午後の考察
夏の午後は暑い。
太陽が照る中、住宅街には必死になって自転車を漕いでいる男がいる。後ろにはちょこんと可愛らしい女を乗せて。
このままどこまでも行ける気がしていた。しかし、僕の運動不足はよほどのものだったらしい。自動販売機の前に自転車を止めた。
「白野も飲むだろう。どれにする?」
「いいんですか?じゃあ、あれにします」
2人分の飲み物を買い、日陰まで避難する。
ここで1つ考察してみる。なぜ白野は不登校になったのだろう。見てくれはかなりいいのだ。人と話すのも苦手には見えない。学校で上手くやっていけないとも思えないが。
「私のこと見つめて、楽しいですか?私は変に緊張しちゃいます」僕は思わず目を逸らした。白野を無意識に見つめていた。
「特に意味はないよ」
「納得いきませんね。私も達科さん見つめちゃいますよ?」とこちらを見る。まずい、これだと、なんとなく意識してしまう。飲み物を飲む動作でさえぎこちなくなってしまう。
「見つめるのやめてくれよ。謝るからさ」
「駄目です。これも特訓のメニューになりました」と笑う。こりゃ負けだ。勝ち目がないや。
しばらく見つめられていた。僕の顔に新しい穴はあいていないだろうか。
ぽつ、ぽつと細かな水滴が腕に落ちる。いつの間にか暗い色の雲が太陽をすっかり隠してしまっていた。
「雨、降りますよね」
「ああ。特訓は中止か?それなら家まで送るよ」
「そうですね、お願いします。でも行き先は達科さんの部屋でいいですよ」
「どういうことだ?」
「近いんですよ。歩いて通うくらいには」
「そうか」それなら家まで送ってもいいんじゃないか。とは思ったが彼女がそれでいいと言っているのだ。これ以上聞くのはよそう。
僕らは再び2人乗りで進む。少しずつ雨の勢いが強くなるのを感じながら。
しかし、アパートの前に着く頃には雨は止んでいた。上空には未だ雨雲が残っているが。
「今日はお疲れ様でした。達科さん、また明日」白野はぺこりと頭をさげる。
「ああ、お疲れ」
白野と別れ、あることに気がつく。肉体的な疲労はあるのだが、精神的には全く疲れがないのだ。相手が白野だからだろうか。それとも、そういうものなのか。友達とかできたことないからわからないや。
夜、寝る前にしていた妄想が、白野の「また明日」を脳内再生する作業に変わったのは、特訓が上手くいっている証拠だろうか。
斯くして『社会復帰』を目指す特訓の記念すべき1日目が終了した。白野という女の子を相手に、これだけ話せるならば、初日にしてはかなり上出来だったのではないだろうか。