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目覚めぬ傍で

 その日の夜。

 専属関係を結んだサリィから、早速アイテムの転送で食料が送られてきた。

 念のため送られてきた食料すべてを、図書館員になる前に食品の品質管理の工場で働いていた経験を持つ大鷲(おおわし)さんにチェックしてもらったが、どうやら品質に問題はなさそうだということ。

 サリィを疑っているわけではなかったが、万が一腐りでもしていたら何かしらの病気にかかってしまうかもしれない。そうなれば、この図書館の医務室だけでは手に負えない可能性だってある。


「月宮館長…………」


 そんな今、俺はその医務室へとやってきていた。

 目的は、未だ目を覚まさない月宮館長の看病だ。

 月宮館長は気を失ってから、一度も目を覚ましていないそうだ。

 最初に医務室に運んだ医学部卒の有馬さんによれば、骨にヒビが入っているのは確実で、下手したら折れている可能性もあるそうだ。

 この医務室に用意された薬は簡単な塗り薬と、少しの調薬しかない。傷ついた骨をすぐに治せるような設備は無いので、とりあえずテーピングなどでヒビもしくは折れていると思われれる箇所を固めているそうだ。

 つまり、このままでは月宮館長の骨は自然治癒で治すほかない。まぁそもそも骨の治療というのは自然治癒がほとんどらしいのだが、今回月宮館長は目も覚まさない。

 骨の損傷以外にも、月宮館長を苦しませる何かがあると見てもいいだろう、というのが診察した有馬さんの言葉だった。


「こんな姿、館長らしくないですよ……」


 俺は、とても綺麗な顔で横たわる月宮館長の顔をジッと見つめた。

 容姿端麗。月宮館長の顔を一言で表すならば、この言葉以外にないだろう。

 切れ長の目に、フランス人の血が混じっているせいか、外国人のようなスッと高い鼻。

 唇は瑞々しく薄い桃色で彩られている。

 これで普段から化粧をしていないというのだから驚きだ。


「俺、必ず館長の目を覚まさせて見せますから」


 俺はサリィに別れ際、あるお願いをした。

 そのお願いとは、目を覚まさない月宮館長の治療をしてくれる医者の提供だった。

 サリィによれば、彼女の顧客の中に医者が直接現れることは滅多にないが、それでも医者との取引ができるタイミングが来れば積極的に行ってくれるという。

 それから、人づてという手もあると言っていた。

 サリィが流した情報を元にこの図書館までやってきた人物が、実は腕のいい医者を知っていて、そのまま流れで紹介してもらう……なんてことがあり得るということだった。

 それに、ある程度この図書館の噂が広まれば、向こうから勝手にここまでやって来る奇特な人間も現れるかも知れない。

 元の世界に帰ることももちろん最終目標として大事だが、月宮館長の目を覚まさせるのも、今の俺たちには優先すべきことだ。


「――響也くん、交代の時間よ」

「ああ立花さん……もうそんな時間ですか」


 医務室に交代のために立花さんが入ってきた。

 俺の隣に丸椅子を持ってくると、そこに腰を下ろす。


「館長……起きそう?」

「……いえ、気配なしです」

「まぁ、そうだよね」


 立花さんも月宮館長が今のままでは目を覚まさないだろうことは感づいているようだった。


「響也くん、明日から外に行くんでしょ?」

「あ……はい」


 サリィが言っていた。

 この世界にはモンスターがいて、この図書館が狙われる可能性があるのだと。

 眠ったままの月宮館長を含め、転移してきた者たちの中でまともな戦闘を行えるのは俺だけ。

 立花さんは俺ともう6年半の付き合いがある。恐らく俺の考えていることなんてお見通しなのだろう。


「この永遠森林にも凶暴なモンスターがいるので、明日から周囲の警備を兼ねて少し調査をするつもりです」

「なら、こんな夜遅くまで起きてちゃいけないんじゃない? 明日寝不足で動けなかったら大変じゃない」

