「18.謎の物体」
カタン…カタン…カタン…
トクントクン…トクントクン…
通風孔から聞こえてくる奇怪な音とは別に、つないだ手からお互いの早まる生命の鼓動が伝わってくる。クレイはゴクリと唾を飲み込んだ。
何者かが迫る音はどんどん音量を増していき、そしてやがて聞こえなくなる。微かに聞こえるのはお互いの鼓動と、少し乱れた息遣い。チュリアは緊張のあまり、両肩で息をしている状態のようだ。大嫌いな闇の中、得体も知れない何かが迫っているのだ。この状況で冷静で居られるはずはない。
チュリアは繋いだ手を更に強く握った。それに答えるかのように、クレイも彼女の手を強く握り返す。そこには「俺が必ず守る」という強い意志が込められていた。だが、平常心を失いつつある彼女には、その事は半分も伝わってはいないだろう。
こう着状態の中、2人はただただ通風孔を見据える。時間の経過とともに目が慣れてきたのだろう、今ではうっすらと辺りを確認することが出来るようになっていた。確かに音の聞こえる場所には、通風孔らしきものがあるのがわかる。格子状の蓋の様なもので閉じられているように見えた。
更に目が闇に慣れてくる。通風孔らしきものが、それが確実に通風孔であると確認できるようになった頃、
「!!」
チュリアは音にならない驚愕の声を上げた。クレイも同じ感情になったに違いない。硬直する身体が、電気が走ったかのようにビクリと波打つ。
2人が見据える先、格子状の蓋の更に奥で小さな点が光ったように見えたからだ。それはまるで、茂みの中から獲物を狙う獣の鋭い眼光のようだった。間違いなく何かがそこにいる。2人はそう確信したのと同時に、戦いになるという覚悟を心に決めた。その刹那、
ガタンガタン…ガタガタガタ…
通風孔に潜む何かが、格子状の蓋を外そうとしているのだろうか。鉄が何かにぶつかり、こすれる音が部屋に響く。そしてまた光る目が姿を現した。しかも今度は、光は消えることなく2人に向けられたまま。数秒に一度光が一瞬だけ消える事もあったが、たぶんそれは瞬きをしているせいなのだろう。
ガタガタガタガタ……
相変わらず、部屋には蓋を必死に開けようと試行錯誤する音が響く。あるいはその音は、2人を威嚇しているだけなのかもしれない。何度も何度もガタガタと小うるさい音が繰り返される。
クレイは繋いでいた手を解いた。そしてチュリアの一歩前に踏み出し、彼女をかばう形で戦闘の構えを取った。魔の力を持った片方の手を通風孔へ向ける。すると今までは普通に人間のそれだったものが、みるみるうちに魔銃へと姿を変えていった。どうやら魔の力を自分で操れるようだ。
そして時は来た。まるでクレイの準備が終わるのを待っていたかのように、ソレは二人の前に姿を現したのだ。
ガタガタガタカタ…カランカラーン……ブチャリ
格子状の蓋が外れ床に落下し金属音が部屋に響く。同時に謎の物体も床に落下したらしく、嫌な印象を受ける音が聞こえた。肉を潰す様な湿り気のある鈍い音。確実に心地のいい効果音ではない。
「うぉおおぉおぉおぉおぉお!!!」
ズバババババババ…
謎の物体の姿を確認し、クレイは雄々しく咆哮し魔力を乱射した。闇の中に閉じ込められ、思いもよらない訪問者が現れた事への恐怖心が、その原動力になっているのだろう。先に殺らなければ自分たちが殺られる。兵士としての六感がそう告げているのだ。
確かな手ごたえが、身体に伝わってくる。それと同時に、謎の物体が悲痛な叫び声をあげた。
「ぎゃあああぁああぁあああ!!!!!」
耳に張り付くような謎の物体の声。それは明らかに女性特有の音域だった。その声を聞き、クレイはとっさに攻撃を中止する。「もしかすると人間の女性を撃ってしまったのではないか。」「もしそうだとしたら、自分はとんでもないことをしてしまった。」「戦いの中で得た罪こそ名誉ある事であって、殺人で得る罪ほど醜く不名誉な事はない。」謎の声が収まるまでの数秒間、彼の中で様々な考えが巡り巡った。
自分の手が震えているのが解るほど、クレイは動揺している。その横でチュリアはじっと謎の物体を見据えていた。それは、人間がうずくまっている様にも見える。
だがチュリアは確信していた。謎の物体が、人間ではないということに。なぜなら、その大きさが人のそれを遥かに凌駕していたからだ。うずくまっている状態にも見えるが、その高さは2メートルを超え、幅も同じぐらいあるように見えた。簡単に例えるなら、肉の塊が置いてある、そういった感じだ。
普通、通風孔のダクトは掃除が出来るように、人が一人這いつくばって通れるぐらいの広さはある。だが、目の前の肉の塊は確実にその許容範囲を超えている。どういう仕組みでダクトをくぐってきたのか、チュリアは気になり考えたが一向に答えは見つからない。
だが、それ以上考えを巡らせている余裕はなさそうだった。どう見ても目の前の物体が自分たちに友好的には見えない。誰かが自分たちを始末する為に送り込んだ、そう考えるのがこの状況下では普通だ。もちろんチュリアもそう思ったらしく、呆然と隣で立ち尽くすクレイに声をかける。
「クレイ!そこで突っ立ってないで、早く次の攻撃をお願い。大丈夫アイツは人間じゃないわ。」
「あ…はい!」
チュリアの一喝で我に返ったクレイは、肉の塊を一度しっかりと見据えた。そしてその大きさから、確かに人間ではないと判断したのだろう、もう一度肉の塊に銃口を向けた。その刹那、肉の塊がうめく様な声を発する。
「イダイ…イタイヨ…ガラダジュウガ…イダイ…。」
先ほどの高いトーンとは打って変わって、限りなく低い腹に響くような声。先ほどのクレイの銃撃が効いているのだろう。だが、致命傷とまではいかなかったようだ。ヌチャリヌチャリと音を立て、肉の塊はうごめき始めた。
その声に、その湿り気を帯びた音に気を奪われたのか、クレイは銃口を向けたまま立ち尽くしている。それに気がついたチュリアは再びクレイに対し叫んだ。
「いいから早く撃ちなさい!!!」
カシャーーーーン…カランカランカラン……
不意の出来事だった。チュリアが叫ぶのと同時に、背後から軽快な音が聞こえたのだ。
「今度は何!?」
「なんだ!!?」
2人はそう叫びつつ、とっさに音のした方に振り向いた。
第十九話へつづく…