「30.炎が消える刻」
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今後の糧にしたいので^^;
ギーハは、それを避けることができなかった。足の回復がまだ完全ではなかったし、そして何より、奈落のモノの素早さが彼らの想定を遥かに越えていたのだ。
怒りと悲痛を混じらせ絶叫する彼の、頭部の防具を砕きつつ何かが突き刺さっている。それは、奈落のモノの体から伸びる、鋭利に研ぎ澄まされた肉の武器。それが魔剣の力だと、ガーランドもギーハ自身も気がついていた。その時になって、目の前のものが魔剣の失敗作「奈落の住人」だと確信する。
「こんちくしょぉおがぁあああぁああ!!」
ガーランドは咆哮しつつ、ギーハの右眼に刺さった肉の武器を左手で握る。渾身の力を込め、握った手の業火を激しく燃え滾らせた。獣油が燃える様な、鼻につく嫌な臭いを周囲に撒き散らし、そのまま肉の武器を焼き切った。不意にギーハが叫ぶ。
「隊長!危ねぇ!!」
同時に、隊長の体を思い切り突き飛ばす。刹那、今までガーランドがいた辺りで、肉の武器が風を切って通過した。ギーハが行動を起こしていなければ、隊長も肉の餌食になっていただろう。
だが、結果的に隊長は痛手を負う形になっていた。ギーハの腕力が強すぎたのだろう、突き飛ばされたガーランドは体勢を大きく崩し、階段の下、踊り場まで一気に転がり落ちてしまったのだ。「また、やっちまった…。」ギーハは、素直にそう思ったに違いない。
ガーランド隊長が隣から居なくなってしまった今、一気に状況が不利になる。唯一の明かりが、無くなってしまった為である。ギーハと肉の間に闇が生まれていた。これでは次に攻撃されても全く気づく事ができずに、直撃は免れないだろう。自業自得とは言え、ギーハは隊長を恨んだ。
「隊長!あんた大袈裟すぎるんだよっ!!」
そう言って、ギーハは自分の目に刺さった肉の残りの部分に両手をかけた。そして一気に引き抜く。
「うぉおおぉおおおぉおお!!!」
雄々しい咆哮を上げ、それはグチャリと音を立て引き抜かれた。そしてそのまま、「これも邪魔くせぇ!」と、破壊された頭部の防具も外し肉の方へと投げつける。鬼の顔がそこにはあった。眉間に深いシワを寄せ、その上部には鬼の象徴とも言うべき角が生えている。ギーハは魔鬼。強靭な肉体を持ち、腕力もセンスも他の魔を圧倒する接近戦のプロである。
だが今のこの状況では、安易に接近戦を仕掛けるわけには行かず、残された左目で確認できる範囲全てに意識を集中するのが精一杯だった。
「ククククク…。」
奈落の住人が低く笑った。自分が優位に立っていることを悟り、これからどう楽しもうかと笑んでいるように思える。それに対しギーハは、この状況を楽しむつもりも時間も無い。さっさと決着をつけ、クレイとチュリアの待つ部屋へと向いたいのだ。その思いがギーハの心の中に、僅かながらの焦りを生む。右眼が痛みと熱と痺れの信号を脳に送る中、それらを一切気にすることも無く、左目と両耳で奈落の動きを慎重に覗った。
不意にそれは、彼の耳に届いた。空を切る鋭い音が、ギーハの左右から聞こえる。奈落の触手刀が、もうそこまで迫っていることを瞬時に脳が警告した。だがこの一方的に不利な状況下で、それをかわし受け流す事もできずに、彼は両手で左右の触手を掴む。相手の手段が解っている現状で、二度も同じ手を食らうはずは無い。それが魔鬼の、戦いのセンスのよさだった。
