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呆気ない初戦闘

「う~ん……」


 閉じていた目に微かに差さる陽の光に、俺はたまらず目を開けた。

 体中が痛い。慣れないソファの上で寝たからだろうか。

 俺が寝ていたソファは、図書館の入口近くにある、本来なら来客用に設置された大きめのソファだ。形は丸を描いていて、その中心には月宮館長が館長になる前から植えられているというこの図書館のトレードマークでもある大木がある。

 目覚めてからしばらく横たわってぼうっとしていた俺はゆっくり体を起こすと、周囲に目を配ってみた。


「まだ誰も起きてないのかな」


 朝の図書館は静かな空気に包まれていた。

 右手にある大きい窓ガラスから覗ける異世界の森は、すべての植物に潤いがあって、素直に美しいと感じてしまう。

 でもそれが逆に、今起きていることが現実であるというのを訴えかけてきているようでもあった。


「よいしょ……っと」


 俺はソファから降りる。

 今は何時くらいだろうか。

 この図書館には当然時計があったが、それはこっちの世界へと来たとたん機能しなくなってしまっていた。

 それはスマホの時刻表示も同じだった。


「とりあえず外に出るか」


 ソファから降りた俺は、一旦外に出てみることにした。

 図書館の外に出ると、やはり昨日と変わらない森が視界に広がっていた。

 両手を横に広げ、肺いっぱいに空気を吸い込んでみる。

 空気がおいしい。

 すると、


「キュゥゥゥ」


 そんな森の奥から、体長50センチ位の大きなリスのような生物が姿を現した。

 姿かたちはリスにそっくりだが、目つきが鋭かったり口から牙が見え隠れしたりしているため、多少凶暴そうに感じる。

 俺はそれを見て思った。

 ……もしかして、あれがモンスターなのか?


「キュゥ……!」


 リスは俺の姿を見つけると、怯えたような動きを見せた。

 身を縮こまらせ、こちらの様子をしきりに伺っている。

 もしこの生き物がモンスターならば、俺がこれから幾度も相手にしていかなければならない生き物となる。

 ……どうやら見た目ほど凶暴ではないようだし、このリスで一度戦いというものに触れてみるのも悪くない。


「…………」


 俺は改めてリスを視界の中心に入れる。

 すると、俺の視界に昨日見たような電子的文字が現れた。


『ターゲット確認。戦闘モードへ移行します』


 同時に、視界に複数のアイコンと二つのバーが出現した。

 バーの方はなんとなく分かる。赤と紫で上下に分かれていて、赤い方には「HP」と、そして紫の方には「MP」と表示がある。

 それ以外は何やら星型のような黄色いアイコンや、青く彩られたフラスコの形をしたアイコン、そして、緑・赤・白の見開かれた本の形取ったアイコンがあった。

 それらアイコンの上には、「Skill」「Item」「Magic」「Craft」「Sorcerl」と、文字が浮かび上がっている。

 これが示す意味とは……


「やってみるが早いか」


 そう決心し、「Magic」と上に浮かんでいる緑の本アイコンに触れてみる。

 すると視界に、横長の長方形ウィンドウが現れ、そこには何かの名前と思われる単語が縦に5つほど表示されていた。

 この中からどれかを選ぶのだろうか?

 疑心暗鬼のままに並んだ5項目のうち一つ、「ウィンディル」という単語を選択してみる。


『ウィンディル 発動』


 すると再び電子文字が現れたかと思えば、怯えるリスの頭上に小さな渦巻きのようなものが発生し、それはリスに襲いかかる。

 ズシャァッ!

 うわ、結構エグく切り裂いたな。

 渦巻きは形を変えてリスを切り付けたのだ。

 リスの頭上には俺の視界にもある赤いバーが浮かんでおり、渦巻きに切りつけられた瞬間、そのバーが一気にごっそりと削れた。

 というか一撃で削りきった。


「キュゥゥゥァァァァ」


 リスは仰け反った姿勢で奇声を上げ、一瞬だけ静止する。

 そして次の瞬間、まるで粒子の泡が弾けるようにしてリスの身体は消え去った。

 倒した……のか?


