「17.闇の中で、」
「おい、お前ら大丈夫か!?」
二人の耳に突き刺さる大きな声、その主はガーランド隊長だった。おそらくは隊長やギーハが居る場所も停電になったのだろう。それで、2人を心配してくれて通信をよこしたのだ。その声にすぐに反応を見せたのはクレイだった。自分が無事であることを、いち早く伝えたかったのだろう。
「隊長ぉ!オレとチュリアさんなら大丈夫です。」
「な!クレイ…お前、もうそんなに元気になったのかよ?やっぱり、チュリアの力はすげ〜な。」
元気に応えるクレイの声に、ガーランドは少し戸惑ったがすぐに普段の口調に戻った。今では通信機の向こうでガッハッハと大声で笑っているのが聞こえる。その声の大きさに、チュリアとクレイは思わず両手を耳の位置に持っていった。だが、防具越しに抑えたところで、隊長の笑い声を遮断できるはずもない。諦めて次の言葉を待つことにした。
「そっちも闇の世界だろう?俺たちのところも一面闇の海でなぁ〜、ルキアの所にまだたどり着けてないんだよ。なんでこんな時に停電なんだ?」
その言葉に、すかさず反応したのはチュリアだった。
「なんでこんな時にって、この停電は私たちの部隊が計画的に起こしたんじゃないの?」
「ん?…俺はそんな計画、聞いたことも無いぞ。それに今回の部隊の中には技術屋達はいなかったと思うが?」
その言葉でチュリアの動揺は一気に加速する。彼女は今の今まで、この停電は自分たちの計画の一部だと思っていたのだ。だから嫌いな闇も、少しは我慢することが出来た。でも実際は計画などはまったく関係は無く、自分たちは誰かの計画に乗せられている。そう思うと、クレイの存在でなんとか抑え付けていられた恐怖が徐々に込み上げてくるのがハッキリと解った。
「じゃ…じゃあ、私たちは…これからどうすれば……いいの?」
チュリアは増殖していく恐怖に負けじと、一言一言をかみ締めつつ隊長に次の行動を仰いだ。少しでも気を抜けば泣き出してしまいそうなぐらい心の中は掻き乱れ、動揺し、そして潰れてしまいそうな重圧を感じる。
「とりあえずあれだ、原因が解るまでそこを動くな。今そっちに……」
そこまで言って、急に通信が途切れる。小うるさい隊長の声の変わりにザーというノイズ音だけが2人の耳に届いていた。
「ちょ…ちょっと!隊長!!どうしたの?返事してよ!!!」
チュリアはそう叫ぶが、それ以上隊長の声が返ってくる事は無い。それでも彼女は、半分パニック状態で何度も何度も隊長を呼ぶ。通信機が壊れたのではないかと、何度か防具のスピーカー部分を叩き、涙声で叫び続けた。
その声を頼りにクレイは彼女の元に歩み寄り、そして思いっきりの力で両肩をしっかりと握った。そしてチュリアの声に負けないぐらいの大きな声で叫んだ。
「チュリアさんしっかりしてください!大丈夫、何があっても今度は俺が守って見せますよ!!」
その言葉で少し落ち着いたのだろうか、チュリアは叫ぶのをやめ大きなため息を一つついた。そして徐々に乱れた呼吸を整えていき、自分の左肩に置かれたクレイの右手に手を重ねる。
「ごめん。もう大丈夫よ。あなたじゃ全く頼りないけど、何があっても守ってね。」
そう言って、重ねた手をポンポンと二度叩き、よろしくという合図を送った。それがクレイには相当嬉しかったのだろう、とびきり元気な声で一言「はい!」と応えた。
そのまま数秒が過ぎ、チュリアが軽く笑いながら言った。
「ちょっと、いつまで私に触れているつもり?いい加減セクハラで上層部に申し立てるわよ。」
「あ!!す…すみません…。」
そう言ってクレイは、急いでチュリアの両肩から手を外した。そしてそのまま手持ち無沙汰になった両手が空を切る。その刹那、
「じゃぁ、今はこうしてて…」
チュリアが空で泳ぐクレイの右手を捕らえ、そして強く握った。まだ不安を完全に拭い去ることは出来ないが、こうすることで少しは心が安らぐようだ。逆にクレイの心中は穏やかではない。深い闇の中、クレイの頭の中はチュリアの事でいっぱいになっていった。
「とりあえず座りましょうか?」
そう聞かれ、クレイの身体は一瞬ビクンと波打つ。彼の中の妄想はどんどんエスカレートしていたようで、急に声を掛けられ驚いてしまったのだ。
「ちょっと〜本当に大丈夫なの?」
「だだだだ…大丈夫ですよ…えぇ〜大丈夫です。あそこに座りましょう。」
クレイは動揺をあらわにして答えつつ、目的の場所を空いたほうの手で指差した。だが、この闇の中でそれはチュリアには全く見えてはいないことに、彼自身気がついてはいない。
チュリアの繋がれた手を引き、彼女を目的の場所へと誘う。その途中後ろの方から聞きなれない音が聞こえてくるのに気がついた。
カタン…カタン…
2人の身体は瞬時に硬直する。その音は、徐々に徐々に大きくなってくるように思えた。ゆっくりと振り向き、音のする場所を探した。部屋の右奥、天井の少し下、たぶん通風孔があるのだろう、そこから奇妙な音が聞こえてきているようだ。
カタン…カタン…カタン…
何かが迫ってきているという恐怖に怯えるかのように、チュリアはクレイの手をぎゅっと握り締めた。
第十八話へつづく…