「ここは異世界です。言ってしまえば、何時に起きようが自由ですよ」


 俺は冗談を込めてそんなことを言ってみせた。

 すると立花さんはふっと優しく微笑んでから、


「ダメだよ。男の子は寝なきゃ」

「もう俺は大学生ですよ? 子、なんて付けられる歳じゃないです」

「あはは。でも私にとっては、いつまでも男の子だよ」


 目を細めながら、そんなことを言った。

 ……ああ、今思えば、俺の初恋はこの人だったのかもしれない。

 今ではもう仲のいいお姉さんとして見ているけれど。

 この立花さんの横顔を見ていたら、そんなことを思った。


「……もう少し、立花さんとお話していたいです」


 俺の言葉に立花さんは少し驚いた様子だったが、すぐに笑顔を見せてくれた。


「明日に響かない程度でね」

「分かってますよ」


 それから少しだけ沈黙が流れて。

 それはそれで心地よかったけれど、俺は話を切り出すことにした。


「立花さん、サリィの言っていたこと、どのくらい信じてますか?」

「そうだなぁ……」


 俺の質問に、目を宙で泳がす立花さん。

 それから人差し指と親指を2センチくらい開けて、


「これくらいかな?」

「……全然信じてないみたいですね」

「それじゃあ響也くんはどれくらい?」

「そうですね……」


 俺は少しだけ考える素振りを見せてから、立花さんと同じくらい指を開いた。


「これくらいですかね」

「何だ、おんなじじゃない。やっぱり響也くんもそんなに信じてないんだね」


 あはは、と静かに笑う立花さん。


「怪しい、信憑性がないと言えばそうですけど、今はそれを頼りにする他ない。今の俺たちは、余りにも貧弱です」

「……本当は私たち大人がやるべきことを、まだ子供の響也くんに押し付けちゃってる。本当にごめんね」

「別に責めるつもりで言ったわけじゃありません。それにさっきも言いましたけど、俺はもう大学生です。子供じゃないです」

「ううん……もう私の中じゃ、響也くんは図書館オタクの子供って認定されちゃってるよ」

「図書館オタクって、それちょっと酷くないですか?」


 そんなことを言い合いながら、また互いに笑う。

 こんな時間が、とても心地よい。


「じゃあ見ていて下さいよ、立花さん。図書館オタクが活躍するところ」

「ふふ、見たいなぁ。楽しみにしてる」

「それじゃあ俺、そろそろ寝ますね。やっぱり明日に響くのは怖いので」

「もう、だから最初に言ったじゃない? ……どうせなら、ここのベッドで寝れば?」

「何言ってるんですか、館長が寝てますよ」

「えー……月宮館長ならむしろ喜ぶと思うけどなぁ……」

「冗談はよしてくださいよ。じゃあ、行きますんで…………っと、忘れるところだった」

「どうしたの?」


 俺は医務室を出ようとしていた体を振り返らせ、四つ折りにしてポケットに入れていた一枚の紙を取り出した。


「それは……職紙、だっけ?」

「ええ。サリィから別れ際に一枚もらったんです」


 サリィは俺が職紙をもう一枚くれと言うと、また手で何かを計算していた。

 あの行動の理由、次に会った時にでも聞いてみるか。

 ……何か嫌な予感しかしないけど。


「それもしかして、月宮館長の分?」

「はい。もし目が覚めたら、使ってあげてください」


 今月宮館長が目覚めたら、間違いなくパニックになるだろう。下手したら、俺たちの言うことじゃ納得してくれない可能性もある。

 そうなった時のため……だけというわけじゃないが、この世界でしばらく生活する以上、自分の職業は決めておくべきだと判断したのだ。


「分かったわ。響也くんからのプレゼントだって言っておいてあげる」

「もう、からかうのはやめてくださいよ」


 言いながら、俺は再び出口の方を向く。


「それじゃあ、おやすみなさい」

「はい。おやすみなさい」


 そして立花さんのおやすみの言葉を聞きながら、俺は医務室を出た。

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