大きな衝撃が両肩へと負担を与え、ギシギシと骨が軋む音が聞こえた。それと同時に掴んだ両手からも痛みがくる。鋭い刃物を、いくらグローブ越しとはいえ力強く握ったのだ。グローブを切り裂き、それはそのまま皮膚をも切る。
「ぐぉっ…。」
思い切り顔を歪ませるギーハ。それ程に、奈落の攻撃を制した代償は大きかった。更に触手はグイグイと力で押してくる。それでも体勢を崩すことは無く、必死に堪えようと両脚にも力が入った。
「神よぉおおおぉおおお!!俺に力をぉおおぉおお!!!」
雄々しく、そして気高く吠える鬼が一匹。そのまま彼は、奈落のモノの押しの力を利用して、触手を引き上げつつ自分の後方へと投げつけた。不意に、触手ごと引っ張られた肉の塊が、前方の闇の中から姿を現す。それは宙を舞って階段の方へと飛んでいった。
宙に浮き上体を崩しつつも、肉は触手を伸ばしギーハへと応戦した。その数は三本。両手を塞がれたギーハは、その全てを体で素直に受け止める。
「グボァッ!」と、彼の口から大量の血が吐き出された。「肉を切らせて骨を絶つ。」それが魔鬼であるギーハの本来の戦い方である。傷を負ってもチュリアが癒してくれるさ、彼はそう考えているのだ。部隊の信頼関係が、彼を犠牲にさせたのである。
「ガァーーランドォオオーーーォオ!今だぁああぁあ!!!」
その叫びは階段の踊り場で、この好機を待ち構えていたガーランドの耳にしっかりと届く。その姿は、もう黒兵士隊長ガーランドのソレではなかった。全ての防具を外し、燃え盛る業火の全てを露にさせた魔炎人ガーランドの姿がそこにある。
ギーハに触手が刺さったせいで、肉の飛行がガクンと静止され。そしてそのまま、踊り場のほうへと落下する。そこへ向ってガーランドは、両腕を大きく広げ飛んだ。そして肉に抱きつく形で一緒に床へと落下した。
「ウゲゴァアアアァアガァアアァアッァアア!!!」
もはや、言葉としては理解不能な叫び声を上げる奈落の住人。燃え盛る業火で体中を包まれているのだから、もはや逃げ場は無い。ガーランドの捕縛から逃れようと、必死でもがき苦しむ。やがて、ギーハが握り、体を貫く五本の触手がスルスルと本体のほうへと収納されていった。どうやら急所は外れていたようで、ギーハはその場で膝を曲げ「ハァハァ…。」と息を荒げつつも、なんとか持ちこたえているといった印象を受ける。
「アグニの名の元に、お前を焼き尽くしてやるわぁ!そして俺は更なる罪を…」
奈落を抱きしめ叫ぶガーランドの言葉が、そこで途切れた。不覚だった。たぶん彼はこの業火の中で、肉はすぐに灰になると、そう思っていたに違いない。だが現実は全く違っていたのだ。
体の至る所に激痛が走る。何十本という肉の触手刀が、ガーランドの体を突き抜けていた。不意に意識が飛びそうになるのを堪え、両の腕に残された力の全てを注ぐ。彼にはそれが精一杯だったはずだ。
やがて、ガーランドの背中から伸びた触手が、力を失い萎びていく様に垂れた。奈落の住人が絶命した瞬間である。そしてそれは同時に、ガーランドが志半ばで命の炎が消えた最期の刻でもあった。
解かれた両腕から、黒焦げになった肉の塊がドサリと転げ落ちる。
もはや動く事のなくなった隊長の体から炎は消え、今では人の姿に戻っていた。その両目からは涙が零れ落ちるが、皮膚に残された熱でそれは一気に蒸発してしまう。
先ほどまで力なくうなだれていたギーハが、今は目の前の光景を見て自分達の勝利と隊長の最期を同時に悟る。勝利への嬉しさは全く無く、ただただ隊長の死への遺恨が彼を大きく吠えさせた。
「ふざけんじゃねぇーーぞ!!ガァーーーーーランドォオオオォオオ!!!」
第三十一話へ続く…