第3章 「22.森//2」
いよいよ、本作も第三章^^
俺がここまで書き進められたのも、
読んでくれる読者様のおかげですw
今後とも宜しくお願いします。
目の前には森が広がっている。紅蓮の炎が燃え盛り、赤く染められた樹海。気がつくと、彼女はなぜかそこにいた。自分の姿を見ると、先ほどまでと何も変わらず、生まれたままの格好だった。自分は薄暗い地下にいたはずなのに、今は見覚えの無い場所にいる。こんな現象が現実世界で起こりうるはずは無い。これは夢の世界なのだと、彼女はすぐに理解する。
彼女、つまりは黒兵士の隊長が言った「アイツなら…さっき地下の書庫にいたぜ。」その言葉に従い、地下へと足を運んだもう一人のアリシア。実際地下に来たのだが、そこに書庫という部屋は存在していなかった。それでも尚、書庫を探し地下を彷徨っていた途中、急に周りの明かりが消えた。そしてどうしたものかと思案している所に、奇妙な物体が急に襲い掛かってきたのだ。
視界を覆いつくす暗闇のせいで、その姿をハッキリと確認することはできなかった。だが、例えるなら人の形を模した肉の塊というべきか、明らかに人間ではなかったように思える。面妖で異様な雰囲気をかもし出し、奇声を上げ襲い掛かるそいつをアリシアは瞬時に命を奪う。そしてそのまま徐々に意識が薄れ、今に至るといったところだ。
紅い森は、どこまでも果てしなく続いているかのように見えた。ふと上を見上げると、木々の間から覗く空もまた紅一色。この世界の至る所が真紅に染まり、辺り一面は炎に包まれている。
不思議なことに、周りでバチバチと火の粉を散らす紅蓮の炎から、熱いという感覚は感じる事はない。やはりこれは夢の世界。視覚以外の感覚が、ここでは無意味なのだとアリシアはそう思った。
そして彼女が、一歩前に右足を踏み出そうとしたまさにその時、後ろから聞きなれない声が届く。
「アリシア!アリシアァー!」
自分の名前を呼ぶその声は、女性のものだった。気になって振り向くと、そこには黒髪で細身の女性が、必死にこちらに駆けて来る姿が見える。自分に降りかかる火の粉を払うことも無く、息も絶え絶えといった感じだった。年の頃なら40代ぐらいだろうか、その顔に見覚えは無かったが、綺麗な人だという印象を受ける。
やっとの事で女性がアリシアの元にたどり着き、そして急にアリシアの左腕を掴んだ。
「痛い…。」
別に痛みは感じてはいなかったが、掴まれた事を視覚で判断して、反射的に声が漏れてしまった。女性はそのまま息を整える事も無く口を開く。
「お父さんが大変なの!あの人を止められるのは、もうアナタしかいない!!一緒に来て。」
叫ぶようにそう言って、掴んだ腕をぐいぐいと引っ張った。アリシアをどこかへ連れて行こうとしているのだ。しかし、アリシアは全く何のことなのかが解らない。お父さんと言われても誰のことなのか、何故止めなくてはならないのか、自分に一体何ができるのか、全てが解らない。目の前で必死に自分をどこかへ誘おうとする女性に対し、アリシアは困惑し怒りを覚える。そして、掴まれた腕を力いっぱい振りほどいた。
「離してよ!あなたは一体誰なの!?私には何の事なのかさっぱりなんだけど!」
そう言ってアリシアは二歩ほど下がり、女性から少し距離をとった。だが女性はすぐにまたアリシアへと近づき、先ほどと同じく彼女の腕を掴む。どうやらアリシアの言葉を全く聞いていない、そういった感じだった。
「お父さんが大変なの!あの人を止められるのは、もうアナタしかいない!!一緒に来て。」
さっきと同じ言葉を繰り返す女性。それに対し、アリシアは少し気味が悪くなる。女性の声のトーンや、言葉と言葉の間、ちょっとした仕草。そういったものが先ほどと全く同じように感じられたからだ。例えるなら巻き戻し再生のように、同じことが繰り返されているのだ。そして女性は、またアリシアの腕をぐいぐい引っ張った。
目の前で繰り返される光景にアリシアは更に困惑するが、「どうやら自分は彼女に従うしかないんだ。」と思い、引かれる力に身を委ねる事にした。
その途端、思った以上の力で引っ張られ、少し前につんのめる形になってしまう。慌てて体勢を立て直し、女性が進むスピードに歩調を合わせ前へと進む。
そうとう切羽詰った状況なのだろう、女性は駆け足というよりは全速力に近い速さでどんどん森の奥へ進んでいる。もちろん掴んだ腕を離す事はなかった。か細い女性の握力とは思えない程の強い力が、掴まれた腕を通して伝わってきた。「一体何処へ連れて行かれるのだろう…。」心の中で不安を抱きつつ、アリシアはとにかく走る。
そして徐々に彼女の心の中に変化が生まれていく。意味も解らず一心不乱に走っていたはずなのに、今ではその場所へ向わなくてはいけないのだ、という使命感に似た感情が生まれていた。
どれぐらい走ったのだろう。急に大きく開けた場所に出た。アリシアにはそこが目的地なのだとすぐに察する事ができた。それは自分を導く女性の走る速さが遅くなった為である。ようやく掴まれていた腕も開放された。
その広場には無数の異形の者たちがひしめき、中央にはとてつもなく巨大な剣が突き刺さっている。よく観察すると周りの異形の者たちは皆、大剣に対し攻撃を仕掛けているように見える。だが何処を見渡しても、この女性が言う父親らしい人間の姿は無い。
「私たちを守ろうとして、あの人はあんな姿になってしまった…。このままだと無に還ってしまうわ…。だからお願いアリシア、あの人を殺 して…。」
アリシアの横で、同じく広場の無残な光景を見ていた女性が小さくそう言った。もちろん彼女の言う「あの人」が、誰のことを指しているのかは解らない。ただ、「あんな姿」という事は、もはや人の姿はしていないのだという事は解った。しかし目の前で戦いを繰り広げる全ての存在が、もはや人間の姿ではない。全く見当がつかないままだ。そんな状況の中、アリシアは思いついた疑問を彼女に投げかける。
「私は一体何をすればいいの?」
たぶん返事は返ってこないだろうと思った。どうやら隣にいる存在は、先ほどから自分の話は全く聞いていないと思っていたからだ。だが、どうやら状況に合った会話は成立するらしく、答えはすぐに返ってきた。しかし、全く予想もしていなかった言葉だった。
「アリシア!私を殺 しなさい!」
女性は一言だけそう言う。アリシアはすぐにその言葉を理解する事はできず、頭の中で何度も響いた。
第二十三話へつづく…