「19.魔剣来たりて」
2人の視線の先には壁がある。そしてその上部には、肉の塊が出てきたのと同じような通風孔があった。格子状の蓋が外れ、四角い穴がぽっかりと開いている状態だ。
先ほどの軽快な音は、格子状の蓋が床に落下して打ちつけられた音だろう。2人はそう思い、更なる恐怖心が芽生えた。蓋が外れているということは、それを外した何かが通風孔の中に潜んでいるという事を表しているのだ。もしかしたら肉の塊がもう一体いるのかもしれないのだから。
意識だけを後ろの肉の塊に集中させつつ、目の前の通風孔を見据える。確かにそこには何かがいるようだ。黒い影が小刻みに動いているようにも見える。
「イダイ…イダイヨ…」
相変わらず後ろの肉の塊は低くうめいている。幸いなことに、今のところ攻撃を仕掛けてくる様子は無かった。
もし、もう一方の通風孔に潜む存在が同じ肉の塊だったとして戦いになったなら、おそらく勝ち目は無いだろう。クレイの先ほどの銃撃があまり効いてはいという事実と、チュリアは回復専門なので攻撃の術は持っていないという要素がその答えを導き出す。
いっその事逃げ出すという作戦ももちろんあるが、この闇の中で旨く逃げ切る自身は無かった。それにこの部屋を出たところで、違う肉の塊が待ち構えているかもしれないのだ。今の状況下では、逃げる事が得策だとはとても言いがたい。
もう一方で潜む影は、なかなか姿を現そうとはしなかった。「こういう時に隊長がいてくれたら…」チュリアは漠然とそう思った。ガーランド隊長なら今のような危機的状況でも、なんとか切り抜けられるような指示を瞬時に判断し出してくれるはず。その指示を出す司令塔がいない今、全ては自分たちの戦いのセンスにかかっている。その事実がチュリアとクレイの不安と緊張を煽るのだ。
「チュリアさん…」
クレイは少し震えた声色で、部隊の先輩であるチュリアに指示を仰ぐ。彼女にしてみたら、自分は攻撃の術を持っていないか弱い女なのだから、攻撃をしかけるクレイに決めてもらいたいという思いが強かった。言わば、部隊の連携は見事に崩れていた。その事実を2人が悟ったことで、大きな隙が生まれる。
「ぐっ!!」
チュリアが悲痛の声を上げた。その異変に気づき、クレイはすぐに彼女の方に視線を送る。刹那、クレイ自身も「ぐぁ…」と、悲痛の声を上げてしまう。腹部に熱く痺れるような感覚が走ったからだ。見ると、自分の脇腹辺りに何かが突き刺さっている。視線を巡らせるとチュリアも同じような状況だった。彼女のお腹の辺りを、何かが貫通しているように見える。クレイがその何かの元を必死に目で辿っていくと、それは肉の塊から伸びていた。
「これは、魔剣の力!?」クレイも、そしてチュリアもそう思ったに違いない。クレイは魔銃であり、チュリアは魔に堕ちた天使なのだ。その魔の存在に傷を付けられるのも、また魔の力のみである。そして、この突き刺すという攻撃方法、それは魔剣以外に考えられないのだ。
「もしかして…こいつアリシアなの!?それとも……セシ…リア??」
腹部の痛みを必死に堪えながら、チュリアは誰に言うでもなく漏らした。同時に腹部に突き刺さっていた物が一気に引き抜かれた。クレイのほうも同時に引き抜かれたらしく、「うぅ…。」「ぐわっ…。」と、2人同時に嗚咽を漏らす。
「ソウ…ワタシ…ハ……ア…リシ…ア…マケン…アリシ…ア…ヨ…。」
片言の言葉使いで肉の塊は言う。自分は魔剣アリシアなのだと。2人がその言葉を理解した時、もはや勝ち目が無いことを悟った。クレイの魔銃の攻撃が殆ど通じず、ましてや今みたいに触手のような魔剣の攻撃を繰り出してくる。力の差は歴然としていた。
「ワタシノイタミ…オマエラニモ…オシエテ…アゲル…。」
そう言ったかと思うと、肉の塊は更に触手を繰り出してきた。二人には腹部の痛みに耐えるのが精一杯で、避けることもできず、覚悟を決める事がやっとだ。
「危ないっ!」
不意に後ろから声が掛かったかと思うと、何者かが2人の間をすり抜け、肉の塊と2人の間に立ち塞がる体勢をとる。そして、何かが空を切る鋭い音が聞こえた。
ザシュン!!
「ギャァアアァアアアアァ!!!」
肉の塊が、また絶叫する。2人には、あまりに突然すぎて一体何が起きたのか理解できなかった。ただ、命は救われたという事だけは理解できる。助けに入った人影は、2人のほうに顔を向けたようだった。だが、暗くてそれが誰なのかは解らない。
「だ…大丈夫ですかぁ?」
それは女の声だった。そして、2人にはその声に効き覚えがあるような感覚を覚える。でも、誰の声だったのか思い出せないでいた。
「助けてくれた事に礼を言うわ。ありがとう。
「もうこれ以上犠牲を出したくないんです。だから2人は逃げてください。」
チュリアの言葉を全く聞こうともしないといった感じで、女は早口で2人をまくし立てる。その言葉の内容に、チュリアも、そしてクレイも少し戸惑いを見せた。いくら自分達を助けてくれた強い力の持ち主とはいえ、女一人を残して逃げることに抵抗を感じたのだ。
「悪いけどその指示は受けられないわ。」
「力不足かもしれないけど、俺達も加勢させて貰うよ。」
「そうですか…わかりました。」
女はすぐに2人の意見を飲んだ。いや、ただ単に話を殆ど聞かず返事をしているといった感じだろうか。
目の前の肉の塊は「イダイ…イダイ…」と叫びなからのた打ち回っている感じだった。またいつ攻撃を仕掛けてくるか解らない。女はすぐに目の前の肉の塊を見据え、戦闘の体勢を整える。2人から見て、彼女のそれは戦闘に慣れた者のソレだった。
「あなた名前は何て言うの?誰の部隊の所属なのかしら?どうしてここにいるの?」
チュリアが女に対し質問を浴びせた。こういった状況であっても、彼女は気になったことは解決しないと絶対に気がすまない性格なのだ。ただ、答えが返ってくるとは思ってはいない。その時はまた後で改めて聞くつもりだった。しかし、女は素直に答える。
「私ですか?誰の部隊といわれても解りません。ただ、名前はアリシアっていいます。さっきまで通風孔から見ていたんだけど、2人が襲われていたので、つい出てきちゃって…」
そう早口で答える。それを聞いて、二人に芽生えていた安心感はいともたやすく崩れていった。先ほどこの部屋で戦い、見事に惨敗の苦汁を飲まされた相手が目の前にいる。ただ、あの時とはなにか様子が違うとチュリアは直感した。
第二十話へ続く…