「28.魔剣の祈り」
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気がつけば、アリシアはお腹を抱え大笑い。それはもう誰にも止められそうにも無かった。その笑顔は、心の底から今を楽しんでいるかのような、晴れ晴れとした表情である。神官は笑いを抑えられないといった彼女の姿を見て、満足げに笑みをこぼしている。
「なんだろう、こんな気持ちになったのは初めてだわ。あなたには不思議な力でもあるのかしら?」
大笑いしつつ、アリシアは神官に尋ねた。しかし神官は答えず、優しい顔で彼女を眺めているばかりだった。アリシアが感じた不思議な力、それは老神官に対し親近感を覚えているのだろう。自分も、そして神官もこの施設に閉じ込められている。その事実が彼女の中に、神官へ対する「好意」を生み出しているのだ。
「元々、我々神官というモノは特別な存在なのですわ。」
「え?何…??」
神官は小さく言ったが、自分の笑い声が邪魔で彼女にはよく聞こえていない。一旦笑うのを堪え、彼女は神官の話を聞く姿勢になった。でも、まだ両肩がフルフルと震えている、何かちょっとしたきっかけがあれば、たちまち笑いの虫が騒ぎ出しそうな感じだ。
「我々神官は三神によって選ばれた存在。「魂石」を持たない存在なのだよ。」
「そうなんだ…。フフ…フ…」
神官の真面目な話も、今のアリシアには笑い話にしか聞こえない。吹き出そうになる笑いを必死に我慢した。そして、それが漏れないように口をすぼめながら言う。
「じゃぁ…、あなたたちは罪が……溜まらずに、魔に…なる事は無いって事でしょう?」
そう聞くのが精一杯だった。それでも、彼の言っていた世界の規則を、ちゃんと自分は理解しているということを伝えたかったようだった。
「全くその通り。」
「思ったんだけど、あなたは何教の人なの?やっぱり平和そうなドルマなのかしら?」
そう聞く頃には、笑いは少し収まっていた。神官は「ほほぉ〜」と感心したように何度も小刻みに頷いている。
「少しは私の話を聞いていたようですな。関心関心…。」
茶化すようにそう言った。それに対し、アリシアは怒る風な態度も見せず、「当ったり前でしょう。」と右手の親指を立て、元気良く答えた。
「我ら神官には、何教だとかいう概念は存在せん。3つの思想、全てのモノに祈り場は開放されておるのだよ。」
「3つの??…だってさっき思想は2つだって…。」
神官の話に対し、素直に疑問を投げるアリシア。さっきの話の内容にはアグニとドルマの二つの思想しか出てこなかったのに、神官は3つの思想と言う。もう一つ、自分の知らない思想があるのだと思い、そのことについて聞こうと思った。だが、先に神官が口を開いた。
「まぁ…その辺の話は次回と言うことでな。あなたは誰か人探しをしていたのではないのかな?」
そう言われ、彼女は思わずハッとなる。本来の目的を忘れていた事を、今になって思い出したのだ。少しだけ怒ったような顔をして、
「どうも駄目ね。あなたと話していると、ついつい話が反れてしまう。」
「ホホホ…時として回り道こそが、案外近道だったりしますぞ。それもまた人生の面白いところですな。」
神官は得意げに、人生について教えを説いたつもりだった。でも、それを聞いた本人は全く意味が解ってはいない様子で、ただ呆然と神官を見つめている。その事実に気づき、彼は一つ咳払いをした。
「あなたが探している黒い服の男、たぶん名前はゴルヴァ。何度か白衣の男を連れてここを訪れておる。」
「ゴルヴァ…。その男は何処に?」
「そこまでは私には解らない。結局、何も力にはなれなかったのぉ…スマン。」
神官は軽く頭を下げた。彼女は、少しだけ残念そうな顔をしたが、すぐに明るい顔に戻る。
「名前が解っただけでも助かるわ。あとは他の人に聞くことにする。」
「そう言ってもらえるとありがたい。」
「それじゃぁそろそろ行くわ…色々ありがとう。」
そう言ってアリシアは振り返り、先ほど入ってきた扉の方を見た。不意に後ろから声が掛かる。
「ちょっと待ちなさい。最後に、神官としての勤めを果たさなければ。少し祈っていってはどうかな?」
そう言われて、アリシアは素直にそれに従うことにする。自分には、多くの「罪」がある。そう思ったから、神に祈りそれを拭い去りたかったのだろう。
「こちらに来なさい。」
神官は三神像の前に施された、小さな台の所に彼女を誘った。やがてアリシアは、台の所にたどり着き一言だけ神官に聞く。
「私は、どの神に対して祈ればいいの?」
神官は思わず笑い出してしまう。アリシアには記憶が無い、故に属する思想も解らないという事を忘れていたのだ。それに対し、彼女は苦笑する。
「とりあえず、三神全てに祈ってみてはどうだろう?それと祈り方は自由に。形式は色々あるが、目をつぶり、心の中で今までの罪を告白するだけでもよい。」
「じゃぁそうさせてもらうわ。」
そう言って軽く目を閉じた。今までの罪、それに該当するような出来事を思い出す。モニタールームで白衣の男を殺 したこと、黒兵士の腕を切り落としたこと、肉の塊から命を奪ったこと。その時の無残な光景が、頭の中で走馬灯のように巡る。そしてそれらを神に告白した。何度も何度も心の中で、「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝り続ける。不意に心が安らぐ感じがした。
「おまえの罪を許す。」
低い声と高い声が交じり合った、不可思議な声が聞こえたような気がする。その声の主は神官だった。彼は何かに憑依されたかの様に、白目をむいてアリシアの方に右手をかざしている。しかし、目を閉じたアリシアには気がついていないだろう。今まさに彼女の体から神官のかざされた右手へと、黒い霧のようなモノが吸い取られているという現象を。これが、神官が祈り場にいなくてはならない理由だ。神官の体を通してのみ、神へと罪を返すことができるのだ。
神官は白目をむいたまま、部屋の天井を見上げた。そこには、無数の光の玉のようなものに囲まれた男の絵が描かれている。男から光の玉が生まれている、そういった感じの絵だった。世界の素、ピースを作った創造の神「アグニ」だ。
アグニが雄々しい表情で見下ろす先で、心の安らぎを感じたアリシアはそっと目を開ける。目の前では、普通の状態に戻った神官が微笑み見つめていた。
創造の神「アグニ」、創世の神「ドルマ」、創生の女神「アリーシア」、三神は優しくそっと佇んでいる。
第二十九話へ続く…