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     「3.魔剣の力」

 監視員が座ると思われる椅子が3つ。扉の右奧に並んでいるが見えた。その脇には白衣を着た男が二人、うつ伏せの状態で倒れている。たぶん生きてはいないのだろう、全く動こうとはしない。


 だが、そんな事は彼女にとってはどうでも良いことだった。今は床に並ぶ動かぬ存在よりも、中央の椅子で足を組み、こちらに微笑みを投げる『女』の存在に、視線と興味を釘付けにされているのだから。

 

 その女は手招き一つして、アリシアを部屋の中へと誘う。女の特徴を挙げるのなら、それは一言で十分だろう。『生まれたままの姿』なのだ。だが、アリシアの「なんで?」という困惑の言葉は、女が裸だったからではない。そこにいるのは、紛れもなく『アリシア』そのものだったのだ。最初に目覚めた部屋でガラス越しに見た自分の姿が、今は目の前に存在している。

 

 「何してるの?早く入りなよ。」


 もう一人のアリシアと言うべきか、部屋の中の女が廊下で呆然とする彼女を急かす。アリシアの混乱した脳はその言葉を素直に受け入れ、「あ…はい…。」と一言。指示されるままに、急いで部屋へと飛び込んだ。それと同時に部屋の扉が閉まり、廊下の先から聞こえていた無数の足音は聞こえなくなる。


 勢い任せで飛び込んだせいで、足がもつれ前のめりに倒れ込むアリシア。ドシンッという重い音が痛々しく部屋に響いた。


 「ちょっとぉ〜、大丈夫?ものすごい音だったけど…」


 そう言って、もう一人のアリシアは急いで椅子から立ち上がり、倒れた彼女の元へ駆け寄る。そして、「もう…しっかりしてよ。」と、左手を差し出した。にも関わらず、倒れた張本人は沈黙を決め込んだまま身動き一つしない。少し困った表情を浮かべ、今度は両腕でしっかりとアリシアを抱え起こした。


 女とは思えないほどの強い力で、あっさりと起こされてしまったアリシア。両頬が仄かに紅く染まっている。心の中で、恥ずかしさが後から後からこみ上げてきた。うつむいていた顔を上げ、目の前でクスクス笑う女の顔を見る。そこには、真っ直ぐにアリシアを見つめる両目があった。その刹那、更に体が硬直してしまう。


 「あ…あの…あの…あの…」


 動揺のあまり言葉がうまく出てこない。もう一人のアリシアは、「なぁ〜〜に?」と意地悪めいた言葉を返した。


 「あの…あの…あなたは…誰…ですか?」

 「はぁ?」


 まさかそんな質問だとは思っていなかったらしく、もう一人のアリシアは笑っていた顔を少し強ばらせた。そして眉間に軽くシワを寄せ、少し困ったような表情で言う。


 「急に変な事言い出さないでよ。私はアリシアに決まってるじゃない…」


 その返答を聞き、アリシアは数秒考え込む。ガラス越しに見た自分の顔。それは、間違いなく画像で確認したアリシアと同じだった。でも同じ顔がもう一つ、今は目の前に確実に存在している。もしかすると夢でも見てるんじゃないか?とも思ったが、あまりにもリアルすぎる。じゃぁ…じゃぁ…。


 「じゃぁ…私は…誰?」


 その言葉は、意識もなしに口走った一言だった。頭に浮かんだ疑問が、そのまま音となって口から出たのだろう。


 「何言ってるの?あなたもアリシアでしょ?」

 「???」


 アリシアの頭の中は、疑問符でいっぱいになる。目の前の女の言っていることが、あまりにも現実離れしていて、言っている意味が全く理解できないのだ。そしてもう一人のアリシアは、笑顔を浮かべ更に言う。


 「ねぇ、同じ顔が二つ存在してたら変かな? 私は、その現実を受け入れられるけど…」


 あなたには無理なのかな? そう続けようと思ったが、言葉になる事はなかった。何か思い出したかのように後ろを振り向き、壁にずらりと並ぶ監視用のモニターに目を配る。14インチのカラーモニターが縦横4個づつ、それぞれが違う場所を写しだしていた。


 「ごめん。もう時間がないみたい。」


 もう一人のアリシアが、モニターを見たまま言う。その声は、先程までの落ち着いた感じを失い少し慌てているようだった。


 言葉を聞き、ふと我に返ったアリシアはモニターの方を見る。ある画面には廊下が、ある画面にはどこかの室内が写っている。その中で一つだけ動きのある画面があった。どこか見覚えのある部屋に、黒い何かが動いている。


 「この部屋は?」

 「あなたがさっきまで居た部屋だよ。」


 同じ画面を見つめたまま、同じ顔の二人が会話を交わす。なんとも妙な光景だった。


 「じゃぁさっきの足音は、やっぱり…」


 アリシアは、先程廊下で感じた恐怖感を思い出した。その部屋で動く黒いモノ、それは間違いなく黒兵士達だったのだ。廊下で聞いたあの足音の主、予想は見事的中したのである。


 「私はもう行くね。次会った時はもう少しゆっくり話そ。」


 そう言って、もう一人のアリシアは急いで身をひるがえし、早足で扉へと向かった。


 「え?ちょっ…ちょっと待ってよ…」


 モニターに夢中だったアリシアも急いで振り向き、さっぱり意味がわからないと言いたげな表情で言う。一体何処へ、何をしに行くのか聞きたかったが、もう一人のアリシアの一言がそれをさせなかった。「あ…そうだ!」と振り向き、アリシアに一礼を一つ。すぐに顔を上げにっこり微笑んでこう言った。


