戦えるのは俺だけ
「ブックルーラーが二人にホールドオブライブラリィが二人、そしてライブラリィドクターが一人――って、あなたたちはどうしてそんな戦闘向きでない職業ばかりが選ばれるんですか!? というか、なんでそんな戦闘ステータスがみなさん著しく低いんですかっ!?」
全員の職業選択をひと通り終えたサリィは、俺たちの職紙を見て大きな声でそう言った。
「なんでって言われてもなぁ……」
ステータスというものが何を基準に設定されているかは分からないが、筋力や敏捷などがあるところからすると、実際の自分の能力が加味されている部分があるのかもしれない。理解力という項目もそれに当たるのだろう。
「大抵の人は攻撃力、防御力、俊敏のうち半分以上は初期で2ケタを超えているはずなんです。それなのにあなたたちは、3つのステータスのどれも1ケタ台……」
「でも、みんな理解力のステータスはすごい高かったぞ?」
「そうだね。楠田さんなんて、理解力だけ50もあったし」
楠田さんとはここの図書館員の一人である。
俺が朝一で来た時すでに出勤していた七人の図書館員の一人で、この図書館ごとの異世界転移に巻き込まれている。
黒ぶち眼鏡を掛けた、黒いロングヘア―が特徴的な女性だ。
「それもよく分からない要因の一つなんです。私が知る限り、初期ステータスでの理解力の最高値は15くらいなんです。でも、あなたたちの平均は大雑把に計算しても25。こんな高数値、見たことないです」
サリィは本当に分からないといった様子で、職紙を見てはしきりに首をひねっていた。
しかしそのうち諦めたのか、一つため息を吐くと、俺たちにこう言ってきた。
「……とりあえず、このままじゃいずれこの場所は野蛮な山賊たちに襲われます。そうでなくとも、凶暴なモンスターに見つかるのは時間の問題です」
「モ、モンスターだって……!?」
サリィの言葉に、一同にどよめきが走る。
「みなさんの中で戦う力を持っているのは現在……キョウヤさんだけです」
全員の視線が俺に集まる。
その中を、サリィはスタスタと俺に向かって歩いてくる。
そして、俺のステータスが記されている職紙を差し出してきた。
俺はそれを受け取った。何事かと目を落とし、そこに記されていたのは……
「何だこの数値……」
俺の職紙に記されていたのは、当然俺の初期ステータス群。
上から見ていき、ほとんどの数値は他の図書館員と同様心もとないが、その中でもある3つの数値が、それこそ目を疑うレベルで異常だった。
『シブタニ キョウヤ Lv1
ステータス・・・
HP :10
MP :500
攻撃力:1
防御力:3
敏捷 :2
魔力 :1200
筋力 :3
理解力:2400
信仰 :0 』
マジックポイント、魔力、理解力の数値が、他の項目と比べて桁が違うのが見てわかる。
特に魔力と理解力についてはどう考えてもおかしい。
名前の横に記されているが、レベル1と言えば最低レベルだろう。それなのに、この時点で四桁の数値を誇る魔力と理解力は、じゅうぶん俺に疑問を沸かせた。
「キョウヤさん、あなたの初期ステータスは異常すぎます。恐らくですが、数値だけ見れば今世界で一番強いのはキョウヤさんです。どんなに優秀な人のステータスでも、キョウヤさんレベルの数値は見たことがありません」
「そ、そうなのか……」
「そうです。これだけの高数値を叩き出した理由は謎ですが、これを腐らせなければ、達成できるかもしれません。……天元魔術の習得を」
「……!」
その時、俺の中に何か"光のようなもの"が生まれたような気がした。
それはこんなわけの分からない世界に飛ばされて不安になっていた心に生まれた一筋の希望なのか、はたまた、全く別の何かなのか。
分からないが、とにかく、自分の中に"何かが生まれた"ような気がしたのは確かだった。
そしてサリィは、次にこんなことを言った。
「……そこで、キョウヤさんに提案があります。私を、キョウヤさん専属のトレーラーにしてください」
「そ、それってどういう……」
「私とキョウヤさんで、トレーラーの専属関係を結ぶんです。専属関係になると、互いのアイテムを共有したり転送できたりします」
「アイテムを転送……?」
俺が首をかしげていると、付け足すようにサリィは言った。
「アイテムの転送とはスキルの一種で、すなわち言葉の通り、私かもしくはキョウヤさんの所有物を相手に瞬間的に渡すことができます。それは大きさや種類を問いませんが、一度に送れるのは十個体までと決まっています。キョウヤさんたちは食料などまだ確保できていないでしょう? 専属関係を結んでくれれば、私独自のルートを使って大量に入手した食料を転送しますよ」
「そ、そんな便利なことが出来るっていうのか?」
「はい」
サリィは包み隠さず、俺の目をしっかりと見つめ返しながら頷いた。
確かに食料の確保は大事だ。いくら医務室がある大きな図書館とは言え、流石に調理室の類はない。こちらとしては願ってもない提案だ。
……しかしそれと同時に、ひとつ疑心が浮かぶ。
「……確かに便利だが、聞いている限りじゃ俺たちにしかメリットは無いよな? サリィはこっちの世界の人間だ。俺たちから得るアイテムなんて何もないだろ」
「その辺りは問題ないです。私はアイテムの代わりに、"キョウヤさんを使わせてもらいますから"」
「は……?」
サリィは何を言っているのだろうか?
