「31.内通者」
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今後ともごひいきに〜^^w
深い闇の中に、男の声が響いていた。
「ゴルヴァ様、奈落の住人達が四匹程倒されました…。」
「ほぉぅ…それで、レプリカはどうなった?」
白衣を着た男の報告を聞き、ゴルヴァは口の端を上げにんまりと笑みを浮かべた。そして質問を返す。部屋に設置された椅子に仰け反るように座り、目の前の机に両脚を預けている。その雰囲気からは溢れんばかりの傲慢さが覗えた。彼の手にはあいも変わらず小さなナイフが一つ、ヌラリとした嫌味な光を放つ。
「はい…2人共こちらの思惑通り、罪を重ねているようです。ただ…」
「ただ…?何だ、ハッキリ言ってみろ。」
「2人共、それぞれがまだ一体ずつしか奈落を倒していないようで…。思ったよりも作戦の進行が遅れているかと思われます。」
それを聞いてゴルヴァは眉間に軽くシワを寄せ、怒ったような顔になる。そしてまた、口の端を上げ「フンッ…」と鼻で笑い飛ばした。
「無を求めし者たちか…懐かしい響きだ…。」
切れ長の細い目を更に細くして、遠くを見つめつつ、小さくゴルヴァは言う。彼の言う「無を求めし者たち」とは、もちろん黒兵士たちの事だった。それが彼らの大部隊の名前なのだろう。黒兵士達が、倒された奈落の住人の内、残りの二体を葬った事はすぐに解った。いや、白衣に報告を受ける前から彼は解っていた。だから目の前の白衣の男に対し、皮肉を込めて鼻で笑ったのだ。
実のところ彼は、無を求めし者たちがレプリカ作戦の邪魔をしようとしている事は、かなり昔から知っていた。そして今日のこの日、彼らが突入してくる事も全てを把握していたのである。黒兵士たちの中に内通者がいるのだ。だから彼は、いち早く兵士たちの行動を掌握する事が可能だった。
「まぁ…それも仕方ないだろう。ベクトルはこの際どうでもよい。あいつらが最終的に真の魔剣になれば、結果さえ出ればいいのだよ…。なぁ…アリシア…お前もそう思うだろう?」
ゴルヴァは右手に持った小さなナイフを、まるでそれが最も愛おしいモノように見つめそう語った。白衣男からしてみれば、自分ではなくナイフに向って話しているように感じられただろう。だが彼は、そういったゴルヴァの様子を気にする事無く話を続ける。
「わかりました。では、また動きがあり次第、随時報告を…。」
「いや…もういい。」
「はい?」
言葉をゴルヴァに遮られたことに、白衣は少し戸惑った。状況報告が自分に与えられた唯一の仕事なのに。目の前でナイフを見つめる男は、もう仕事をしなくてもいいと言うのだ。
「お前、そういえば名前も聞いてなかったな。何て言うんだ?」
「え?あ…ジェイルと言いますが…、あの…もういいとはどういう?」
名前を聞かれ咄嗟に応えたが、ジェイルの中で大いなる不安が生まれていた。それは、自分にとって最悪の結末を、容易に予測することができたからだ。油っぽい嫌な汗が、一気に全身から噴出すのがハッキリと解った。
「ジェイルか…。そうか、いい名前だな。なぁ…アリシア。」
そう低く言いつつ、ゴルヴァは席を立つ。そしてまた、ナイフに向って話しかけていた。
「いや…あの…。ちょ…ちょっと待ってくださいゴルヴァ様…。自分は更にあなた様の為に尽くしますから…、だから…もう一度考え直して…あの…その…。」
ゴルヴァが立ち上がったことにより、更に動揺を強める。顔をしわくちゃにして、目には涙が浮かんでいた。両手を胸の前に突き出すような形で、ゴルヴァの動きを必死に制止しようとしているようだ。
「使えないやつは、もう必要ない。次生まれてくる時は、石を持たない動物にしてくれと女神に祈るんだなぁ!!!」
一気に怒りの形相へと変わるゴルヴァ。そして一気に、ジェイルの胸の前でバタバタと動かす両手の間をすり抜け、心臓目掛けてナイフを突き刺した。
「グエッ!!」
そう一言だけ漏らし、そのままゴルヴァに体を預けるように力なくもたれかかった。その体をゴルヴァは、肩で押し退ける様に後ろへと突き飛ばす。そして、何の抵抗感も無く後方へと倒れるジェイルの体から、勢いよくナイフを引き抜いた。大量の鮮血を噴出しつつ、それは床へと倒れ込むのだった。
ジェイルの返り血を浴び、その場に佇むゴルヴァ。そしてまた血を滴らせたナイフを見つめ、
「アリシア…こいつの血は美味かったか?」
そう聞いた。だがナイフがしゃべるわけも無く、沈黙だけが部屋に流れる。だが、その沈黙が彼には気に入らなかったらしい。更に怒りを強めた顔をしてナイフに向って叫ぶ。
「何故だっ!何故お前は何も話してはくれないんだ!!!俺はこんなに愛しているのに…お前には俺の声が聞こえているんだろう!!答え ろぉアリシアァ!!!!」
狂気も露に彼が叫ぶ中。彼の懐からピピピピピーと、何かの機械が発する音が聞こえた。その音で我に返り、ナイフの柄を逆手に握る。そして眼をつぶったまま、二度、柄の部分を額にぶつけ、そのままゆっくりと腕を下ろした。そうする事で、少しは平常心が戻ったのだろうか。自分の懐に手を入れ、そこから通信機のようなものをそっと取り出した。
大きく息を吸い込み肺に溜め、そしてそれを思い切り吐き出す。そうやって深呼吸も終え、やっと通信機を口のところに持っていった。
「ギギか?」
「はい…。」
ギギと呼ばれた相手は、小さく、とても小さく返事を返した。それは間違いなく男の声の音域だ。その返事を聞き、またゴルヴァは口の端を吊り上げ、そして更に質問を重ねる。
「そっちの状況は?」
「奈落を倒した後、ルキアさんの部隊がまた石像を開こうとしているところです。」
「ほぉぅ。相変わらずルキアの馬鹿は、とんだ勘違いをしているようだな。お前の作戦のお陰と言ったところか…。感謝するぞ、ギギ」
そう言ってゴルヴァは両目を細め、クククク…と込み上げる笑い方をする。彼は今の状況を楽しんでいる。仲間の考えた策にはまり、見当違いの場所を開こうとする大隊長ルキア。その光景が頭に浮かび、それがおかしくてたまらないのだ。
「では、また何か進展があれば報告します。」
そこで通信は切れた。満足そうな笑みを浮かべ、ゴルヴァは再びナイフを見る。
「もうすぐだぞ、アリシア。俺たちの望む世界が、もうすぐそこまで来ているんだよ。お前も嬉しいだろう?」
クククク……ア〜ハッハッハッハッハ…
闇に包まれた部屋の中に、ゴルヴァの笑い声だけがこだまする。彼のその手に持たれたナイフは、悲しげにヌラリと青白い光を湛えていた。
第三十二話へ続く…