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     「2.危機襲来」

 それから、どれぐらいの時間が経ったのだろう…。

 部屋中に溢れていた耳障りな警告音も、今は沈黙を決め込み、静寂な時間だけが流れていた。

 

 「ハァハァ・・・」

 

 微かだが荒い息づかいが聞こえる。部屋の中央には、呆然と立ちつくす人影が一つ。力を失った両肩をガクリと落とし、少しうなだれ気味で床の一点を見つめたまま動こうとはしない。


 無数の穴の開いた紅い白衣からは、色白の肌が露わになっていた。そう、その姿は紛れもなく鉛玉の餌食になった女だった。普通の人間なら、まず即死は免れないはずだった。だけど彼女は確実に生きている。それどころか、露出された肌に弾丸を受けた傷跡は…ない。

 

 女の見つめる先には、黒い武装兵の一人がうつ伏せで倒れていた。それが部隊長なのか、一般兵なのかは今では分からない。個々の装備に、さほどの違いがあるわけでもなかった。仮に違いがあったのだとしても、防具の至る所がボロボロに引き裂かれ、相違点を見つけるのが困難な状況だからである。


 女は兵士をじーっと見つめたまま、心ここにあらず。ただ立ちつくし、ただ肩で息をし、ただ一点に視点を合わせている。

 

 未だ室内には、女の発する息づかいだけがあった。他に聞こえる音はない。だが、彼女にだけははっきりと聞こえていた。聞き慣れない女の声だ。女の頭の中でその声は、何度も何度も同じフレーズを繰り返す。


 「アリシア!私を殺しなさい!」「アリシア!私を殺しなさい!」

 「アリシア!私を殺しなさい!」「アリシア!私を殺しなさい!」


 この声の主が誰なのか、そして何故殺さなくてはいけないのか、それは彼女には理解できない。だがその声が繰り返されるたび、胸の奧に締め付けられる様な痛みが広がっていった。

 

 「それが私の名前なの?」

 

 彼女は呟いた。謎の声の主に心当たりはないが、「アリシア」という言葉は何故か聞き覚えがあったからだ。 生を失った兵士から視線をそらすことなく、彼女は更に自分探しに耽る。でもいくら考えたところでそれ以上分かるはずもないし、浮かんだ空論に確信を持つことはできない。徐々に思考回路は枝分かれを繰り返し、絡み合い、本筋を見失っていった。そして意識が現世へと戻っていく。


 女の意識が完全に戻ると、黒い兵士達の悲惨なビジュアルが鮮明に飛び込んできた。ある者は斬りつけられ、ある者は何かに刺された傷がはっきりと見て取れた。そして、女はまた困惑する。

 

 自分は確かに銃で撃たれ倒れ、この部屋にはこの兵士達と自分以外いなかったはず。撃たれた直後から今までの記憶はないが、気がついた時にはこの状況。そう考えると、兵士達の生を奪ったのは自分以外にあり得ないのだ。目の前の現実を、そう簡単に受け入れる事はできないが、否定することもまたできずにいた。

 

 「でもどうやって?」


 その疑問にたどり着くまで、さほど時間はかかならかった。白衣一枚で、武器になるようなモノは何一つ持っていない。たった一人の非力な女が、六人の武装兵を倒すなど至難の業だった。


 この部屋で最初に意識を取り戻してから、一体どれだけ色々なことを考えただろう。自分は誰なのか、ここは何処なのか、一体何が起きているのか…。しかし何一つ答えを導き出せぬまま、時間だけが無情に過ぎていく。


 兵士達の無惨な光景から目をそらし、改めて室内を一通り見渡してみる。そして、ある一点で視線が止まった。二つの筒状の機械、その傍らにモニターの様なものがあった。それはこの機械を操作するためのモニターなのだが、明らかに何かを写し出していた。何故かはわからないが、女はそのモニターが無性に気になった。そしてゆっくりと歩み寄り、画面を見る。


 「あ・・・」

 

 女は不意に声を漏らす。そこに写っているのは、先程ガラス越しに見た自分そっくりな女性の画像。そして、その女性についてのデータがその横に添えられている。「グラスフィー・アリシア」「♀」「17歳」「A型」「角竜の月・3日生まれ」…彼女はそのデータをどんどん読み進めていった。そして、あるキーワードで視線が止まる。


 そこにはこう書かれていた、「D・TYPE:魔剣」と…。


 魔剣とは一体なんなのか、疑問がまた一つ増えた事により不安が大きくなる。だが逆に、自分の名前が分かったことにより、ほんの少しの安堵感も同時に覚えていた。 


 「私の名前がアリシア…」


 軽く目を閉じ、そう呟いてみる。いまいちしっくり来ないが、呟くことでそれが自分の名前なんだと心の奥に刷り込んでいくのだ。少しの安堵を求め、彼女は何度も心の中で呟く。


 アリシア…アリシア…アリシア…アリシア…と。


名前を繰り返す度、ゆっくりと、そして確実に安堵が肥大していった。同時に、自分がアリシアなんだという実感が徐々に湧いてくる。心の中に一筋の光が差し込む様な、そんな不思議な感覚が体中を満たしていくようだ。


 やがて数分の時が過ぎた。全ての不安を打ち消すことはできなかったが、今の彼女には十分な程の安らぎを得ていた。そして軽く目を開ける。目の前もモニターに写る女の画像も、今ではそれが自分なのだと思えるようになっていた。

