おやすみ、また明日
白野とのファーストコンタクトから2時間後、昼食をとり部屋の掃除を始めた。
彼女は明日、ここに来るのだ。今思えば同年代の人物を部屋に上げるのは初めてだ。しかも女の子とか緊張するなあ。
でも少しワクワクしていた。僕だってそれなりに思うところはあるのだ。
落ち着け、まだ入るなんて決まってないだろ。浮かれているのが自分でもわかった。
「それでもさ」
この夏、まだまだ何かがあるような気がしてならない。すでに1つ、非日常を覗いてしまったのだから。
部屋を掃除していると『タンドルの恋愛』という題の本を見つけた。小学5年の冬休み前に買った本だ。
内容は、主人公タンドルが恋人に貢ぐために強盗を働く。強盗先は恋人の家系であった。被害は大きく、恋人一家は心中をする。恋人は意識不明になり絶望したタンドルが自殺する。タンドルが死んだその日に恋人は目を覚まし、家族のいないタンドルの遺品を受け取る。その遺品の中に盗まれた金品を見つけ、恋人はタンドルの本性を知る。というものだ。
後味が悪く、誰も救われないこの話をとても嫌いだった。でも、何かの教訓になるのではと思ってずっと持っているのだ。
あらかたの掃除を終わらせた。日は沈みかけ、夕飯の支度を始めた頃、本日2人目の客が来た。
ドンドンとドアを叩く音が聞こえる。
「今行きます」ドアの先にいたのは担任の三嶋だった。
「よう、達科。元気そうじゃねえか」怪訝そうな顔をしている。無理もない。連絡を入れてないのだし、僕の様子を知る者も教室にはいないのだから。
「心配かけてすみません。連絡するのを忘れていました。しばらく学校は休みます」正直な気持ちで謝った。三嶋もわざわざ時間を割いてここまで来たのだ。それなりに生徒想いなのだろう。
「まあ無事ならいいけどよ。ウチのクラスじゃイジメなんかないと思うがよ、何かあったら言えよ」と残して去った。
夕飯をとり、風呂に入った。僕は長風呂が大好きだ。湯に浸かりながら色々と妄想するのが楽しくて仕方ない。
冷房を効かせ、冷蔵庫から缶ビールを取り出す。こういう日くらい飲んでもいいだろう。
ほどほどに酔いが回ったので部屋の明かりを消してベッドに潜り込んでみる。
寝る前はいつも、目を閉じて妄想する。実際に見たことはないのだけれど、とても美しい風景が見えるのだ。このイメージはある意味『正しい夏』のそれに近い。見たことはないものだからこそ、想像で生み出すそれは理想に近いのだ。
そして僕は眠りについた。理想の夏を想い浮かべて。