『サザールリス を 倒しました』


 再び文字が現れた。

 どう見ても、今のリスを倒したことを伝える文である。


「何か呆気ないな」


 今ので俺は初戦闘を終えてしまったのか。

 ただ視界に現れた選択肢を選んでいただけなのに。

 そして恐らくだが、今俺が使った『ウィンディル』は魔法の一種だ。

 ウィンディルがあった緑の本アイコンには「Magic」の文字があり、特に間違いなければそれは魔法という意味を持つ。

 それにしても、レベル1の俺が覚えている魔法ということは威力もたかがしれているようなものだと思ったが、モンスターを一撃で倒してしまうほどの威力を持っていた。

 これには色々な可能性が考えられたが、とりあえず今はもう少し奥に進んでみよう。

 ただしこの図書館にはすぐ戻って来れる範囲で……というか、視界に常に入れ続けながら回るとしよう。


 それから俺は周囲を少し歩き回り、最初に倒したサザールリス以外のモンスターと対峙した。

 灰色の毛並みが特徴的なオオカミっぽいモンスター、サザールウルフ。

 割と好戦的な子グマ的なモンスター、サザールベア。

 回った時間は感覚で言っておおよそ2、30分といったところだが、それだけでも3種類のモンスターたちと出くわしたことになる。

 そしてこれらの戦闘で分かったことがいくつかある。

 それぞれのアイコンの意味だ。


 星型の黄色いアイコンには覚えたスキルが表示されていた。

 昨日サリィに教えてもらったステータスアイがここにあったため確信した。

 「Magic」同様、スキルの名前に触れることでそれが発動する仕組みになっている。


 青いフラスコアイコンには現在所持しているアイテムが表示されるようだ。

 俺が所有権を握るすべてのアイテムが表示されているらしくて、昨日サリィから送られてきた食料の名前もすべて載っていた。

 ちなみにこれもアイテムの名前に触れることができ、触れると何処からともなくそのアイテムが出現した。


 各色の本アイコンについては、「Magic」は魔法、「Spell」は魔術、「Sorcerl」は魔導を表しているようだった。

 魔法・魔術・魔導を見分ける明確な要素は現在無いが、それぞれの言葉の語源を考えるとおおよその察しが付く。

 「Magic」はそのままだが、「Spell」は術という意味を持っているし、「Sorcerl」は恐らく魔道士の意味を持つ「Sorcerer」と文字列が非常に似ているため、魔導ではないかと予想している。

 ちなみに「Spell」と「Sorcerl」は現在、それぞれ2つずつ攻撃として使えるものがあったので使ってみたが、やはりどちらも対象にしたモンスターを一撃で葬ってしまう威力であることが確認された。


 そして最後に驚いたことが一つ。

 「MP」という概念がある以上、「Magic」「Spell」「Sorcerl」のどれかを使えば自ずとMPは減少していくものかと思っていたが、俺のMPバーは一向に減る気配がなかった。

