「25.世界のルール」
「あなたは魔剣ギルディアの娘であり、そして女神の名を継ぐ魔剣アリシア…」
夢の中で、確かに母親はそう言っていた。そして今は目の前の神官が、自分が女神アリーシアの生まれ変わりなのだと言う。そんな事を言われても彼女自身チンプンカンプンだった。女神の名を継いだとして、又は女神の生まれ変わりだったとして、自分は一体何者なのだろう。自分の持つこの力は、人を傷つけることしかできない。なのに、そんな殺人鬼の自分が女神の生まれ変わりのはずは無い。そうやって自分を自嘲するばかりだった。
やがて女神像を見ていた神官がまたアリシアの方へと振り返えった。その表情は、もとの温厚さを取り戻していた。
「いや、そんなはずはあるまい。女神の名を継ぐアリシア、それは魔剣と呼ばれたか弱い娘。今は父とともに無に還り、もうこの世界に戻る事も許されまい。」
そう言って、うんうんと一人頷き、自分の中だけで納得しているようだった。しかし、アリシアにしてみれば、その心中は穏やかではなかった。自分は確かにアリシアであるはずなのに、老神官はその存在自体を完全否定しているのだ。
「そんなはずは無いってどういうことよ!私が嘘を言っているとでも言うの?私はアリシアなの!」
自分の、アリシアの存在を否定され怒りを覚えた彼女は、一歩身を乗り出し怒鳴った。その様に少し驚いた様子で、両肩をすぼめる神官。これは困ったと言いたげな顔で、じっとアリシアを見ている。彼女の顔はひどい剣幕で、まだ怒りが収まっては居ない様子だった。
「大体、無に還るって一体なによ!女神の名前を継いで居なくても、魔剣じゃなくても、私は正真正銘アリシアなの!わかった!?」
湧き上がる怒りをそのまま言葉に込め、アリシアは更に神官に食って掛かる。それは、今まで溜まっていたストレスが一気に爆発した、そんな感じだった。自分は誰かも解らずに見た事も無い施設に閉じ込められ、普通では考えられない力で簡単に異形の者を倒せてしまう。そういった状況が、彼女の中で大きな障壁になっていたようだ。
その様子をじっと覗っていた神官が、やがて口を開く。
「ここは偉大な神の聖域。そう言った態度は慎んでいただきたい…と言っても無理じゃろうな。」
「当たり前でしょう!偉大な神とか、アリーシアとか今の私には関係ないの!もしそれでもアリシアじゃないって言い張るなら、私が納得できるように根拠を教えてよ!」
「うむ…。」
怒りを露にするアリシアの言動に対し、神官はそれでも少し安心した。一方的に怒り散らすだけなら手に負えないが、彼女は自分の言い分を聞こうとしているからだ。
「では、この老いた神官の話に少し付き合ってもらえますかな?それを聴けばアナタも納得できるはず…。」
そう言われ、アリシアは少し戸惑う。込み上げる怒りに全てをゆだね根拠を求めたが、実際説明されるのが怖かった。それは聞けば、自分はアリシアではないと納得できると言う。話の最後には絶望しかまってはいないと、そう予感せずにはいられないのだ。
彼女は言葉を詰まらせた。聞きたい気持ちは確かにある。でも聞きたくない気持ちのほうが遥かに凌駕している。
数秒、いや数分悩んだ挙句、アリシアは聞くことを選択した。
「解ったわ、あなたの話を聞こうじゃない。」
「そうですか。ただこの話はアナタにとってとても辛い話になるやもしれん、充分心して聞きなさい。」
「もう覚悟はできてる。」
そう言ってアリシアは、その場に腰を下ろす。そして神官を見上げるその表情には、もはや迷いは無い。全てを受け入れるという覚悟が見て取れた。神官は彼女のその決意の表情を読み取り、力強く頷いた。そしておもむろ話始める。
「あなたは記憶が無く、この世界についても何も解らないとおっしゃいましたな…。ではまず、この世界について話さねばなりますまい。」
神官は、ゆっくりと言葉を選びつつそう言った。アリシアもその言葉に耳を寄せ、深く聞き入る。
神官の話をまとめるとこんな感じだった。
※
この世界「アゼル」はもともと三人の神が創造した。まず、兄神アグニが世界の素を作る。そして弟神ドルマがそのピースを組み合わせ、世界の土台を作った。最後に妹の女神アリーシアが、残ったピースで生命を作ったのです。それが世界の生まれた瞬間でした。そして三神はそれから暫く、そっとアゼルを見守っていました。
だが、愚かな種族が理性を持ち、知恵を持ち、文化を持ち、やがてその手に武器を持った。それが人間といわれる種族だ。自分達の私利私欲の為、人間たちは来る日も来る日も争いを続けた。その中で神への信仰を、そして存在自体を忘れていく。それが兄神アグニには許せなかったのです。
アグニは世界そのものを消してしまおうとする。だが弟神ドルマと女神アリーシアが、それを強く拒んだ。人間というごく少ない種族の為に、全てを消し去るのは2人にとっては理解しがたかったのだ。
そして三神は話し合い、人間に対して一つのルールを作った。女神アリーシアが、人間の中に「魂石」と言われるモノを埋め込み、人間が罪を重ねることでそこに蓄積されるようにしたのだ。そして、戦いの好きな人間に利益があるように、罪を溜めると戦いにおける能力が上がるという風にした。もちろん戦いを好む人間たちは、すぐに罪が溜まり力を高めていきました。
すると人間たちの姿にも変化がおき始める。罪を重ねるごとに、徐々にだが異形のモノの姿になっていった。それが後に言われる「魔」である。その変化は体内に埋め込まれた「魂石」によって様々で、その中に魔剣や魔銃、魔に堕ちた天使等の種類が存在する。姿が変わることによって、より強い力を得るという事に人間たちは気がつき、更なる力を欲し、戦いを、罪を求めた。それが三神の作戦の肝だった。
罪を重ねる先に待っているのは、力を得るというメリットだけではもちろん無い。「魂石」の要領を罪が超えてしまうと、最大の罰が人間たちを襲う。それが「無に還る」事だったのだ。普通人間は死んだ後も「輪廻転生」を繰り返し、新たな命として生まれ変わる。だが、「無に還る」とはその一切を断ち切られ、体を形成するピースそのものが消えてなくなってしまうのです。
やがて、無に還る事を恐れ始める人間たち。いくら強大な力を持ったところで、存在がなくなってしまえば全く意味が無い。それを回避する術、それが神への「祈り」や「懺悔」だった。だから、人々は神を奉り、祈り、懺悔して溜まった罪を減らしていく。
三神の目論見は、見事人間たちの忘れていた信仰心を取り戻し、自分達の存在を知らしめる結果になりました。
第二十六話へ続く…