まさか俺、人身売買とかの闇に葬られるんじゃ……
「ちょっと変な言い方しましたけど、簡潔に言えば、キョウヤさんの職業・ステータスの一部・名前・所在地を、私の商売の道具として使用させてもらうんです」
サリィによれば、彼女の職業トレーラーでは専属関係を結んだ人物の職業やステータスで、取引先との友好関係がどれだけ築けるかが変わるという。
一応そのデメリットとして、俺のことをサリィ経由で聞きつけた人々が訪れることがあるらしい。
「この世界の人々は、比較的読書を好みます。なので、これだけ多くの本を蓄えた施設があるとわかれば、すぐにでも飛んでくる人が居るでしょう。その人たちには是非、本を読ませてあげてください。文字もわからないと思うので、それを教えるのも忘れずに。来るのは理解力の数値が高い人がほとんどだと思うので、物覚えはいいはずですよ」
「な、なるほど……」
長々と話されたが、何故か納得してしまった。
彼女の話し方や声のトーンには、聞く人を納得させるような特別な力が内包されているようだった。
俺以外の、立花さんを含んだ七人の図書館員も、よく分からないがなるほど、といったような表情を浮かべていた。
「――さて、一通りの説明はこれで全部です。どうですか、キョウヤさん? 私と是非、専属関係を結びませんか?」
サリィが、改めて俺の方へと向き直り言った。
そんなサリィに対して俺は、
「…………分かった。専属関係を結ぼう」
「ありがとうございます」
サリィはにっこりと微笑んだ。純粋無垢な少女の笑顔だった。
「それじゃあ、これを」
サリィは腰に下げたいくつかの巾着袋のうち一つを取り外し、中から藍色の球体を取り出した。
手のひらサイズのその球体を、サリィは俺の手の中に握らせる。
「これは?」
「専属関係を結ぶ際に使用する特殊なアイテムです。目をつぶってそれを握り、意識をその球体に集中させていてください」
「あ、ああ……」
言われるがまま、俺はその藍色の球を握り、目をつぶった。
するとしばらくして、球体を握った手がほんのり暖かくなっていくのを感じた。
その暖かさは手の先から段々と俺の体を這い上がり、心臓部辺りで停止して収まった。
「――はい、目を開けていいですよ」
「ん……」
言われて目を開けると、握っていた球体は藍色から朱色へと変色していた。
「これで私とキョウヤさんの専属関係は締結完了です。この球体は私とキョウヤさんどちらが持っていても構わないのですが、壊れたりすると面倒なので、そちらで預かっていてもらってもいいですか?」
「多分大丈夫」
俺がそう言うと、サリィは一つ頷いてから、視線を俺より後ろの図書館員たちに向けた。
何をするかと思えば、サリィは七人の図書館員たちに、改めてこの世界のことを話し始めた。
俺はそれを蚊帳の外で聞きながら、ふと思った。
――随分と熱心だな。
話を聞く限り、トレーラーという職業は、商売人として各地を旅するもののように思えるが、やはり異世界から来た俺たちに興味が沸いたのだろうか。
そうでもなければ、見ず知らずだった俺たちにこんな懇意にすることはないと思うのだ。
サリィ・エルマンヒア。見た感じでは、大学一年の俺よりも少し年下だろうか。
それでも彼女からは、年相応ではない何かを感じ取れる気がする。
そんなことを思いながら、俺はサリィが図書館員たちに説明を終えるのを待った。