 自然回復で戻るでもなく、まったく減った感じがしないのだ。

 これにもある程度心当たりはあって、俺の職紙にも記されていたが、恐らく俺の初期MP値が高すぎることに原因があるのだろうと思う。



 などと色々あれこれ考えながら回っていると、図書館の中で人影が動く姿が見えた。

 多分図書館員の誰かが起きてきたのだろう。

 図書館の中に戻ってみると、動いていた人影の正体が俺に話しかけてきた。


「あ……響也くんか。誰かと思ってちょっとびっくりしちゃったよ」

「桐谷さん。おはようございます」


 人影の正体は、図書館員の桐谷さんだった。

 物腰柔らかな優しい中年男性で、おっとりとした話し方が特徴的だ。

 桐谷さんはこの図書館で働く前は大学院の助教授をやっていたらしく、本をずっと読み続けてきた俺でも彼の知識量には敵わなかったりするくらいの博識だ。

 たまにマニアックな話で盛り上がったりもするので、彼との会話に飽きは来ない。


「外に行っていたみたいだけど、何かあったの?」

「ちょっと偵察に。外のモンスターと戦ってきましたが、今のところ問題はなさそうです」

「そうか、それは良かった。……そうだ、これから朝ごはんを食べるつもりなんだけど、響也くんも一緒にどう?」

「あ、是非」


 俺がそう言うと桐谷さんはにっこりと微笑んで、食料を仕舞っていた部屋に足を向けた。

 この世界の食料は日本とかとほとんど変わらない。サリィが回してくれた食料は、この図書館に調理室がないことを考慮してか、そのまま食べることができる肉や野菜などがメインだった。

 主食だけはやはり白米とはいかず、少し固めの丸パンだ。しかしこれだけでも十分すぎるほどである。

 水に関しても彼女は根回しをしてくれたようで、異世界やファンタジーを彷彿とさせてくる大きなタルいっぱいに水を入れて転送してくれた。


「どれにしようかなぁ」


 食料が保存されている部屋に入った桐谷さんは、部屋全体を見回すようにして目を走らせる。

 サリィが送ってくれた食料はその量も尋常ではなく、六畳半のこの部屋を埋め尽くすのではないかというくらいだ。

 俺も桐谷さんに習って、今日の朝食を選ぶことにした。


「……ん?」


 そんな中、俺は大量にある食料に混じって、明らかに食べ物でないものがあることに気づいた。

 それは、燻製に調理された加工肉が入った木箱と水の入ったタルの間にすっぽりと嵌っていて、これに気付けたのは完全に偶然だろう。

 俺はそのあるものを手に取ってみた。


「本……?」


 木箱とタルの間に挟まっていたのは、厚さ10センチほどの本だった。

 表紙は本来明るい緑色だったのだろうか、今はくすんで黒の混じった緑色に変色してしまってタイトルなどはまったく読めない。

 側面から見たページもかなり年季が入っているらしく、シワが走って黄色く変色していた。


「ん~、でもこんな本、玄条市図書館ここにあったっけなぁ……」


 実を言うとこの図書館には、本棚に置いてあるような施設利用者に見せる用の本とは別に貯蔵されている本があるのだが、俺は月宮館長に頼んで何度かそっちの本も読ませてもらったことがある。

 見せてもらった表に出ていない本たちはこの緑の本のように古いものが多かった。でも俺の記憶は、その貯蔵された本の中にこの緑の本が混じっていなかったと言っている。

 ただ俺が見逃していただけ、もしくは見たことはあるけど今は思い出せていないというだけかもしれない。

 だが、微かに、この本からは異質なものを感じた。

 その異質な感覚が、俺の思考を遮ってくる。


「響也くん、どうしたの?」


 声に振り向くと、朝食の選別を終えたらしい桐谷さんがこちらを不思議そうに見ていた。

 すると桐谷さんは俺の手に持っていた本に気付いたようで、


「あれその本……見たことないね。響也くんの持ち物?」

「いえ……そこの木箱とタルの間に落ちていたんです。でも、こんな本見たことがなくて」


 桐谷さんは俺の言葉に少し唸ると、


「う~ん……そうだね、そろそろ他の人たちも起きてくるだろうから、みんなでご飯を食べてるときにでも聞いてみたら?」

「そうですね……そうします」

「よし、それじゃあ響也くん。みんなの朝ごはんも持って行っちゃおう。手伝ってくれるかな」

「分かりました」


 桐谷さんの提案に俺は頷いた。正直、それが一番正しい選択だろう。

 それから俺は本を抱えながら、桐谷さんと共に全員分の朝食を選んでいくのだった。

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