つめる視線に、心から恐怖したのだ。今もその視線の先に、自分の本心を見透かされている。そう思うと、怖くて怖くて仕方なくなった。そしてそのまま、何も言い返す事ができなくなる。
「あの…ギーハさん…。ちょっとお話いいでしょうか…。」
ミアとギーハの間に生まれた嫌な空気に恐縮しつつ、クレイがそっと声をかけた。その呼びかけに反応し、ギーハは首だけを動かし彼を見た。その表情には、少しの安心感が浮き上がっている様だった。ギーハが自分の話を聞く気があるという事を悟り、クレイはそのまま話を続けた。
「実はチュリアさんの事なんですが…。」
そこで一度話すのをやめ、うつむく。ギーハはチュリアの名前を聞き、ようやくここで自分の目的を思い出したようだった。
「そうだよ!チュリアはどうしたんだ?お前、一緒じゃなかったのか?」
「そういえば、チュリア姉さん居ないねぇ〜…。」
ミアはチュリアを「姉さん」と呼ぶが、別に姉妹ではない。ギーハを「おっさん」と呼ぶように、チュリアは「姉さん」と呼んでいるだけだ。キョロキョロと周りを見渡しながら、ミアは辺りにチュリアの姿が無い事を確認する。
「それが…チュリアさんは……チュリアさんは…。」
徐々に涙声になるクレイ。そして、なかなか話を進めようとしないその態度に、ギーハは苛立ちを覚える。そして同時に、チュリアに起こった最悪のシナリオを確信した。沸きあがる怒りに身を任せ、クレイの左腕を思い切り掴み何度も揺さ振りながら叫ぶ。
「お前一緒にいたんだろう!!それなのに、何で助けられないんだよ!!!」
その言葉はクレイの胸に深く突き刺さる。そして、それは同時にギーハ自身も胸にも突き刺さる。自分も隊長を救えなかったという強い悲しみが、彼の中に更に強い怒りを生んでいくのだった。
第三十四話へ続く…