 「さっきは助けてくれてありがとうね。」


 アリシアには何の事なのかさっぱりだった。もう一人のアリシアとはこれが初対面のはず。それなのに、突然「ありがとう」と言われても戸惑ってしまうばかりだった

 

 「やっぱり覚えてないんだ…。」


 もう一人のアリシアはそう言って、少し悲しそうな顔でうつむいた。でも、すぐに顔を上げにっこり笑顔へ早変わり。

 

 「まぁ、しょうがないか〜…とりあえず、それが言いたくてこの部屋に呼んだんだよ。あいつらに邪魔されたらゆっくりお礼も言えないしね。」

 

 彼女の言う「あいつら」とは、もちろん黒兵士の事だろう。「兵士達の事を、何か知っているのかな?」アリシアはそう思い、言葉が喉元まで出ていたが、それは見事に阻止されてしまった。


 「じゃぁ次会うときまでの宿題ね。もし、思い出してなかったら本気で怒るから。」

 「う…うん」


 アリシアは、出かけた言葉を飲み込みながら小さく頷く。そんな曖昧な二つ返事にも、もう一人のアリシアは満足気にうんうんと頷き、また扉の方へ体を向ける。「ヒントは、そのモニターにあるかもよ…」体は扉を向いたまま、小さく呟くように言った。そして数秒、何故か呆然と立ちつくす。「何をしてるんだろう?」アリシアは素直に思った。


 「あぁ…そうか!」

 

 そう言って、三度振り返るもう一人のアリシア。照れくさそうにモニターの前にある机に目線を送る。


 「ごめん、そこにある扉の開閉スイッチを押してくれるかなぁ〜。」


 その一言を聞き、アリシアは軽く笑ってしまった。ついさっきまで一方的に上位に立たれていた、そんな気がしていたのに、急にこのお願い。「案外ドジなんだ…でも、やっぱり私に似てるかも…」そう思ったら、可笑しさがどんどんこみ上げてくる。

 

 笑うのを我慢しつつ、机の上に目をやるとそれらしきボタンがある。それを押すと、部屋の扉が音もなく開いた。もう一人のアリシアは、扉が完全に開くのを待ちきれないという感じで、「じゃね〜♪」と言い残し、素早く出てってしまった。そうとう恥ずかしかったのか、それともただ急いでいただけなのか、それは定かではない。


 アリシアはもう一度ボタンを押し、急いで扉を閉めた。何故そうしたのかは自分でもハッキリとは分からない。アリシアの中にある、黒兵士達への恐怖心がそうさせたのだろう。そしてすぐモニターを確認した。画面を見つめるその目は、今は笑ってはいない。


そこには黒兵士達が数人、部屋を詮索している風景があった。



 


                                 ※




 「おぃおぃ、まじかよ…」


 床に倒れ動かなくなった仲間の姿を見て男は驚愕する。フルフェイスの防具を被っているせいでその顔までは分からないが、声は青年のソレだった。 


 「新人!そこで突っ立ってないでさっさと動け、バカヤロウ…」


 兵士の一人が、驚愕して立ちつくしている青年兵士に向かって激を飛ばした。こちらも同じく顔は見えないが、確実に青年よりは年上だろうという予想はつく。言われた青年兵士は一瞬ビクンッと体を震わせ、「すいません隊長!」そう言ってその辺りを調べ始める。


 「しっかしこりゃ、見事なモンだなぁ…」


 散らばった書類を調べる青年兵士の横で、動かぬ仲間の傷跡を見つめる兵士が言う。この男もまた顔は確認できないが、4人いる兵士のうち一番の特徴を持っていた。一人だけずば抜けて体が大きいのだ。たぶん身長は2メートルは軽く超えているだろう。腕の太さは、一般男子の腰の太さ程はあった。


 「確かにこの有様は、俺の想像を遙かに超えているかもしれないな。」


 隊長が小さく呟く。そして部屋の隅で腕組みをしているもう一人の兵士の方を見た。「どうだ?いけそうか?」と、先程の青年への態度とは違い怒る訳でもなくそう質問を投げかけた。問われた兵士は組んだ腕を解き、ゆっくりと両手を肩のところまで挙げ「さぁ?」と言いたげな態度を取る。そして顔を左右に振った。


 「いくら私だって、蘇生は無理よ…」


 それは女の声だった。よく見ると他の三人とは少しだけ防具の形状が違う。たぶん女性専用なのだろう、色も黒と言うよりは灰色に近い感じだ。


 「それに、これってアイツの力でしょう?」


 女兵士はそう続けつつ、隊長の横に移動してまた腕組みを再開する。その横柄な態度は気にすることもなく、隊長は横たわる仲間の亡骸の頭の防具をそっと外した。そこに現れたのは、人間の顔では無い。基本は人間のパーツだが、額からは小さな角が伸びているのだ。


 「あぁ…あの情報は本物だったようだな。」


 そう言って隊長は、角の下で閉じることを忘れた目に軽く手を重ね、優しく目を閉じさせた。部屋にはしばしの沈黙が流れる。仲間の素顔を目にして、他の三人は言葉を失っているのだ。


 「間違いなくこれは、魔剣の力だ……」


 沈黙を打ち破るように、隊長の言葉が三人の耳を突き刺した。




第四話へ続く…

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