商会ギルド
「着きました! ここがサザールですっ!」
馬車に揺られること小一時間。窓の外から眺められる新鮮な景色に気を取られていたら、いつの間にかサザールへと到着していた。
森の外には雄大な自然と青空が広がっていたが、いざ街の中に入るとその人の多さに圧倒されて目を奪われる。
「すごい人の数だな」
「サザールはほかと比べても結構大きな街ですからねー」
そう言いながら慣れた様子で街を歩いていくサリィに、はぐれないように着いていく。
服の中がもぞぞと動く。
「……ちょっと、そろそろ喋ってもいいでしょう」
「ん? あ、ああ。……ここなら人も多いし、大丈夫か」
俺は服の内側に隠れたレアルゥに言った。
今日図書館を出る前にみんなに隠れてレアルゥを忍ばせていたのだが……この瞬間までちょっと忘れていたとは言えない。
「――貴方、今の今まで私のことを忘れていた、なんてことないわよね?」
……レアルゥが、人ならざる存在だということも忘れていた。心読まれてる。
「まあいいわ」
頭の中に、ふぅと薄い溜息が響いた。
それきり、何かに集中し始めたのか、レアルゥの気配が脳内から消える。
すると入れ替わるように、サリィが話しかけてきた。
「キョウヤさぁん、着いてきてますかぁ? もうそろそろですよぉ!」
「大丈夫ー! ここにいるよ!」
人ごみの中から叫び半分で話しかけてくるサリィに返しながら俺はふと思う。
そういえば、彼女は何処に向かっているのだろうか? 細かいことを聞かぬままでいたことを今思い出す。
まあ、この街のことなら彼女に任せておいても大丈夫だとは思うので、特に心配などはしていないが。
「さ、着きました!」
ピタリ、と足を止めたそこは、『商会ギルド』という看板が立てかけられた大きな建物の前だった。
「ここは?」
「私と同じトレーラーの方々や、その他の商売を生業とする職業の方々が集まっているギルドの建物です! 情報収集なら、まずはここを利用するのが一番なんですよ」
建物の中に入ると、身体に色々巻きつけたりぶら下げたりじゃらじゃら鳴らしたりと、とにかくあらゆるものを持っている人々が縦横無尽に駆け回っていた。
それぞれ顔に『忙しい』と書かれているように見えて、異世界でも商売っていうのは大変なんだなと思い知らされる。
「お、サリィちゃんじゃないか!」
そんな中、カウンターの奥から随分と体格のいいおじさんがひょっこりと顔を出してきた。
「お世話になってます、ボーゴンさん!」
「いやぁ、すまないねぇ、いつも騒がしくって」
「いいんですよ、商人っていうのは忙しく走り回ってるときが一番生きがいを感じるものです」
「ははっ、さすがサザールいちの敏腕商人は言う事が違うねぇ」
と、ボーゴンと呼ばれた筋肉質の男性は、サリィの横の俺に目をやる。
「ところで……そちらさんは?」
「ああ、この方は……」
サリィが俺の素性を説明する。
「ほほぅ、君が噂の魔法使いさんか。サリィちゃんからかねがね話は聞いてるよ」
ボーゴンはまるで品定めをするように、俺の身体を上から下に観察する。
なまじ体つきがいいだけに、顔も少し強面気味だ。そこまで威圧感がないような人柄だとは思うが、体が勝手にこわばる。
「……なんか、見た目からじゃすごい魔法を使うなんて想像できないな」
「ですよねぇ。私も最初に出会ったとき、普通の子供だなって思いました」
それ、お前が言うか。と心の中で盛大に突っ込んでおく。
「えっと……サリィによると、この場所が情報収集にはもってこいだって聞いたんですが……」
「ああ、"転移魔術"の話だろ?」
どうやらサリィからある程度の事情は聞いているらしく、ボーゴンは得意げな顔をすると、カウンターの奥を親指で示した。
「商会ギルドにはそのギルド柄、情報だけじゃなくて色々と本が集まったりするんだ。そういったものは商人の命だからな、ギルドに入ってる奴らは皆安全なここに置いていくんだ。当然、ギルド内であれば見るのは自由。情報は多くのやつらと共有したほうが効率がいい」
どうやら、ここは一種の商人同士のコミュニティ空間になっているようだ。だから、このギルドに入っている者は皆仲間意識を持ち、互いが互いの情報を仲間に提供しようとするのだろう。
俺の場合、そのコミュニティに少し特殊な形で介入するいわば部外者なので、ほかの人々から反感を買うんじゃないかと懸念していたが、それに関しては『サリィの専属契約者』ということで納得してくれているそうだ。むしろ歓迎されているくらいらしい。
……サリィは、俺が思っている以上にすごいやつなのかもしれない。