 

 「よし!」

 

 パンッパンッと二度、両手で頬を叩き気合いを入れた。これから先、何が待っているのか分からない。それどころか過去を失っている自分に、未来が来るのかすらも定かではない。それでも先に進むという決心が痛みとなり、両頬を通じて体中に活力をみなぎらせていく。

 

 サッと振り返り、先程黒兵士達が入って来た扉に目をやる。開いたままの扉の向こうには、長い廊下が続いていることが見て取れた。どうやらこの部屋は、廊下の突き当たりに位置しているのだろう。一歩、また一歩と軽い足取りで、扉へと歩を進めた。


 その途中、着ていた穴だらけの白衣をボタンも外さず、剥ぎ取るように勢いよく脱ぎ捨てる。女性特有の、見事な曲線を描く裸体が露わになった。そして軽くしゃがみ、先程とは別の研究者が着ている白衣を素早く脱がせる。幸いボタンは留まっていなかったので、容易に脱がせることができたのだ。


 歩きながら両腕を通し、ボタンを上から順番に留めた。サイズは先程のよりは少し小さ目になってしまったが、恥ずかしさは免れていたので良しとする。研究員の隣には、黒兵士の持っていた大きな盾と銃が床に並んでいるのが見えた。だが、それを持つことはしないで扉へと向かう。持って行っても意味がないという、女の直感である。


 数歩で扉へたどり着き、やがて前へと伸びる廊下の全貌が明らかになる。今居た部屋と同じく、壁の色は白。50メートルはあるだろうか、その先は突き当たりになっているようだ。ここからではよくわからないが、たぶんT字路になっているのだろう。壁に設置された案内板には、右と左に伸びる矢印が書かれ、その横に何やら小さく文字が書いてあるのが見えた。


 現在地からT字路までの間に、左右3つづつ扉がある。それぞれの扉の横には、その部屋の名前が書かれているであろうプレート状のモノが貼られていた。


 一歩前へと足を踏み出す。右足が廊下の床へと触れ、ひやりとした感覚が足裏から伝わってきた。そしてまた一歩、また一歩と徐々に歩く速度を上げていく。自然と体勢が低くなっていることに、彼女自身気づいてはいないだろう。無意識に壁際に体を寄せ、歩くと言うよりは何かに忍び寄るといった感じだった。

 

 やがて、一番手前にあった部屋の辺りでピタリと足を止める。

 

 右と左の扉は真向かいに位置していた。両方の扉のプレートを交互に見てみると、右の扉には「薬品庫」左の扉には「モニタールーム」と書かれている。当然双方とも中が気になった。特に左の部屋、モニタールームに興味をそそられていく。「もしかして、あの部屋で何があったのか分かるかもしれない…」と、彼女は誰に言うでもなくそう呟いた。

 

 早速中に入ろうと、プレートの下に設置されていた扉の開閉ボタンに手をのばした。だが、すぐにそれをやめる。頭に浮かんだ推理が、心の中にためらいを生んだからだ。ひょっとして、この扉の向こうに誰かが待ち構えているかもしれない。その誰かは、モニター越しにあの部屋にいた私を監視していたはずだし、今もこの扉を開けようとしている姿を見ているはずだ。そう考えると、急に怖くなってきた。恐怖が津波の様に押し寄せてくる感覚が、女の全身に襲いかかる。ボタンへと伸びた左手が微かに震えているのが自分でもハッキリわかった。


 次にどんな行動を取ればいいのか分からぬまま、まるで全身が凍り付いたかのように動けない。何をしたところで、モニター越しに監視されているのだ。私を襲った黒兵士達も、この中にいる誰かが呼んだのかもしれない。そして、第二の兵士達に招集をかける事だって可能なはずだ。ここを離れ、別の場所に逃げたところで自分の行動は全て把握される。故に、逃げ場は無い。

 

 様々な妄想が所狭しと重なり合い、頭の中が真っ黒になる。思考回路は容量を大きく超え、今にもオーバーヒートしてしまいそうだった。


 パニック寸前の状態で、彼女がようやく取った行動。それは、天井を確認するために顔を上げるという至って単純な動きだった。扉の真上にあたる位置に、半球状の黒い物体が設置されている。それが監視用のカメラであることは間違いないだろう。頭に浮かんだ妄想が、現実になった瞬間、女は絶望した。


 そして更に、女を絶望の底へと突き落とす現実が迫ってきた。廊下の先、たぶんT字路になっているだろうその先から複数の足音が聞こえてきたのだ。その音はどんどんこちらに近づいてくる。「兵士が…来る…」女はそう思った。そして、この部屋には誰かが居ると確信する。そいつが兵士を呼んだと思うのが、今の状況下では当然のことだ。


 女の視線は、確実に廊下の先を捉えている。「もう、何をすることもできない。」と、迫り来る恐怖の音に覚悟を決めたまさにその時、彼女が最も驚くべき事態が起こった。モニタールームの扉が音もなく開いたのだ。慌てて部屋の中に視線を奪われ、更にそこに居た人物に心の全てを奪われる。

 

 「なんで?」

 

 目の前の予想もしなかった光景に、思わず彼女はそう口走っていた。



第三話へ続く…




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